第43話 絢理さん納期に追われる

   ◆


「押収された?」


オルトにはその言葉の意味がわかりかねて、鸚鵡返しに尋ねた。

しかし、困惑しているのはカウンター越しに相対するコンシェルジュも同様だった。


「ええ、突然私設軍の方々がいらっしゃいまして、ホテル内にある魔法陣を全て押収して行かれたのです……」

「客の私物も含めて、全て?」

「そのようで……」

「一体どうして」

「それは、私どもにも分かりかねまして……」


本当に、ただ事実だけを述べることしかできないのだろう。詰め寄るオルトに対してコンシェルジュも狼狽するばかりだ。


「どうしてそれを、僕らが帰ってきてすぐに伝えてくれなかったんだ」

「とにかくまず夕食にしたいので話は後にして欲しいと、あちらのお客様から仰せつかりましたもので……」


そう言って平手で慇懃に指し示す方を振り返ると、そこには抜け殻のようになっている絢理の姿があった。

成程、事態の把握が遅れたのは彼女の食い意地のせいでもあるのか。

それ以上責める気にもなれず、オルトは頭を抱える。


「私設軍の皆様は緊急事態だからと、ただそれだけを仰っておりましたが……」


確かに緊急事態ではある。オルトの心中は穏やかではない。ファーデン私設軍がほとんど強奪のような形で魔法陣を押収したのは、間違いなくファーデン子爵の誘拐に起因するのだろう。

だが、その事実を民衆に公にすることなく、ただ軍備の強化をしようとは。

オルトの胸中に不安が膨らみ、渦巻いている。嫌な予感しかない。


「あの、こちらを」


黙り込むオルトへと、コンシェルジュはおずおずと何かを差し出してきた。

受け取って包を開くと、中には紙幣がぎっしりと詰まっていた。


「これは……?」

「私設軍の皆様が、魔法陣の代金にと置いて行ったものでございます。そちらは、お客様方のものでして……あの、失礼ですがどれだけの数をお持ちだったので……?」


彼が懸念するのも無理はない。受け取った紙幣の量が尋常ではなかった。

閉口していると、背後からフーゴが包を覗き込んできた。


「こりゃ凄え。数年は暮らせるぞ」


渡されるべき魔法陣がないと知って剣呑な雰囲気を出していたフーゴも、これには驚く。


「成程な。魔法陣1,000枚ってのも最初から貴族の戯言だったのかと腹を立ててたが、その金見たところ嘘じゃなさそうだ」


フーゴが金に手を伸ばすが、そこはオルトがしっかりとガードする。


「これだけの紙幣を個人に渡す……? 税収に苦難してるファーデンが?」


オルトの呟きに、フーゴも表情を改めた。


「確かにな……」


オルトとフーゴはカウンターを離れ、ロビーのソファに腰を下ろす。抜け殻な絢理はとりあえず放っておく。

オルトは状況を整理しようと、二本の指を立てた。


「起きている事は二つ。私設軍が大量の魔法陣を集めていて、大量の金をばら撒いている」

「考えたくはないが、大量の魔法陣を使う予定があり、その結果、金が不要な状況になるってことかもな」


フーゴが言外に示した可能性は、オルトの考えと一致していた。


「君もそう思うのか……」


大きく息をつき、重々しく、しかし周囲に聞こえないようひっそりと、オルトは明言した。


「私設軍はエルフに戦争を仕掛けるつもりなんだ」

「だろうな」


フーゴも首肯する。


「子爵が誘拐されたんだ、戦争を仕掛けるにはこれ以上ない立派な言い訳だな。見事エルフに勝ちゃあ重税の撤廃も夢じゃない。その未来を掴むためにも、今は金をばら撒いてでも戦力を増強したいんだろうさ」

「三日間、犯人が見つからなければそのまま戦争……でもそれは、タビタと子爵を見殺しにしかねない」


オルトは立ち上がり、ほうけている絢理の肩をガシッと掴んだ。


「何してくれてんですかセクハラで訴えますよ」

「工場に戻るんだ、今すぐ!」


私設軍は最悪の場合、人質解放のために武力行使を厭わない。まして、絢理から押収した100,000枚以上の戦力の保持が確定しているのだ。

エルフに至っては、基本的に人間よりも高次の存在だ。彼らの使用する魔法はどれも高い系層にあたる。

両者が本気でぶつかることになったら、そこに介入できるとしたら戸叶絢理、ただ一人を置いて他にいない。


「工場で魔法陣を大量に印刷して戻ってくるんだ。最悪の状況になった場合、それを打破できるのは絢理君だけだ」

「行きたいのは山々ですけど、エックホーフからここまでだって、馬車で二日かかったんですよ? 工場までなんて、往復で四日かかりますって」


絢理の正論に、オルトはたじろぐ。


「な、何か印刷に変わるような技術はないのかい? 即座に場所を移動できる手段とか、あのフォークリフトみたいなやつとか!」

「ドラえもん扱いしないでくださいよ暑苦しい」

「ドラ……?」


よくわからない単語は無視するとして。状況の打開には移動手段が必要だ。

オルトも絢理も歯噛みする。印刷工場の弱みが露呈した。工場の近隣にいれば絢理は無限に近い力を発揮できるが、一度離れてしまえば、ただの無力である。

何か代替手段はないかと思案していると、一部始終を黙して聞いていたフーゴが、ふと提案してきた。


「早く移動できれば良いんなら、方法がないこともない」



<続>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る