15 決断/休息

「あれは水平にも穴が掘れますか!? 直径は何メートルまでいけます?!」

「そんな大きな穴は無理だよ。せいぜい……ええと、児島、いくつだったっけ?」

「はい、一番大きなカッターヘッドの直径は四百二十ミリです」


 雅樹の勢いにのけぞりながら山崎が振り向くと、まるで準備していたかのように即座に答えが返ってくる。


「だそうだ。それに、残念だが真下以外には穴が掘れない。エアロックを塞いでる岩盤を真横にぶち抜くみたいな芸当は不可能だ」

「……駄目ですか」

「これだけ大きな穴だと、ほんの十メートル掘り抜くにも半日はかかる。時々休ませて刃先を冷却する必要もあるし。始めるなら早いほうがいい」

「うーん」


 雅樹は考え込んだ。


「悩むことはないわ。垂直にしか掘れないのなら、あの光ケーブルトンネルを上からぶち抜くのよ。そうすればあとは基地の中枢まで一直線よ。簡単じゃない」

「深すぎるし、だいいち穴の直径が小さ過ぎる。そのサイズじゃ俺が入れない」

「問題ないわ。私なら入れる!」


 メイシャンは当たり前だと言わんばかりに大きく胸を張った。


「いや、それはちょっと……」

「ほかに選択肢はないの! 悩んでる暇にさっさと決断してちょうだい。ぐずぐずしてたら間に合わなくなるわ」


 言ったかと思うと、メイシャンは眉をしかめたまま黙り込む雅樹をしり目に、早速パッドに平面図を呼びしていた。


「……どうして」

「何か?」

「いや、どうして先生は迷わないんです。自分の決断をそこまで正しいと思える根拠はどこにあるんです? 年齢だってそうは違わないはずなのに。俺は――」

「私、医者ですから」

「え?」

「一瞬の迷いが、ほんのわずかな遅れが、もしかしたら救えたかもしれない命の火を消すの。前に言ったでしょう? 私、そんなのはもういやなんです。だから……」

「でも、その決断が――」

「間違いない、なんて思ったことはこれまで一度もないわ」


 わずかな憂いを感じさせる微笑みを浮かべながらフッと息を吐く。


「その時点でいちばん可能性の高いと思う方に賭けるだけ。私達は神様じゃない。どうせ後で後悔するんだから、だったら何もせずに後悔するより、何かやって後悔するほうが気が楽だわ。そうでしょ」

「……割り切ってるんですね」


 メイシャンは答えず、あいまいな表情のままパッドに視線を戻した。


「で、どうする? 司令代理」


 腕組みしたままの山崎がぼそりと問いかける。


「……やりましょう。準備をお願いします」




「……もう一度繰り返さなくていいですか? それじゃ先に行きます。マップ上で選択した隔壁を確定させて、さっきと同じように〈閉鎖〉します。そうです。今度は動きましたか? はい、それじゃ少し休憩しましょう」


 調査車の二階にあるコマンドルーム。

 データパッドにカメラ画像と基地内気圧の計測データを分割表示し、久美子の表情と気圧の変動をワンステップごとに確認しながらレクチャーしていた児島が、顔を起こしながらふうっと大きく息を吐きだした。

 大人相手では始終どもりがちな彼だが、相手が子供だとそうでもないらしい。妙にいい笑顔だ。

 

「どうです? 空気漏れの箇所は?」

「あ、お、おはようございます、司令代理。今、東側の五つ目の破損区画を閉鎖した所です。ただ、地震の影響で一括制御から外れてたり、破損している気密隔壁もけっこうあるんで……」

「ええ」

「念のため一カ所ずつ個別に確認してます。じ、時間がかかりそうですね」

「図書館のドアもまだ?」

「ええ、アクチュエータの油圧が抜けてるのかもしれません。とすれば遠隔での操作は無理です。人力で無理やりこじ開けるしかありません。ただ、この子達の力ではちょっと……」

「で、気圧は?」

「げ、現在コンマ69まで落ちてます。最初に一斉閉鎖をしましたんで、減少率は落ち着いてます。じわじわと下がってはいますけど……」

「間に合うといいんだけど」


 雅樹は足をかばってゆっくり腰を下ろし、サンプル採取用パイプを流用した即席の松葉杖を隣のシートに立て掛けた。が、いまいち安定が悪かったらしく、カランと派手な金属音をたてて床に転がる。

 児島はそれを素早く拾い上げ、雅樹に返しながら尋ねた。


「あ、足の方はまだかなり痛みますか?」

「ああ。少し、いや、かなり……かな」


 苦笑いしながら、ギプスのように固まった消炎バンテージをコンコンと叩く。


「骨はズレてないって。腫れもいくらか引いてきた。絶対に無理な運動をせず、十分な睡眠を取ってカルシウムたっぷりの食事を取りなさいって言われたよ」

「フフッ、現状じゃどれも望めませんね」


 児島は苦笑する。

 地下ケーブル道の位置を確定するのに手間取り、ようやくボーリングマシンがうなりを上げ始めたのは深夜三時を回ってからだった。その後雅樹はメイシャンに脅されるように数時間の仮眠をとったのだが、目の下のくまは熱いシャワーでもまったく取れてなかった。


「それにしてもこの子、物覚えがすごく早いですよ。カンもいいし。何より生まれつきの素質がありますね」

「だろうね。バリバリのAI研究者の娘さんだから。この子を無事にコロニーへ帰せたら、将来の大電脳学者を失わずにすむんだけど」

「大丈夫ですよ。それよりリー先生はどちらに?」

「あ、今シャワーを浴びてる」


 その返事が合図だったかのようにドアが勢いよく開き、乾ききらない髪を気にしながらメイシャンが現れた。それほど広くない部屋中にほのかな石鹸の香りが満ちる。


「おはよう。児島さん、交代しましょう」

「あ、そ、それじゃお願いします。一応東側は全部終わりましたんで、西の第六区画からです。手順はそのノートに全部書き出してますんで」

「はい」

「た、たった今久美子ちゃんが閉鎖コマンドをかけたところです。気圧変動のデータを見てから次に移って下さい」


 それだけ言い残し、児島はそそくさとコマンドルームを出ていった。


「どう、少しは疲れが取れた?」


 シートに深く腰かけ、優雅な動作でインカムを耳にセットしながらメイシャンが問いかけた。不安でほとんど眠ることのできなかった雅樹とは違い、彼女は数時間前とは打って変わって全身から充実した気力をみなぎらせている。


「一睡もできなかった」

「へえ、研修をサボりまくって基地を抜け出していた人とは思えない繊細さですね」


 クスリと笑った彼女は、トークボタンに一旦指をかけ、ふと思い付いたようにその指を引っ込めた。

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