14 長老の家にて

 2人はとりあえず居間まで駆け抜けた。


 「長老!!大丈夫か!?あれっ!?」


 居間で、イスに座ったまま机に突っ伏して、筆を持ったまま、意識を失っている長老の姿があった。


 筆につけられた墨汁は染み落ちて、下の紙が黒く染まっている。


 そして、その先。


 「……それで……ですね……か……世界情勢は……アメリカと……あっ……あと……ヨーロッパでは……」


 長老と向かい合う形で、だらんと、イスにもたれかかるようにマナトが座っていた。


 「……あっ……でも……日本でも……それほど……教育でも問題も……」


 上を向いて、意識が朦朧としているようで、何か呪文を唱えるような、夢にうなされるような、何かに取り憑かれているように、微かながら、ずっと口を動かしている。


 「うぉ!?」


 ラクトが居間に入ろうとすると、足の踏み場がないほど、居間の床に長老が書き記したとされる紙が散らかっている。


 「ええい!紙なんか気にしている場合じゃねえ!」

 「長老!マナト君!大丈夫!?」


 ラクトもミトも紙を踏みながら居間に入った。


 「……あっ、これは、熱があるぞ!……うわっ!マナトもだ!」

 長老とマナトのおでこを触ったラクトが叫んだ。


 「医者呼んでくる!」

 ミトは長老の家を飛び出した。


     ※     ※     ※


 次の日、長老はピンピンとして、大広場へと出てきていた。


 「まったく、心配したぜ、長老」


 先日村に戻ってきたキャラバン、ケントが苦笑して言った。


 「いやぁ、すまんすまん。とりあえず、よう帰った、ケント」

 「おうよ」

 「交易品も、皆に行き渡ったようじゃな」

 「ああ、大丈夫だ」

 「うむ、ご苦労。ちなみに市場は?」

 「フフン、聞いて驚くなよ……ゼロだ」


 なぜかケントは鼻を高くした。


 「……う、うむ、ご苦労」

 「ところで、俺が遠征行ってる間に、新参者が増えたらしいな」

 「おお!そうじゃった。マナトはどこにいるかの?」

 「ミトの家で休んでいるみたいだぞ」

 「そうかそうか。……いやぁ、あまりにもあやつの住んでいた世界に興味を持ってしまって、三日三晩かの?ず〜っと問答してしまったわい」

 「三日三晩だと?」


 ケントは唖然とした。


 「おいおい、無茶苦茶だな、長老。そりゃ熱も出るぜ」

 「年甲斐もなく、若かりし頃の書生の血が騒いでしもうたんじゃ」

 「無理すると身体に堪えるぞ。もう年なんだから」

 「何を言う。まだまだ若いもんには負けん」

 「年甲斐もないんじゃなかったのかよ。でも、まあ、そうだなぁ……」


 ケントは無精髭を触りながら、長老の表情を眺めた。


 「確かに長老、若返ったような気がするなぁ」

 「じゃろ?」

 「マナトって言ったな。どんなヤツなんだ?」

 「……ケント。お前はカンがいいのぉ」

 「まあな。……でっ?」

 「ものすごい、いろんな話を聞いてな。日本という、異世界の国からやって来たそうじゃが、その世界がなぁ。……考えられないほど、平和なんじゃが、実は、それほどでもないところが、本当に面白くってなぁ」

 「へぇ〜!そんな世界があるのか」

 「それに、本当に、マナトは正直に全てを話しおった。まあ、全く違う世界にやって来たから、吹っ切れていた部分もあったのじゃろうが……」


 長老は優しい目をしていた。


 「わしはマナトを好きになったぞ」

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