12 長老②/異世界ヤスリブについて

 ――コン、コン。


 「んっ、誰か来たようじゃな」


 家の扉を叩く音がして、長老は玄関へと向かって行った。


 「長老、差し入れです!」

 「ミトが倒したグリズリーでつくった……」

 「ところで、今度戻って来るキャラバンは……」


 長老は複数の訪問者と玄関で長話を始めた。


 ゆったりとした時間が流れる。それを象徴するように、たまに玄関から吹いてくる風に、灯りの火がゆらゆらとゆらめく。


 ……こんなに時間をもて余すのは、久しぶりだ。

 そう、マナトは思いながら、水を飲み、果物を手に取って皮を剥き、食べた。


 こんなにゆっくりと、果物の皮を剥くことすら、社会に出てからはなかった気がする。


 マナトは静かに流れる時間を堪能したのち、立ち上がり、もう一度、室内を照らす火の下、長老いわくマナ石に掘られている文字をのぞき込んだ。


 くの字の中に、点が一つある文字。他には、米のような文字、漢数字の三に斜線が入っているような文字もある。


 どこか、歴史の教科書で見た、くさび形文字みたいなものに見えなくもないが、どっちにしろ、その文字が何を意味しているのか、やはり分からなかった。


 言葉は通じるが、この世界は、どうやら文字は別の文化らしいことが伺えた。


 「お裾分けが届いたぞ」


 いつの間にか、長老が戻ってきていた。テーブルの上に、美味しそうな肉が置かれている。


 「ミトが昼にやっつけたグリズリーの肉じゃ。薫製してある。美味しいぞ」

 「ありがとうございます」


 マナトは肉を口へ運んだ。ビーフジャーキーのような味に、食感はベーコンのようなもので、とても美味しい。


 「美味しいです!」

 「それはよかった。……文字が、気になるか?」

 「えっ、あっ、そうですね」

 「ちょっと、待っておれ」


 長老は別の部屋から、巻き物のようなものを持ってきて、それをテーブルの上にひらひらと広げた。


 そこには、マナ石に掘られていた文字や、それに似た文字が記されていた。中央には、少し太めの文字で円を描く形で、11の何かが書かれていて、その周りをビッシリ小さな文字が埋めていた。


 そして、円の中央に、大きく太い文字が4文字、見出しのように目に入ってきた。


 「ここにある4文字……」


 長老は、円の中央に記されている4文字を指でなぞった。


 「これが、わしらの住む世界。母なる大地『ヤスリブ』という」

 「母なる大地、ヤスリブ……」

 「うむ。そして、その周りにある11の支配地、この円じゃな。わしらはこの中の一つ、『クルール』という地域に属している」


 指で文字を差しながら、長老は言った。


 「ちょ、ちょ、ちょっと、紙と筆をお借りしてもいいですか?」


 マナトは長老から紙と筆を借りて、長老の言った事をメモしていった。


 「クルールの他にもいくつかあるが……」

 「ええと、ウシュム、ですよね?」

 「そうそう!知っておるのか」

 「ミトさんが言っていたので」

 「あっ、なるほど……」


 長老は、少し口を噤んだが、「まあ、あとは、ミトやラクトにでも教えてもらうといい」と言い、テーブルの上を片付けた。


 「それじゃあ、続きを始めようぞ。わしから聞きたい事も砂漠の砂ほどある。どうせ、行く宛もないんじゃろ。今日は、泊まっていけ」

 「はい、ありがとうございます!よろしくお願いします」


 マナトと長老の、膝詰めの会話が再開した。

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