第8話(1)『龍園祭』
「姫宮~、小道具持ってきたぞ!」
「おう、そこ置いといてくれ」
「姫宮くん、衣装の寸法直したから、もう一回着てみて」
「うげ…。 さっき着たとこじゃねぇかよ」
「姫、そのような言葉遣い、はしたのうございますぞ」
「ケンカ売ってんのか、誠也」
「姫宮、舞台の配置図だけど、ココ間違ってるぞ」
「え、ウソ! どこだよ? うわ、マジだ!」
「姫宮くーん!菊池先生が呼んでる~!」
「ちょい待てっつーの!」
「姫、そのような言葉遣い、はした──」
「だぁーっ!もう!!いい加減にしろーっ!!」
戦場のような教室から抜け出してきた純を、廊下で琴乃が待っていた。
「なんの用だ、コラ」
「きゃー! かぁ~わ〜いい~っ!」
純を見るなりすぐ、琴乃は目をキラキラさせて、声をあげた。
なぜなら、彼は今、衣装合わせの真っ最中だったからだ。
『純白のドレス』を着て、『白いレースの手袋』つけ、アイロンと整髪スプレーで髪を巻き、その上に『銀のティアラ』を載せていた。
しかし、ドレスの裾からは、ジャージのズボンの端が覗いている。
「もう、お持ち帰りしたいわぁ〜…──いいえ!この際、わたしと結婚しない? わたしが『旦那』で良いからぁ〜!」
「させるか! するか! 良いワケあるか!」
眉間にシワを寄せて、抱きついてくる琴乃を払い除ける純。
「用はそれだけか? オレは忙しいんだぞ」
「ううん。 本当の用事はこっち」
夏でも変わらずに纏っている白衣のポケットから、琴乃がスマートフォンを取り出した。
「帰る!」
自分の姿を撮影するために来たのかと思い、不機嫌にそう言って、純が踵を返すと──
「写真を撮りに来たんじゃなくて、見せに来たのよ」
意味深な彼女の台詞に、純は足を止めた。
くるりと向き直って、琴乃の手から携帯をひったくる。
そこには──
「…!」
純──ではなく、彼にそっくりな人物が写っていた。
──『雛咲 綾』だ。
背景からして、昨日、河川敷で撮られたものに違いない。
彼女の隣に、変装した自分と夏子の姿がある。
「“芸能人が来てる”って聞いて、わたしの知り合いが撮ったんですって」
「……」
「ここに映ってるの──」
琴乃が指差す。
「──夏子ちゃんとあなたよね?」
「……なんでだよ。オレは手前にちゃんと映ってるだろ」
無駄だとわかりながらも、純は琴乃に言ってみた。
「確かにそっくりだけど、その子をよく見て」
琴乃に言われて、綾を見る。
別に変わったところはない。
純が貸した半ズボンにTシャツ。
髪を縛る飾り紐も、腕につけている時計も、履いてる靴も…•
至って変なところはない。
「それがあるのよ。 腕時計を右手につけてるでしょ? これは典型的な左利きの証拠。 あなたは右利きよね?」
「ぐ……」
言葉を詰まらせる純に、琴乃はウィンクした。
「それに、わたし、ちゃんと調べたの」
「なにをだ?」
「この子──雛咲 綾ちゃんのこと。 所属してるプロダクションは大手で、たまたま知人がそこに勤めていたから、話を聞いてみたわ。 その人も詳しくは知らされてないらしいけど、なんでも、綾ちゃん、仕事中に何らかの問題に巻き込まれたそうよ」
「ふ、ふーん……」
「あなた、また何かしたでしょ」
「なんでそうなるんだよ!」
「変装して行動してる時点で、疑う余地は十分にあります」
「……」
再び黙った純に、琴乃は困ったように笑い、溜息をついた。
「解決しようと行動するのはいいけど、もう少し大人しくしていないと」
この言葉に、腕組みして、そっぽを向く純。
「別にオレが何しようと勝手だろ」
「そうもいかないのよ」
琴乃が首を振る。
「雛咲 綾ちゃんの所属するプロダクションも、王城家と繋がりがあるの。 あの式典以来、王城家の界隈であなた『ちょっとした有名人』なんだから、どこで正体が知れるかわからないのよ?」
それを聞いて、純が怪訝な顔をする。
「なんでオレが有名なんだよ?」
そんな純の眉間にツンと人差し指を当てて、琴乃が答える。
「王城家の当主に、面と向かって啖呵を切ったこと、忘れちゃったの?」
「あー……」
口をぽっかり開けたまま、言い返せない純に、琴乃は微笑んだ。
それに、純に関する噂が、王城家を取り囲む連中の間で飛び交っていることは、以前、大和屋 瑠璃子も言っていたことだ。
「だから、もう少し大人しくね。 あのとき式に参加した『姫宮 純』が、実は男だってバレたら大変でしょ? ただでさえ、劇の主役なんて目立つことしてるんだから……──まぁ、幸い…」
琴乃が両手で、純の頬をふわりと包む。
「これだけ綺麗に飾られた姿を見ても、誰もあなたとは結び付けられないでしょうけどね」
「……わぁったよ。 大人しくするよ」
眉間にシワを寄せつつも、珍しく純が素直に聞き入れた。
「──ってワケで、残りの練習可能時間は少ない。 明日はぶっ通しでやるから、台詞ちゃんと覚えてこいよ。 それから、各自役者以外の仕事も忘れんな」
「はーい」
「解散!」
