嘘などつけない生き物ですから

先輩の名前は狼谷五月(かみや さつき)というらしい。

どこかで聞いたことがある気がしたが、わたしの記憶力は絶賛家出中だ。

今頃、ハワイでバカンスを楽しんでいることだろう。

わたしが両腕を組んでうんうん唸っていると、りーちゃんが「学年一位の人だよ」と教えてくれた。え、マジ?

「めっちゃ賢いじゃん!」

「あははは、ありがとう」

「ちょっとくらい謙遜しろや……これだから顔面宝具は……」

りーちゃんは小バエを払うみたいに手をしっしっと動かす。とても嫌そうな顔だ。

住宅街に入ると、建売住宅の看板が目立つ。掲げられた看板は数年前から減った記憶がない。


不動産会社の人間は電車に乗らないと映画館が無いような田舎に移住したいかを考えてから建設に踏み切るべきだと思う。

人気の少ない建物の群れを通り過ぎて、交差点を越えるとりーちゃん御用達のコンビニが見えた。

駐車場の前で、りーちゃんは足を止める。

わたしと先輩も、合わせて立ち止まった。

なんだろう。疑問符を浮かべていると、りーちゃんは掌でくしゃくしゃになったレシートを広げて、先輩の前に突きつける。そして、キメ顔で言った。

「そうだ、コンビニに行こう」

コンビニの店内に入ると、耳慣れた音楽がわたし達を出迎えてくれる。

軽快なテンポに思わず鼻歌を口ずさんでしまう。高い中毒性があった。


「ふぁみふぁみふぁみーま、ふぁみふぁみまー」

りーちゃんは買い物かごを片手にお菓子コーナーにまっしぐらに駆けていってしまった。暇を持て余したわたしは先輩と二人で雑誌コーナーを屯している。

バイトの給料日前なので散財はできないが、漫画雑誌の表紙を眺めるだけでもだいぶ楽しい。

わたしは安上がりな女なのだ。非常にお買い得だぞ。

「可愛いね」

息をするように口説いてくる先輩は、先程から雑誌には目もくれずに、ずっとわたしを見つめている。


嬉しさに揺れるような甘い微笑みだ。何が嬉しいのはわからないけど。

瞳から砂糖が溢れ出そうである。

シュガーよりソルトが欲しい。酷くされたいわけではないけど。

ジョークでここまでやっているなら、中々の演技派だと思う。ので、言った。

「先輩って、俳優になれそうですよね。顔かっこいいし、演技上手いし。嘘吐くの得意そうで、羨ましいです。……」

ミスった。ケアレスミスだ。嫌味っぽくなった気がする。

わたしの対話スキルのゴミ加減が炸裂してしまった。

りーちゃんがいないといつもそうだ。誰もわたしを愛さない。テーブルの下で膝を抱えたい。昔流行ったネタである。数年前に青い鳥アプリで見かけたやつだ。

クソコラ画像が脳裏を過ぎる。


「そう?……ねえ、もしかして、俺があーちゃんを好きって信じてない?」

ぎくっ、として身をそらせてしまった。

嘘は苦手である。吐くのも見抜くのも。昔からすぐ顔に出てしまうのだ。

「あーちゃんは何を考えてるのかな」

わたしの頭の中を覗き込みたげな眼をして、先輩は少し考えるようにガラス側に目を向ける。駐車場の前を母親と娘らしき年の離れた二人が手を繋いで歩いていた。

先輩は雑誌コーナーにある雑誌の中から躊躇なく一冊を引き抜く。ちらりと横目でタイトルを確認した。後悔する。

見なきゃ良かった。


ぜ、ゼクシィだぁー!結婚情報誌である。

早いと思う。色々と内容が飛躍し過ぎて着いていけてない。助けてりーちゃん。腕を上下に振りたくなる。

「…、……」

先輩は指先で摘むように手にしたゼクシィを睨みつけて、それから、肩の力を抜くようにふぅと息を吐いた。数秒が数分か。どれくらいの時間かはわからない。けれど、無駄に歳をとった気がする。ピンと糸を張ったように緊張が走っていたのは確かだ。

「……何されても好きだよ。敷島明日菜(しきしま あすな)さん、どうか俺と付き合ってください」


先輩は憂いを帯びた声で呟いた。ゼクシィを雑誌コーナーに戻して、わたしの方に向き直る。大きな両手でわたしの右手を包み込む。既視感がある。懇願するように、先輩は床に片膝をついた。店内とはいえ、公共の場である。いくら清掃がきちんとされていても汚いものは汚いのだ。

「どうしたら良いんだ?」

わたしが知りたい。どうしたら、立ち上がってくれますか。先輩は傅くのをやめてくださいますか。

誰かに見られる前に頼むから立ち上がって欲しい。三百円あげるから。


「どうしたら、信じてもらえる?なんでもするよ。何しても良いんだ。なにをされても好きだから。なあ」

「だから。なんで、そんなに……。わたしが好きなんですか。狼谷先輩とわたしって接点とかないですよね?まあ、わたしの記憶力って当てにならないですけど」

わたしの記憶力は絶賛休暇中だ。今頃、ラスベガスのカジノでルーレットである。

念願のスリーセブンは目前だ。がちゃーんどぅルルルチリンチリンチリーン!

わたしと先輩の方を見て、レジ打ちのおばちゃん店員が驚いてる。

そして、おばちゃんは何かを閃いたとばかりにスマホを取り出して文字を打ち出した。早い、早いよ。仕事中でしょ。


もしかして、SNSで拡散するつもりですか。勘弁して欲しい。

生き恥じゃないか。今すぐに逃げたい。

逃げるは恥だが役に立つ。三人で恋ダンスするしかない。

駄目だ、混乱してきた。

「あーちゃんのことは、ずっと見てた。夏休み前から、ずっと知ってるんだ。あーちゃんが俺を知らなくても、俺はあーちゃんのこと知ってるから……」

涙は流していないものの、目の前で子犬が轢死したような悲痛な表情でわたしの手に擦り寄る先輩に、その言葉の真意を聞くのは憚られる。

年上の男の子が泣く姿なんて見たくはない。胸が痛む。ズキズキ。ジロくんの幻覚が見える。わたしはサディストではないのだ。


「だから、ね。俺と付き合ってください」

「あ、う、うん。いいですよ。あの、だから、泣かないでください。いや、先輩は泣いてないですけど、気持ち的な問題で……」

わたしの答えに満足したのか、先輩はにいっと笑みを浮かべた。あれ?

「じゃあ。明日から毎朝、あーちゃんの家まで迎えに行くからな」

「えッ、わたしの家ですか?先輩の家から遠いんじゃ……?反対方向ですよね。多分」

どこに住んでいるのかは知らないけど、自転車の使用を考慮しなきゃいけない距離だということはわかる。勝手な予想だが。

「ああ、そうかも。あと、俺には敬語は使わなくて良いから。な?」

「わ、わかり、……わかった」

なんか切り替えが早くない?

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