うちのエルフが、どーもすいません ~チートな同居人、召喚されましたぁ~

ととむん・まむぬーん

第一章 水の国から来たエルフ

第1話 エルフさんと愚か者

 何がどうしてこうなった?

 今、秋葉あきば孝太こうたの目の前では純白の薄い布に身を包んだ女性が突き刺すような鋭い視線を自分に向けている。まるで警戒心のかたまりのようなオーラを放つその娘は、健康的な浅黒い肌に身に着けた布と同じく真っ白な長い髪と切れ長の目にとび色の瞳が印象的で、しかし髪のすきまからチラリと伺えるその耳の上端が尖っていることから、彼女が人ならざるものであろうことがすぐに理解できた。

 エルフ……そう、突如現れたそのむすめの姿は孝太がゲームやアニメで見るエルフ、それもダークエルフそのものだった。


「な、なんだ、なんだ、いきなり……ってか、コスプレ女ぁ?」


 孝太は目の前の娘に向かって声を上げた。しかし娘はフローリング張りの床に座り込んだまま唇を真一文字に結んて孝太を睨みつけるばかりだった。


「まさか新手のデリヘルか? いやいやそんなわけねぇよな、そもそも呼んじゃいねぇし」


 孝太は部屋の周囲をぐるりと見渡してみるもそこには穴はおろか亀裂も何もなかった。ならばこの娘は一体どうやってこの部屋に入ってきたのだろうか。孝太は未だ殺気立った目で睨み続ける娘にあらためて問いかけてみた。


「まさかおまえ、最近流行りの異世界から転送されてきたとか、宇宙の果てからワープして来たなんてのじゃねぇよな? まあ深夜のアニメじゃあるまいしそんなわきゃねぇと思うけどさ、とにかくオレの部屋の、それもオレの目の前にいきなりご登場なんて、わけがわかんねぇぞ」


 軽口混じりの孝太の問いにもやはり返答はなく、相変わらずこちらを見据えるその姿は怯えているというよりも、むしろその逆で、まるでいつでも反撃できるように隙をうかがっているようにも思えた。

 そんな娘の態度に孝太は警戒するどころかだんだんと苛立ちを覚えてきた。そして語気を強めてもう一度問いかける。


「おい、返事くらいしたらどうなんだよ。それとも日本語が通じないのか?」


 孝太は抱えていたエレキベースをスタンドに戻すと、娘と同じ目線に立つために床に胡坐あぐらをかいた。そしてたどたどしい英語で話しかけてみる。


"I introduce myself. My name is Kota, Kota Akiba. Please call me KIBAYAN."


 孝太のつたない英語が通じたのか娘の顔から威嚇するような気迫はかなり薄れたように見えた。そしてほんの一瞬だけ驚きの表情を見せると続いていぶかし気な目で孝太の言葉を繰り返した。


"Kibahyahn?"

(キバーヤーン?)


 ようやっと声を出した娘に孝太はなおも畳みかけるように続けた。


"Yes, yes, I am KIBAYAN. It is my nickname. You may also call me so!"


 娘はまたもキョトンとした顔で孝太の言葉を繰り返す。


"Ki... kibahya... kibahyahn?"

(キ……キバーヤ……キバーヤーン?)


 そしてそれに続いて弾けんばかりの笑い声をあげた。


"Xa-xa-xa-xa-xaハハハハハ, kibahyahnabahsiemキバーヤーナバーシェム? Nahmナーム nahmtosナームトス kibahyahnキバーヤーン ahtimaxalアーティマハル?"

(ハハハハハ、キバーヤーンって、おまえは自分のことを愚か者と称するのか?)


 それは初めて耳にする言葉だった。孝太は今度は英語ではなく日本語で問い返した。


「おい、それって英語じゃねぇよな、どこの言葉だ?」


 しかし孝太の言葉はまったく通じていないのだろう、今度は娘の方が孝太に向かって未知の言葉で続けざまに問いかけてきた。


"Dynsiaディンシャ nasselsiaナッセルシャ? Tziemdalチェムダル dynsiazasディンシャザス badasimimバダシミム? Uninウニン nahmimナーミム dymimディミム talzukuhsタルズクース tziemaxalチェマハル? Nahmナーム nasselimナッセリム mihressiuxalミーレッシュハル?"

(ここはどこだ? なぜ私はここにいるのだ? それにおまえのその恰好は何だ? おまえはどこの民なのだ?)


「あ――待った、待った。そうやって慌てるのもわからなくはねぇけどさ、とにかく言葉が通じてねぇだろ。おまえ、英語は話せるのか? Can you speak English?」


 まったく意思疎通ができないこの状況を多少は理解したのか娘は軽くひと息つくとつぶやくようにまたも未知の言葉を発した。


Alsdymアルスディム xoraimホライム Yihsrahtosイースラートス famidammimasnaファミダンミムアスナ.”

