第74話 判明と衝撃と

 思わぬところで……本当に思ってもみなかった場所で、貫奈と遭遇した春輝たち。

 その場で立ち止まっていては邪魔になるので、差し当たり会場の外へと場を移し。


「こんなところで奇遇ですね、先輩」

「あ、あぁ、そうだな……」


 貫奈と話す春輝の目は、かなり泳ぎ気味であった。


(なんで桃井がここに……!? いや、それよりなんて言い訳すべきか……たまたまチケットが当たって……は、流石に無理があるな……白亜ちゃんに付き合って……うーん、なんかこれだと白亜ちゃんを生贄にしてるような感じが……)


 心中で、悶々と悩んでいたためである。


「ふふっ」


 そんな春輝を見て、なぜか貫奈は小さく笑った。


「私、小枝ちゃんのファンなんですよ」

「えっ……? そうなのか……?」


 これもまた思わぬ言葉で、春輝は目を瞬かせる。


「ホントですかっ……!?」


 他方、白亜が話に食いついて前のめりとなった。


「あの、じゃあ、好きな曲は?」

「『君に藁人形をあげる』かな。ポップな曲調にサイコな歌詞が妙にマッチしてて、聞いているうちになんだかトリップしてるような気分になって」

「わかる……! 小枝ちゃんの声がまた、可愛いのになんだか仄かに狂気を感じさせる響きでグッド……! あれは、小枝ちゃんの新境地を切り開いた曲だと思う……! でもわたしは、普通に『私をおウチに泊めて』とかの可愛い系も好き……!」

「うん、それもわかる。やっぱり、それがあってこその変化球よね」


 何やら、二人は意気投合している様子。

 白亜は目を輝かせており、貫奈も楽しげに語っている。


(桃井の思わぬ一面だな……)


 そんな貫奈の姿は、春輝の目に新鮮に映った。


(桃井になら……話してもいい、のか?)


 ゴクリと喉を鳴らす春輝。


「あ、あのな、桃井」


 緊張を孕んだ口調で、切り出す。


「実は、俺も小枝ちゃんのファンで……」


 一拍挟む間に、覚悟を決めた。


「他にも、アニメとか漫画とかラノベとか好きだし……俺、結構オタクなんだよなっ」


 意図せず、語尾が少し跳ねる。

 極力何気ない調子を装っていはいたが、春輝としては意を決してのカミングアウトであった。


 ……の、だが。


「あ、はい。知ってますけど」


 貫奈のリアクションは、至極軽いものであった。


「………………は?」


 春輝は、ポカンと口を開ける。


「先輩、高校時代から漫画やライトノベルを学校に持ち込んだりしてましたしね。あれ、結構周りは気付いてましたよ? あと、鼻歌でアニソン漏れ出てましたし」

「………………マ?」


 衝撃の事実に、一文字発するのでようやくだった。


「先輩は隠したがっているご様子だったので、一応気付かないフリはしていましたが」


 貫奈は、苦笑気味に語る。


「………………そうだったのか」


 まともな言葉を喋れるようになっても、春輝の顔は魂が抜けたような感じであった。


「まぁ実際、春輝クンが気にしすぎって感じはあるよねー。今どき珍しい趣味でも無いわけだしさ」

「あ、はは……」


 露華のコメントに、伊織も苦笑を浮かべる。


「……そう、なのかもな」


 春輝とて、オタク趣味が必ず迫害される存在であるなどとは思っていない。

 ただ、中学時代に向けられた嘲笑が未だ傷として残っているだけで。


 けれど。


(積極的に話すことはなくても、頑なに隠す必要もないのかもな)


 ここしばらくの出来事から、そんな風に考えるようになっていた。


「にしても、桃井が声優ファンだとは思わなかったよ。昔っから読書家ではあったけど、こっち系じゃなかっただろ? アニメとか観てる様子もなかったし」

「……先輩の影響ですよ」


 一瞬逡巡した様子を見せた後、貫奈はそう言ってはにかむ。


「俺が触れてるのを見て興味を持った、ってことか?」

「と、いうよりも」


 貫奈の笑みが、深まった。


「先輩が好きなものについて知りたかった、という感じですね」

「えっ……?」


 またも思わぬ言葉に、春輝は再度パチクリと目を瞬かせる。


「いつか先輩と、趣味について語れることが出来ればと思いまして。まさか、そこまでに十年もかかるとは当時は思っていませんでしたが」


 愛おしげなその笑顔が、春輝の鼓動をドクンと高鳴らせた。


「小枝ちゃんに辿り着いたのだって、元は先輩の鼻歌からですしね。いやぁ、あれには結構苦労しました。そもそも歌詞もわからない中で探すのが難しい上に、超マイナーな地下アイドルグループでしたから。その上で、先輩が口ずさんでいたメロディを担当しているのが小枝ちゃんだと特定して……ま、今となっては普通にファンになりましたし、苦労の甲斐もあったというところですかね」

「何がお前をそこまで駆り立てたっていうんだ……」

「ふふっ、何だと思います?」

「……何だよ?」

「わかりませんか?」


 ジッと貫奈に見つめられて、春輝の心臓は更に大きく跳ねる。


 正直に言えば、春輝も察してはいた。

 彼女は、そこまでして春輝の趣味を理解してくれようとしていたのだろう。

『告白』の件から考えても、自意識過剰ということもあるまい。


 ただ、この場で……『家族』の前で、自身の色恋沙汰を表に出すのも憚られて。


「と、ところで、もしかして会社の皆にも俺の趣味ってバレてたりするのか……? 会社でも、無意識に鼻歌が出てたらしいけど……」


 咄嗟に出た誤魔化しの話題であったが、これはこれで普通に気になることでもあった。


「あれ、無意識だったんですか……? まぁ、大丈夫だとは思いますよ。普通にアイドルソングって感じですし。アイドル好きだと思われている可能性はあるかもですが」


 長い付き合いだ。

 貫奈が春輝の意図を察して、話に乗ってくれたこともわかったが。


「まぁ、別にそれくらいならいっか……ははっ、全員にバレてるのに俺だけ隠してるつもりだったらどうしようかと思ったわ」


 今は、ありがたくそれに甘えることにした。

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