全部が間違い、それだけは間違ってない

「あーちゃん、ついに気でも狂った?」

りーちゃんの反応はあんまりなものだった。気持ちは分かる。痛いほど。

わたしが反対の立場だったらきっと同じことを思っただろう。

初対面の先輩に告白されて、恋人同士になった。念願の彼氏を手に入れたのだ。しかも、顔が良い。

先輩はわたしの右手を取って両手でぎゅっと握り締める。

ぽかんとしているわたしに気分を害した様子はなく、むしろ嬉しそうに笑った。

遊園地のキャラメルポップコーンも裸足で逃げ出すレベルの甘さだ。胸焼けしそう。


「ありがとう。放課後、校門で待ってるから、良ければ一緒に帰ろ?」

「え、あ……はい?」

「うん。良かった。じゃあね、また放課後」

ぱっ、と手を離した先輩はわたしを置きざりにして階段を上っていく。先輩とすれ違う時、なんだか良い匂いがした。

こう見えて、わたしは不意打ちに弱いし、イエスマンなのだ。

自分の流されやすさが嫌になってしまう。

大切なことは何も聞けなかった。

というか、わたしは先輩の名前すら知らないんだけど……。

ぐるぐると思考を回す。

どうするのが正解なのか、無い知恵を絞り出して考える。そもそも、正解なんてあるのだろうか。ほっぺたをつまんでみる。むにっ。痛い。現実だった。


廊下をとぼとぼ歩く。なんだか、足の感覚がひどく曖昧だ。綿を踏むようにふわふわしてる。

初対面の先輩から告白された。異性からの告白なんて、生まれて初めての経験だ。

ドッキリの可能性を考えてみる。うーん。よく分からない。でも、一番可能性が高い気がする。悲しくなった。

先輩が他人の気持ちを弄んで楽しむ人には見えないけれど、それ以上に先輩がわたしを好きになる理由がわからないのだ。

いや、そもそも好きと言われた訳では無い。

先輩はわたしの渾身のクソ寒ギャグに乗っかってきただけだ。多分。

そうしたら、いつの間にか放課後に一緒に下校することになってた。


わけがわからない。よくわからないから聞いてみようと思う。

わたしより賢い人の意見をあおぐのだ。

教室に戻った。わたしに気づくと、りーちゃんは片手をあげる。

黄色のリストバンドが目に入った。

りーちゃんはファッション雑誌を片手に、菓子パンを齧っている。

わたしが自分の席に座ると、りーちゃんは「結局、誰だったの?」と気だるげに聞いてきた。

「彼氏ができた……」

「はァ?」

そして、冒頭の発言である。

わたしは未だに夢見心地だ。

今日の出来事は全て夢で、もうすぐお母さんが叩き起しにくるのかもしれない。早く起きないと遅刻するわよ!なんて。


白い半透明のビニール袋をガサガサと漁りながら、りーちゃんは眉間にシワを寄せる。

「それ、イタズラじゃないの?あーちゃんってば、からかわれてるんじゃない?そいつめっちゃタチ悪い……殴りてえ」

ドスの効いた声だ。りーちゃんは中々にアグレッシブだし、友達が傷ついた際には攻撃的になる。

実際に他人を殴っているところは見たことないけど、怒ると非常に口が悪くなるのだ。りーちゃんのそういうところが好きだったりする。

「そうなんだよなぁ。やっぱりそうだよね。なんでわたしなんだろ……」


ここが漫画の世界なら、背中にズーン、というオノマトペを背負っていることだろう。

わたしは自分の机につっぷした。

期待していたわけではないが、からかいのターゲットにされたという事実は心をささくれさせる。

物理的な実害があったわけではないけど、精神的には少し凹んでしまう。

りーちゃんはチョコレート菓子の箱を開けて、わたしの口に一粒のチョコレートを放り込んだ。噛み砕く。がりがり。バナナ味だった。

あー、と口を開けていると黙々と口にチョコレートを放り込んでいく。慰めてるみたいだった。チョコレートにはカカオポリフェノールという脳の活性化に素敵な効果がある物質があるらしい。よく知らないけど。


食べたら賢くなるかもしれない。わたしが至極真面目に言うと、りーちゃんは鼻で笑った。

「確かに、精神安定に効果的とは言われてるわね。もちろん、食べ過ぎは良くないけど」

「りーちゃん優しい……わたし、りーちゃんとお付き合いしたいな……」

「普通にやだ」

即答された。取り付く島もない。

チャイムが鳴った。昼休み終了の合図だ。

次は体育の授業だったなぁ、と考えて、別の意味で気分が重くなった。

別に体育の授業自体が嫌いとかそういう訳では無い。好きでもないけど。

体育教師があまり得意ではないのだ。


憂鬱な気分のまま、自分のロッカーに鍵を差し込む。開かない。え、なんで?わたしは首を傾げた。

「りーちゃんー」

「なにー?」

「鍵が開かないんだけどーロッカーが反抗期ー」

「はァ?……え、なに?ついにロッカーの開け方すら忘れた?あーちゃんついにボケた?」

「わかんないー、鍵さして回したけど、開かないんだけど」

「貸してみ」

言って、りーちゃんはわたしの手から鍵をぶんどる。素早い動きだ。思わず拍手をしたくなった。しないけど。

りーちゃんは鍵をさして、手首をぐるりとひねる。ロッカーが開いた。わたしにジト目を向けて、りーちゃんは大きなため息を吐く。あっれー?


「開くじゃん!」

「そりゃ、アタシの台詞だわ。あーちゃん、もしかして鍵を逆に回したんじゃないの?もしくは鍵の閉め忘れ。ちゃんとしなよ」

「えー、えー?おかしいな……ちゃんと閉めたと思う……多分、多分」

「すでに不安感じてるじゃん……ロッカーの閉め忘れはさすがに危ないって、あーちゃんの危機管理能力は雑魚過ぎる。スペランカーかな?」

「ひ、ひどい……」

ロッカーの中を見てみるが、特に変わった様子はない。体操服と、面倒くさがって置き去りにしたノート類。辞書類。消臭系雑貨。

何かを取られたりはしてないと思う。

むしろ、少し整頓されてるような気さえする。過去の自分グッジョブ。

そういえば、夏休み前にロッカーの整理をした気もする。すごいうろ覚えだけど。


「なに。中身は大丈夫そう?」

「うん、変わりない。普通にいつもの感じ」

「ホントにさぁ。あーちゃん馬鹿だし、なにか取られてからじゃ遅いんだからね。あーちゃん、顔は可愛いんだから、変態ストーカーに私物盗まれる可能性はゼロじゃないのよ。あーちゃん馬鹿だし」

「事実を二回も言わなくていいじゃん!せめてうましかと言って!そっちの方が可愛いから!」

「馬鹿だね!」

えーん。

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