(まずは彼の言葉を理解するとしよう)


 そして腰を上げると膝立ちでズルズルと孝太の目の前まで迫ってきた。突然のことにすっかり気後きおくれしてその場で固まっている孝太の顔を両手で掴むと、娘はそこに自分の顔を近づけてくる。


「お、おい、待てよ、待て!」


 孝太は娘の腕を振りほどこうとしたが、その力は思いのほか強く、がっちりと孝太の頭を掴んで離さなかった。


「待て、待てってば。いきなり過ぎるだろ、おい、ちょっと……」


 見る見る近づく娘の顔、孝太も腹をくくったのか観念したように目を閉じた。


"Dygunossahディグノッサー, Dygunossahディグノッサー! Mihzasミーザス sahwattotosサーワットトス dyahrumimディアールミム kiuhbastosキューバストス dahtdygusダートディグス."

(神よ、我に知を得る力を与えたまえ)


 今、孝太の耳には娘の口から発せられる未知の言葉が聞こえている。ぼそぼそとつぶやくような低いトーンからそれは愛のささやきなんてものではなく呪文か念仏のようなものだろうと、孝太は理解した。

 娘のつぶやきが終わるとともに孝太は額にほのかな温かさを感じ始めた。どうやらそれは孝太の額に接している娘の額から伝わってきているものらしい。両頬は振りほどけないくらいの強い力でがっしりと掴まれてはいるものの、しかし孝太はまるでいやな気分ではなかった。むしろなんとなく安らぎを覚える、ふんわりとした何かに包まれるような感覚だった。

 それはほんの十数秒ほどの出来事だった。おもむろに手を放した娘は再び元の場所に戻ると孝太に向かって微笑みかけるようなやさしい表情で口を開いた。


「いきなりすまなかったな。悪く思わないでくれ。とにかくオレにも何が起きたのかサッパリなんだ」


 なんと娘の口から発せられたのは日本語だった。それに声こそ異なるもののまるで孝太の喋り方にそっくり、いや、そっくりどころか孝太の口調そのものだった。


「それに挨拶もそこそこに『オレは愚か者だ』だもんな。それからも愚か者、愚か者って繰り返すし……いったいおまえは何なんだ?」


 小麦色の肌に白く長い柔らかな髪、よくみると自信と気品に満ち溢れたその顔はかなりの美形だった。しかしその口から発せられるのはまるでもうひとりの自分が話しているような男言葉だ。孝太にとってそのギャップがどうにも居心地が悪く落ち着かない気分だった。


「おまえ……日本語、話せるのか?」

「ほう、この言語は日本語というのか。言語の構造はオレたちのYihsrahイースラーとかなり似ているな。あっ、イースラーというのはオレたちの世界で話される言葉だ。正しくはDygunosuzasディグノスザス dahtsigunダートシグン Yihsrahイースラーって言うんだ。神様に与えられた言葉って意味なんだが、ま、長いので普通はイースラーって呼んでる。そうだ、おまえはイースラーは話せるのか?」


 突然に饒舌じょうぜつとなった娘に孝太はすっかり混乱していた。


「待て待て、なんでいきなりベラベラしゃべってんの、おまえは」

「それはさっきおまえから知識をもらったからだ」

「知識を、って……さっきのおデコをつけたあれか?」

「そうだ、あれだ」

「そうだ、って言われても……まだオレの頭がついて行けてねぇ」

「なんだ、そんなことか。ならばこちらの知識を少しばかり分けて……」


 そう言いながら再び近づこうとする娘の腕を振り払うと、孝太は少しだけ後ろに下がって娘との距離を保った。


「やめろ、やめろ、あれはもういい。とにかく、とにかく落ち着こうぜ」


 そして孝太は大きく深呼吸すると息を整えて続けた。


「よし、まずは自己紹介からだ。オレは秋葉あきば孝太こうた、仲間はみんなオレをキバヤンと呼ぶ。だからおまえもそう呼んでくれて構わねぇ」


 すると娘は腕組みをして神妙な表情で孝太を見返した。


「なるほど、そういうことだったのか。それにしても初めて耳にした言葉が愚か者だもんなぁ」

「おまえさ、さっきから愚か者、愚か者って、失礼じゃねぇか?」

「ハハハ、すまんすまん。オレたちの言葉、イースラーではキバーヤーンというのは愚か者という意味なんだ。kibahyaキバーヤが愚か、それにahnアーンをつけることで愚か者キバーヤーンってことなんだ」


 そして娘はあらためて孝太に向かって言った。


「だからオレはおまえをコータ……うん、コータと呼ぶことにするよ」

「それにしても、同じしゃべり方ってのも調子が狂うぜ。どうにかなんねぇのか、それ」

「どうにもなんねぇな。だっておまえの頭から頂いたんだから」


 娘の口から飛び出す自分そっくりの言葉に微妙な違和感を覚えながらも孝太がこの奇妙な出来事を受け入れるにはもう少しの時間が必要だった。

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