第21話 エルフ・オン・ステージ
この店の演目にポールダンスがあるのだろう、ステージの中央には天井まで伸びる磨き抜かれた二本のステンレス製ポールが照明の光に輝いていた。ステージからは客席に向かって二、三メートルほどのランウェイが張り出しており、そこでも酔客相手の煽情的なダンスが行なわれるであろうことはこの手の店には滅多に来ることがない孝太にも容易に想像できた。
しかし今夜ここで開催されるイベントは、この店で毎夜行なわれているようなエロティックかつコミカルなショウではなく、アキバ系アイドル
孝太は恭平と二人で照明や音響を制御するブースに立っていた。ガラス代わりの透明アクリル板で客席と仕切られたそこからは会場の全体を見渡すことができた。
ステージの向かいにはドリンクをサービスするカウンターがあり、バーテンダーが奥に続く厨房との間を忙しそうに行き来している。そのカウンターの前ではフレンチスタイルのセクシーなメイド服で女装した若いスタッフがノリノリのハイテンションで動き回っていた。
「おはようございま――す、今日はよろしくお願いしま――す!」
元気な声とともに、着崩した制服姿のEQuAが準備に忙しい店の入口に立つ。その姿を見た店内のスタッフがみな口々に「おはよう」と挨拶を交わす。彼女の登場でこの場の雰囲気がガラリと変わったのがブースの中の孝太にも感じ取れた。
EQuAはブースの中に恭平を見つけると真っすぐこちらに駆け寄ってきた。
「恭平兄さん、今日はよろしくお願いします。あっ、コータくんもね」
この店のみならずこの街に顔見知りを多く持っているのだろう、EQuAは臆することなくスタッフたちと言葉を交わしながらステージに上がった。
彼女の登場とほぼ同時に
これから音響と照明のチェックが始まる。
「堀部です」
両腕のタトゥーが目立つ男がぶっきらぼうにそう名乗ってPAミキサーの前に陣取る。孝太は彼が別の店でDJを務めているのを見たことがあった。続いて照明の操作卓にはすぐ近くの小劇場から応援に駆けつけたスタッフが座る。こうしてブースの中は途端にプロフェショナルな緊張感に包まれた。
ステージを所狭しと動き回るからだろう、今日のEQuAはハンドマイクではなくワイヤレスのヘッドセットを装着していた。彼女の声に合わせてミキサーのLEDランプが点滅する。ヘッドフォンを手にして真剣な顔で操作する堀部と名乗る男。
「OKです」
MCのための音響チェックに続いてバック演奏とのバランス調整を行なう。今日のライブはバンドは入れずにカラオケを使うためバッキングと声とのバランス調整が必要なのだ。
「それではお願いします」
CDをセットした堀部が合図したそのときだった。
場内が急に慌ただしくなる。スタッフたちが入口に向かって声を上げている。壁際の黒服たちもみな身構える。ウルスラグナは慌てることなく腕組みをしたまま今のポジションから全体を注意深く見渡していた。
異常を察した堀部がすかさず音響用マイクを切り替えてブース内から外の様子をモニタリングする。そこでは喧騒の中でドスの効いた声が響いていた。
「コラァ――、エクアとか言う小娘はどこだぁ!」
肩をいからせながら声を上げて入ってきた男に続いてもう一人のチンピラ風の若者が、そして最後に身長が二メートル以上はある総髪の大男がゆらりゆらりとそれに続いた。
先陣を切った男がステージに立つEQuAを見つけて声を上げる。
「おい、おまえがエクアかぁ、あ?」
突然の名指しにステージ上のEQuAは緊張の面持ちで固まっていた。そんな彼女を守ろうと
「テメエら、どこのもんだ。ただで済むと思うなよ」
「へぇ、じゃあいくらだ? これでおつり来るかぁ?」
言うが早いか男は隠し持っていた小さな回転式拳銃を構えると目の前の黒服の肩に向けて一発お見舞いした。
乾いた銃声が響く。撃たれた黒服が肩を押さえてその場に膝を付くと男はその横っ面を蹴り上げた。黒服はそのまま床に沈んだ。
場内のスタッフたちが騒ぎ出してみな頭を守るようにしながら出口に向かって駆け出す。パニックになりかけた場内で他の黒服たちが落ち着くようにと誘導する。
