第71話 布教と共有と

 ──春輝クンの好きなものが知りたかったから、だよ


 小枝ちゃんの曲に興味を持った理由として、露華はそう言った。


 それに対して……春輝は。


「そうなんだ? 俺経由で小枝ちゃんに興味を持ってくれたっていうなら、光栄だよ」


 他意のない笑みを浮かべて返す。

 まさしく、文字通りに受け取った形である。


「………………はぁ」


 すると、露華に深い深い溜め息を吐かれた。


「えっ……? なんか俺、言っちゃいけないこと言っちゃった感じ……?」


 露骨に落胆した様子の露華に、若干の焦りと共に尋ねる。


「……いや、いいよ。春輝クンがなのは、とっくにわかってたことだし」


 何かを諦めたような表情で、露華は力なく手を振った。


「それよりオススメ、教えてよっ」


 それから、気を取り直した様子で春輝の手を引く。


「んー、そうは言っても色々あるからなー……そうだな。露華ちゃん、普段はどんな曲効いてるの?」

「基本は、アガる感じのアップテンポな曲かな?」

「それじゃ、この辺りかな?」

「ふむふむ」


 グループを作ってリストから曲を追加していく春輝の手元を見ながら、露華は興味深そうに頷いていた。


(こういうの……なんか、新鮮だな)


 そんな中で、ふとそう思う。


 中学以降ずっとオタクであることを隠してきた春輝には、誰かとオタクトークをしたという経験が乏しい。

 『同志』である白亜との語らいも楽しいが、こうして自分の好きなものを『布教』するのもこれはこれで楽しいものに思えた。


「とりあえずこんなもんで、一旦聴いてみるかい?」

「そだねー」

「んじゃ……」

「あっ、ちょっと待って」


 再生アイコンをタップしようとした春輝を、露華が手で制する。


 どうかしたのかと思えば、露華はポケットから自身のスマートフォンを取り出した。

 そこに接続されていたイヤホンを抜き、春輝のスマートフォンのイヤホンジャックに挿す。


「こっちの方が聴きやすいっしょ」


 イヤホンの片方を耳に装着しながら、露華はニッと笑った。


「ほい、春輝クンはこっち」


 次いで、もう片方を春輝に向けて差し出してくる。


「えっ……?」


 どういうことかと、春輝は首を捻った。


「ん……?」


 そんな春輝の反応に、露華も首を傾ける。


「ウチだけ聴いてたらその間、春輝クンが暇じゃん?」

「……まぁ、確かに?」


 音源として利用しているためにスマホを弄るわけにもいかず、手持ち無沙汰にはなるだろう。

 別段春輝としてはその程度構わないと思っていたし、イヤホン片方だけでは聴こえ方が違ってしまうのではなかろうかという心配もあるのだが。


「だから、はい」


 春輝が受け取ると信じて疑っていないような顔を見ると、どうにも断りづらかった。


 こういうところは、姉と似ているのかもしれない。


「ん、ありがとう」


 結局、素直に受け取ることにした。

 受け取ったイヤホンを耳に装着……しようとすると、必然的に露華との距離を縮めることになって。


(ていうかこれ、恋愛系の漫画とかでたまに見るやつだよな……)


 自分とは縁遠いシチュエーションだと思っていたため、今更気付く春輝であった。


(漫画だと、カップルとか両思いの二人がやるやつだけど……)


 チラリと、露華の顔を伺い見る。


「ん? どったの?」


 そこに浮かぶのは、ケロッとした特に思うところもなさそうな表情だった。


(俺が変に気にしすぎだ。『家族』なんだし、これくらいは当たり前……だよ、な……?)


 そう自分に言い聞かせる。


「いや、なんでもないよ」


 そして、平静を装って再生アイコンをタップした。


 イヤホンから、春輝にとっては聴き慣れたイントロが流れ始める。


「おー、いい感じにアガれそうな曲じゃーん」

「だろ?」


 時折とそんな会話を交わしながら、曲に耳を傾ける二人。


 イヤホンを装着していない方の耳には、雑音や遠くの喧騒、伊織と白亜の話し声などが僅かに届くのみ。

 アップテンポの曲を聴いているはずなのに、妙に静かにも感じる。


(休日に、誰かと好きな音楽を聴く……か)


 これもまた、ついこの間までは自身に訪れるなど想像もしていなかった時間と言えた。

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