第50話 印刷機動要塞イタバシ

   ◆


時は、少し遡る。

印刷準備に取り掛かるために刷版を焼いていた絢理のもとを訪れる珍客の姿があった。


「おうおう小娘! お前こんなところで何をやってやがる!」


甲高い声に、絢理ははっきりと顔を顰めた。刷版を両手で慎重に扱いながら横目で見やると、そこには見覚えのある虫がいた。

どうやら怒っているようだが、絢理はうるさそうに目を細めて溜息をついた。


「ちょっと待っててください今事務室から殺虫剤取ってくるんで」

「おおう、一寸の虫にも五分の魂ぃ……」


肩を落とすそれは、エレメンタルだった。魔法を使うための媒介として存在し、普段は不可視にして大気を漂っているーーらしいが、絢理は遭遇率が高い。

絢理は刷版プレートを機械にセットし終えてから、改めて宙を漂うエレメンタルに視線を転じた。


「何ですか? 納期に余裕があるとはいえ今忙しいんですけど」

「ヨユーとはヨユーだな小娘!」

「事務室まで行かなくてもあったほら殺虫剤」

「殺意高めひどい……」


絢理が掲げた殺虫剤から逃げるように飛び回り、事務机に着地する。


「エレメンタルはな、戦争が嫌いだ」

「話が見えないんですけど……」

「戦争はマナを消費する。大量に、長期的にだ。おいらたちは働きづくめ。それが嫌いだ」

「あれですか? ファーデンの話ですか? それならまあ酷いことにはなりませんよ。二日後までに私が魔法陣を印刷して持ち帰るんで、それで解決できるかと」

「今だぞ?」

「はい?」

「ファーデンでは今まさに戦争が始まる」

「はい……?」


聞いていた話と違う。状況が急激に悪化したのだろうか。


「どうして虫がそれを知ってるんです、それにどうやってここまで移動してきたんですか」

「エレメンタルはどこにでもいるぞ? 馬鹿か?」

「黙れアイティオピコン」

「きゅごおおおおお」


印刷したばかりの魔法陣を無駄撃ちして黙らせる。どうにもエレメンタルとの会話は精神衛生上よろしくない。

絢理は改めて静かになったところで思考する。


「とはいえ、エレメンタルが嘘をつく理由はないですよね……多分、戦争が長引くよりもサクッと解決した方が、エレメンタル的にもまだありがたいから、私に解決を求めにきたとか、そういう感じですかね」


――明日。ファーデンは戦場になる。


脳裏に閃くのは、ジェーン・ドゥの言葉。正体不明の彼女の予言とも一致する。

嫌な予感がする。絢理は逸る心を押さえて、冷静に納期を計算する。

戦場を制圧するほどの大量印刷には、どうしても時間がかかる。それを馬車に積むのもそれなりの時間を要する。それから、フーゴから授かった魔法陣をコピーして馬車に再利用したとして、


「それでも、戻るまでには十時間以上かかりますね……」


時刻は早朝六時。その十時間が致命的になるのかどうかが、絢理には判然としない。

だが、早すぎるということもなかろう。

急がねばならない。

それこそ、印刷と移動を同時にこなすことができれば――そこに思い至った時、絢理の中である一つの可能性が浮かび上がった。


そうだ。


絢理はフーゴから預かった破軍級の魔法陣をポケットから取り出す。

無機物に貼ることで、高速移動ができるようになる魔法。


振り返る。


機材を、紙を、壁を、工場全体を見る。

どれをとっても無機物だ。


ということは、まさか。


納期短縮の実現に向けて、絢理は無茶苦茶な可能性に賭ける事にした。


   ◆


ゴゴゴゴウンッ!


四角く巨大な印刷工場に、冗談みたいに無骨な脚が八本、波状に広がり展開していた。

蜘蛛を連想させる巨大な脚が工場を持ち上げ、まるで生き物のように唸りをあげる!


「コロンブスやピタゴラスも唖然でしょうね! まさか工場自体を移動させながら中で印刷を進めることで、劇的に納期を圧縮できるなんて!」


自信たっぷりに社畜は快哉を上げる。

印刷オペレーターはこの納期短縮法を本気で革命だと胸を張り、

鼻息を荒くしていた。 


「その名も、印刷機動要塞・イタバシ!」


ゴゴゴゴウンッ!


主人の紹介に呼応するように、快走印刷株式会社板橋工場改め、印刷機動要塞・イタバシが頼れる駆動音を上げる。


「くくくっ、この印刷機の中には既に200,000枚もの魔法陣が出来上がっていますよ。しかもそればかりか、一号機と二号機をフル稼働させているので今この瞬間にも毎分1,600枚もの魔法陣が増刷されていっています!」

「ふ、ふざけるな!」


絢理のテンションを遮って、怒声がイタバシへと向けられる。絢理が見下ろせば、カデットが怒りを露にしている。


「何だその出鱈目な代物は!」


それはこの場にいる全員の総意だったに違いない。

オルトも呆気に取られて脱力し、言葉を投げる気力ももはや失っていた。

徹夜明けだし。


徹夜明けは絢理も同様だったが、彼女の場合はむしろ徹夜明けのテンションに最高の相棒を得た喜びでアドレナリン全開である。

今の絢理さんにとって、カデットの叫びは負け犬の遠吠えに過ぎず、もはや押収された魔法陣さえ、このイタバシの前には児戯に等しい。証拠に、


「討て、討てえええッ!」


カデットが指揮をとり、大量の魔法陣がファーデン私設軍から放たれようとするが、


「畝り躍れ・アイオーンッ!」


詠唱と同時、大量在庫が一斉に光を帯びる。

マナを吸い尽くした魔法陣が、空から粛清の流星を降らせた。私設軍に一斉に殺到するそれらの数など、もはや数える気にもなれなかった。

そうして、無窮魔道士・戸叶絢理はその名を轟かせた。龍を討ち、エルフを黙らせ、巨大な怪異を眷属として従える最強の術師として。


「これは良い、良いですよ! これならどんなに無茶な納期でも受けられること間違いなしです! 最高ですよイタバシ!」


<次回 第三章完結!>

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