純の号令で、ガヤガヤとクラスメイト達が帰っていく。
「姫!帰ろうぜ」
鞄を抱えた誠也が誘いにくる。
「悪いな。 オレ、まだ少し残って小道具が全部揃ってるかのチェックがあるから、先に帰れ。 オマエ、明日は部活の朝練だろ?」
「そっか、お疲れさん。 じゃあ、またな」
さっと敬礼して、誠也が出ていく。
今日は夏子も生徒会役員でいないため、帰りは一人になりそうだ。
「……げっ、剣が足りねぇ。 誠也が殺陣練で一本折ったから、追加で買えって言ったのに」
ガシガシと長髪を掻きあげて、純はリストにチェックマークを打つ。
一通り、確認が終わって、彼が鞄を持ち上げたのは、皆が帰宅した1時間ほど後だった。
「やれやれ、ここんとこ毎日こんな感じだな」
昇降口で靴をはき、用務員の老人に早く帰るよう言われながら、外へ追い出される。
すっかり暗くなった空に、ポツポツと星が覗いていた。
「とりあえず、夏子に電話して、鳳佳にメール返して、台本読んで……」
やることを指折り数えながら歩みを進める。
そして、ふと街角のコンビニ近くを通りかかった。
店の駐車場に、原付バイクが3台停まっていて、男が数人が
学園内でも取り沙汰されていた事だが、このところ、女子高生を狙ったナンパまがいのトラブルが、急激に増えていた。
(……また勘違いヤローに絡まれても厄介だな)
男子の制服ならまだしも、純は今ジャージ姿だ。
女子生徒に間違われるのを避けようと、なるべく男達の視界に入らないように歩いていると──
「彼女、どこいくのー?」
(……マジかよ)
しかめっ面で、恐る恐る、後ろを振り返ってみる。
「……あれ?」
よく見ると、男達は自分の方を見ていなかった。
別の女の子に話かけている。
(なーんだ、よかった……オレじゃねぇのか)
ホッと一息ついて、また歩きだそうとした。
しかし──
「……ん?!」
思わず二度見してしまった。
「ちょっと、近寄らないでよ!」
強い口調で男達を突っぱねる女の子も、純と同じ、『龍嶺のジャージ』だったからだ。
すでに男達はニヤニヤと笑いながら、女子生徒を囲んでいる。
さりげない手際の良さから、どうやらこの男たちは常習であるようだ。
女子一人では、なかなか抜け出せないだろう。
「……でも、目立つなって、琴乃に釘刺されてるしなぁ」
助けにいくべきか考えながら、しばらく傍観していると、ふと女子の顔が正面から見えた。
「あれ?」
途端に、その女子生徒の名前が口を衝いて出てきた。
「冬月じゃん」
そう──
冬月 火憐だった。
「……めんどくせーなぁ」
純は長髪をガシガシと掻きながら、男達の方へと戻り始めた。
その間も男たちは火憐に話しかけ続け、逃げられないようにしている。
「ねぇ、メルアドは? それくらい教えてよ」
「わたし、携帯持ってないから」
「ははっ、そんなの今時ありえねーでしょ」
「おまえフられてんだって! こんなヤツほっといてさ、おれに教えてよ」
「だから持ってないってば! 近寄らないで!」
「うわ!怒ってる顔も、めっちゃ可愛いじゃん! おれこんな可愛いコ、すげー久しぶりに見たわ!」
男達が高笑いする。
そんな彼らに冷たい視線を投げかける火憐の元へ、ようやく純が辿り着いた。
「オラ、行くぞ」
壁になっている男の背中を、半ば突き飛ばすように押し退け、純は輪の中にいる火憐の手を取った。
「え?! あ、あれ……? 姫宮くん!?」
「めんどくせぇヤツらに絡まれてんじゃねーよ、ったく……」
驚いている火憐を引っ張って、男達から離れていく純。
「おい!待てよ! 誰だ?テメェ」
男の一人が、純を呼び止めた。
「誰だろうとカンケーねぇだろ、色ボケヤロー」
痛烈な一言を吐いて、純は歩きだそうとするが、再び囲まれてしまった。
「おう、やる気か? このチビ!」
拳で手のひらを叩きながら、男たちが臨戦態勢になる。
純も身構えて、腰を少し落とした。
そのとき──
「君たち、ここで暴れられちゃ困るんだけどね──」
いつの間にか、小太りのコンビニの店主が、店の前まで出てきていた。
「──それに原付をあんな風に、駐車スペースに停められちゃ、他のお客様に迷惑なんだよ」
「なんだぁ? こっちもその客だぞ!」
男が喚くと、店主はやれやれと言った表情で続ける。
「とにかく、警察に通報したからね。 喧嘩なら警察署でやってくれ」
瞬間、男達の顔色がサッと変わった。
「──チッ、マジうぜぇ」
「覚えてろよ、クソガキ。 その顔忘れねーからな!」
慌てて原付に跨り、消えていく。
「まぁどうせ、免許も持ってない連中だったんだろうね」
誰に言うでもなく、店主が呟く。
どうやら、通報したという彼の言葉はウソのだったようだ。
「さぁ、君たちもホラ、帰った帰った」
純と火憐に向かって言うと、店主は戻っていく。
構えと緊張を解いて、純は自然体に戻る。
火憐もホッとした表情を浮かべると、二人は改めて向き合った。
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