第14話 セントポーリア、小さな愛
「付き合え」
アレクシスを睨み付けて、オレは頼み込んだ。
とても他人に物を頼む態度には見えなかったろうが。
「どうした?」
ところがアレクシスは上機嫌な顔でくるりと振り向くのだった。
オレの頼み事ならなんでも聞くと言わんばかりだ。
「まだ……魔術を発現させられてない。これからその練習をするから、付き合え」
すでに日は落ち、夜空には星々が輝いている。
その星空の下に彼を誘うのだから、まるで逢引きの相談のようだ。
でも夜の方が精霊の気配が上手く感じられる気がするのだから、仕方ない。
しかしそもそも彼を誘う必要なんかないのだ。
これからしなきゃいけないのは、自分がどの精霊と相性がいいか確かめる総当たり。
順番に精霊を呼び出していくだけだ。
アレクシスが隣で見ていたからって成功率が上がるようなことはない。
でもこれから一人で外に出ていって寒さに震えながら魔術を行使しなければならないことを考えると、無性に腹が立った。
アレクシスも巻き込んでやれ。そう思ったのだ。
「もちろん、いいとも」
彼は快く頷いてくれた。
彼の得になることなど何もないのに。
「夜食はいるか?」
そして彼は悪戯っぽく笑う。
この間のように厨房から何かくすねてきた方がいいかという意味だろう。
「別にいい。大人しくしてろ」
彼につられて口元がニヤリと笑ってしまうのを止められなかった。
*
夜にもなると、吹く風は肌に冷たく感じる。
それでも夜の森の静けさは心地よくて、夜空を見上げて暫し立ち止まったのだった。
三日月が空に輝いている。
不意に、アレクシスの「月明かりの下で生まれたのか?」という言葉を思い出した。
一体何をどうしたらそんな発想が出るのか。
「ここら辺でいいか?」
「ああ」
精霊に呼び掛ける場所をここに決めると、アレクシスは近くの木陰に腰を下ろした。
その膝には綺麗に畳んだ毛布が乗っかっている。
それはアレクシスが寒がりだからというよりも、オレの体温が冷えてしまった時に備えて持ってきたのだろう。
「じゃあ、始める」
彼がこくりと頷いた気配がした。
オレは杖を構え、目を閉じる。
精霊を呼び出す為の準備は己の中で整っているだろうか。
自分に問いかけ、そして目を見開いた。
「
今回呼び出すのは水の精霊だ。
結果は果たして――
「
……またも何も起きなかった。
思いっ切り顔を顰める。
「何か間違えてる訳じゃねえよな……」
不安になって呟く。
「その点については大丈夫だ。安心して次の精霊を試すといい」
「別にあんたに聞いた訳じゃねえ」
アレクシスを睨みながらも、彼の言葉に安堵を覚えた。
彼を連れてきて良かったと思ってしまった。
「次行くぞ」
ぷいと前を向くと、オレは次なる精霊を呼び出し始めた。
…………
……
「
唱えた瞬間、手応えがあった。
杖の先に集めた魔力が形を成し――――光の帯がアレクシスの方へと向かった。
まるで精霊が光のリボンを手に持って彼の方に飛んでいったかのようだ。
光の帯は彼の周りをくるくると旋回すると、やがてパッと散っていった。
「……今のは?」
「おめでとう。成功だ」
アレクシスはにこりと笑顔を向けてくれた。
「どうやらルノは霊属性の精霊と相性がいいようだな」
最後に呼び出したのは霊属性の精霊だった。
「霊属性と言うと……」
「対象の魔力の回復を促進させる効果だ。オレにかけてくれるなんて優しいな」
「んな訳ねえだろ! 精霊が勝手にやったことだ!」
オレはアレクシスに魔術をかけてやろうなんて全然思ってなかった。
思ってなかった……はずだ。
しかし精霊は実際彼に魔術をかけてしまったのだから、自信が無くなってくる。
現代魔術は魔術の対象も方向もすべて呪文で指定するらしい。
その点古代魔術は曖昧なものだ。
精霊に語り掛ける
全て言わなくても通じることもあるし、こうして勝手に判断されてしまうこともある。
精霊からすると、オレがアレクシスの為に魔術を行使しようとしているように見えた?
そんなまさか。
「
「霊医術士?」
「古代魔術師の中でも特に病を治す術を扱う者のことだ」
古代魔術は病を治すことに長ける。
授業で習ったことだ。
「霊医術士は病を治すことも、その逆もできる」
「病にかからせることも?」
「ああ。それを呪いと呼ぶ。素早く人を殺すのに長けるのが現代魔術なら、ゆっくりと人を殺すことに長けるのが古代魔術だ。暗殺には持ってこいだな」
アレクシスは何を言いたいのだろう。
片眉を上げて彼の話を聞く。
「その呪いを弾くことが出来るのも同じ霊医術士だ。だからある程度の地位にある貴族は皆お抱えの霊医術士がいる。オレもいつかは専属の霊医術士を雇うことになるだろう」
彼がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
彼のその笑顔を見た途端、彼が何を言うつもりなのか分かってしまった。
「だから、ルノ。オレの専属霊医術士にならないか?」
思わず息を呑んでしまった。
あまりにも馬鹿げたことを言っているものだから。
そもそもオレが霊医術とやらをきちんと修められるかも分からない。
それも馬鹿げた要因の一つだ。
しかしオレが本当に彼の専属霊医術士になったとして、オレが金で寝返ったらどうする気だ?
誰にも気づかれることなく彼を呪い殺せる立場にオレが就くということだ。
いくら恋は盲目だと世間で謳われているからと言って、どうしてそこまでオレを信用できるのか。
オレを雇えばずっと傍にいさせることができるからか?
恋の為には命すら厭わない気なのか?
まさかオレに殺されても本望……とまでは思ってないだろうが。
「無言ということは返事はイエスか?」
オレが呆れた顔を浮かべているのが見えているだろうに、彼はそれを無視してそんなことを言うのだった。
「馬鹿」
彼の差し出した手を軽くはたくと、笑みを漏らした。
あまりの馬鹿らしさに怒ることもできなかった。
こんなにも彼に甘いのだから、そりゃ精霊たちに勘違いされてしまったとしても仕方ないだろう。
森の木々たちは冷たい夜風に吹かれて、葉を紅く染めつつあった。
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