第5話

【誰でもいいから俺を紐にしてくれ】


五話


 風呂は一人で入らされることになった。

 俺の元居た家の狭い脱衣所とは違い、旅館のような十人くらいが一気に入ったって問題ない程の大きな脱衣所で、俺は一人素っ裸になってこれまたでっかい鏡の前で仁王立ちすると、ずっと監禁されていたからか開放的で気持ちがいい。

 そして、大股で男のシンボルをぶらぶらさせながら風呂場に向かい、中に入ると、心安らぐヒノキの心落ち着く匂いに思わず深呼吸する。

 泳いだって問題ないような大きな浴槽には綺麗なお湯がはってあって、今すぐにでも飛び込みたかったが、一度体を洗ってからこういうのは入るべきだよな。と、善意者を装って体を洗い始めた。

 体をさっさと洗って、丁度いい温度のお湯に心地良さを感じ「はぁ……」と、息を漏らす。

 なんだか最近疲れていたような気がするのにその瞬間に全てが吹っ飛んだ気がした。よくRPGで見る触ると傷が癒されて全快するあの水に近いものを感じますね。

 そんな心地良さからかちょっとつづ眠気を感じながらも、現状の把握をしていくにつれて、すぅっと血の気が引いて行った。

「……そういえば俺、拉致られてるんだ」

 忘れちゃいけない。けど、忘れかけていた現実。

 でも、よく考えると不自然だ。

 俺をベッドに縛り付けたり、爆弾付きの首輪をつけようとしたり何かと拘束してきていたあのお姉さんが、なんでお風呂だけ一人で行かせたんだろうか?

 俺が全裸のまま逃げないなんて保証はないのに、なぜ俺を一人に?

 ただ単に恥ずかしいとかそんな理由なら、俺にしてきたあの辺の行動は取れないはずだ。

 それに……一番の問題がある。こんなことよりも重大な問題が一つ。

 ……俺のこの滾ってしまったこれをどうするかだ。

 まあ、やっと一人になれたし、処理するのは簡単である。右手は恋人、時々左手に浮気を繰り返してもう十年近くもお世話になってきたんだ。

 そんな上手い話がある訳ねえのは分かっていたつもりだけど、なんだろう。この虚無感は……

 多分、部屋に戻ったらまたお姉さんになにかよからぬことをされるだろうけど、俺を気持ちよくするようなことをあのお姉さんがするわけが無い。

 これを解消するのは今しかないだろう。

 それに今日はさっきの感触とかフルコースかってくらいにオカズがある。これはやるしかねえよ……

 俺は涙ながらに傷を癒した。


****


 風呂から出ると、さっき脱ぎ捨てた服を入れたカゴの中に、新品っぽい青いパジャマと下着一式が入っていた。サイズも丁度よく、着心地がいい。肌がもともと弱い俺にもこのパジャマは質感が良くて気に入った。

 心も体も全快して新たな装備も手に入れた俺は心機一転、気分もよく廊下に出る。

「……湯加減はどうでしたかな?」

「わっ!」

 廊下の影からニョキりと現れた執事に変な声が漏れる。

「ふ、藤虎さんでしたか……」

「おや。驚かせてしまいましたかね?」

「い、いえ……」

 執事さんは執事らしく、銀のトレーの上にコーヒー牛乳を乗せて俺に差し出してくる。

「ありがとうございます」

 俺はそれを一気飲みして、トレーに置き直す。

「……これは良い飲みっぷりで」

「あの、お姉さんはどこに?」

「お嬢様ならお部屋でお休みになっております」

「そうなんですか……」

 自分でもわかるくらいに声のトーンが落ちていた。夜ってまだ始まったばかりなんだよね。

 今夜は寝かさないよ? とか、そんな台詞を耳元であの豊満なものを押し付けながら言われて、俺は縛られて抵抗出来ないまま、お姉さんに無理やり初めてを奪われてしまうっていう俺の夢が……

「お部屋にご案内します」

「あ……はい」

 静かな大きな屋敷の中を二人進んでいく。そして、ひとつの部屋の前で止まった。でも、俺が監禁されていたあの部屋とは違う場所だ。

「……ここは?」

「入ればわかりますよ。ごゆっくり」

 部屋に入ると部屋は真っ暗で、何も見えないし、すぐに部屋のドアも閉められてしまったため何もわからない。

 普通に考えれば部屋に電気の電源が壁の方にあったりするよな……

 なんて思いながら、壁をつたっていくと、何か固いものが膝に当たり、前に倒れるように転ぶ。

「うわっ!」

 でも、こんな転び方したら痛いはずなのに痛いのは膝だけで、身体は全然痛くない。どうやら柔らかい何かがクッションになっているようだ。そして、桃のような甘いいい匂いがする。

「うっ……うーん……あれ? りゅうくん?」

「え……?」

 俺は俺でりゅうじゃない。りゅうって誰だろう?

「え、えっと……俺はりゅうくんじゃ……」

「りゅうくん! やっと来てくれたんだね……」

「もがっ!」

 やっと暗闇で目が慣れてきた所で彼女に抱きつかれ、豊満な胸が俺の体に押し付けられる。呼吸が出来ねえけど、このまま死ぬならいいかななんて思える心地よさ。これが母性ってやつなのか……赤い彗星の気持ちがよくわかるぜ。

「き、恭子さん! ど、どうしたんですか?」

「恭子……さん?」

 ボケーッと口を開いた彼女は焦点の合わない瞳で俺を捉え、数秒見つめ合う。

「え……? 君は……ご、ごめん!」

「あの、お姉さん……りゅうくんって誰ですか?」

「え、えーと……あはは……」

 お姉さんの過去なんてどうでもいいなんて言ったけど、彼女の無理して作った笑顔が俺の胸を締付ける。

「……言えないんですね」

「もう……いいのよ。それより……いらっしゃい?」

 お姉さんはベッドをトントンと叩いて、横に来るように促す。

「……こんなことで俺が篭絡されると思わないでください」

 ……なんて、口ではそう言うんだ。だけれど、身体は素直なようで俺の体は吸い込まれるようにお姉さんの横まで歩いていく。

「ほら。おいで?」

 飛び込んだら楽になれる。もう、分かったんだ。お姉さんが俺をそのりゅうくんとやらに重ねて見ていることは。でも、それがどうした? 俺はこんなに愛されてる。親にすら見捨てられた俺をお姉さんは愛してくれている。理由なんてそれだけで十分だろ。

 どうせ俺は親の都合のいい道具で、初めっから誰も俺のことなんて見てない。だから、諦めてりゅうとやらになってしまえば楽になれる。そもそもおこがましい事だったんだ。出会ったばかりの相手に好かれること自体おかしいことだったんだよ。

 友人だって同じだ。あれもどうせ上っ面だけの関係だった。

 俺はお姉さんの言うりゅうくんではない。けれど、代わりを務められるならそれでいいじゃないか。

「……どうしたの?」

「あ、あはは……別になんでもないですよ。なんでも」

 夢は夢だ。誰一人俺を俺としてみてくれるやつはいない。

 だから、夢から早く覚めて同じ日常に戻ろう。演技で塗り固められた仮面を被って。

「お姉さん。おやすみなさい」

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