「このままじゃEQuAが危ねぇ。ウルス、ウルスは何してるんだ」
慌ててブースを飛び出そうとする孝太を恭平がすかさず止める。
「キバヤン、あなたはここにいるの」
「恭平ママ……」
居ても立ってもいられない顔の孝太に恭平はなおも続けた。
「いいからここで見てなさい。ベーちゃん、音、しっかり拾ってね」
恭平はブースから様子を伺う堀部にそう言うと腕組みをして場内を見つめていた。孝太は釈然としない気持ちで恭平とブースの外で起きている光景をただただ見くらべるばかりだった。
ステージで茫然とするEQuA、それをにやけた顔で舐めるように見る三人の乱入者、そのときEQuAを守るようにウルスラグナが彼らの前に立ちはだかった。
拳銃を持つ男がウルスラグナに照準を合わせる。そして勝ち誇ったような薄ら笑いとともに撃鉄に指をかけた。
「一発で決めてやるぜ」
再びの銃声。
しかしそれよりも速くウルスラグナの
会場に残るスタッフたちはみなウルスラグナの一挙手一投足を見守っていた。それはステージに立つEQuAも同じだった。孝太がふと目を向けると恭平も腕組みしたまま微動だにせず彼女の動きを真剣な眼差しで見つめていた。
続いてチンピラ風の若者がウルスラグナの前に立つ。その手にはサバイバルナイフが握られていた。
"
(一本か、いいだろう)
ウルスラグナは
その腕を胸の前に構えると前腕部を水の膜が覆い、やがてそれは水晶のような硬質な籠手となった。
ナイフを構える男、それを見守る大男、それにステージに立つEQuAもブース内の恭平もがみなその現象に目を奪われた。
「ウルスのヤツ、こんなところで力を使ったら……」
孝太が危惧した通りウルスラグナは胸の前で右手を構えて力を込める。すると輝く指輪の光の中、その手には短剣の柄と鍔が握られていた。続いてそれを振り下ろすと澄んだ輝きを放つ水晶にも似た
この場にいる者すべてが言葉を失っていた。目の前で起きている不可解な現象をただ見ているだけだった。
「どこに隠し持っていやがったんだ、そんなもの。だけどな、こっちだって脅しじゃねぇんだよ!」
ナイフを手にしたチンピラ風の男が今にも飛びかからんと腰を落として構える。ウルスラグナも左腕で防御しながら右手の短剣で斬りこむ隙を伺う。
瞬き一瞬、男がナイフを突き出したとき、それはウルスラグナが払い上げた短剣で根元から切断されていた。そのまま行き場を失くした男の右腕を掴むとその
「そこまでにしておけ。今の一発でもう戦意喪失してるだろ」
やけに落ち着いた低い声が止めを刺そうとするウルスラグナを制する。倒した男をそのままにウルスラグナは立ち上がってその声の方に目を向けると目の前では大男が着ている白いジャケットを脱ぎ捨てるところだった。
「噂通りだな。どれ今度は私と手合わせ願おうか」
大男は後ろで束ねた総髪をひと撫ですると余裕の笑みを浮かべながらウルスラグナの顔を見る。そして周りを囲む黒服たちにまるで自分が彼らのリーダーであるかのような態度で命じた。
「おい、そこの黒服ども。こいつらを介抱してやれ。お前らの仲間もな」
黒服たちは言われるがままにバラバラと駆け寄ると倒れている男たちを壁際まで引きずって行った。
「さてお嬢さん、私は丸腰なんだがね、アンタもその妙な刃物を引っ込めてはくれないか?」
「……」
ウルスラグナは大男を睨みつけたまま、両腕を胸の前で構える。すると再び眩い光が放たれ、それが消えた時には短剣も籠手もすっかり消えていた。
「ほう、
大男はそう言い終えると深く息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す。そして拳を前に構えるとウルスラグナを鋭く睨みつけながら小さな声でつぶやいた。
"
(さあ来なさい、お嬢さん)
なんと大男の口から出たのはウルスラグナと同じ異世界の言葉だった。
なぜこの男が
しかし男が発する殺気に負けじと自らが発する戦いのオーラが渦巻く中で、そのときのウルスラグナにはそれに気付くほどの余裕などまったくなかったのだった。
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