第11羽

 


 ―――寝不足です。


 昨日は帰ってから、空くんの “予定” が何だったのかをずっと考えてしまった。

 加藤さんから始まり、勇くん、はたまた保健の先生までも登場する始末。


 さっきから隣に座る空くんをチラチラと見てはいるけど、 “昨日何してたの?” とは訊けないでいます。


 お友達として、当たり障りのない会話だと思うけれど、昨日誘って断られた身としては、ちょっとしつこく思われてしまいそうで………。



 はぁぁ………。



「真尋ちゃん」

「っ!」


「今朝は少しおつかれみたいだね」


「う、うん。 ちょっと……」



 気を揉み疲れたといいますか、なんというか……空くん《きみ》のことでねっ! か、勝手にだけど……。


 ……やっぱり、訊いてみよう。 変な質問じゃないし、空くんだってそこまで気にしないよね?



「あ、あの、そ――」

「おはよう灰垣っ!」



 ――え……。 せ、せっかく覚悟を決めて話しかけたのに………も、もうっ、誰なの!



「あ、おはよう木村くん……達」



 ―――き、木村くん?!……とその他二名が後ろに。



 空くんの所に朝の挨拶なんて……なんで? それもお供まで連れて……あっ……! もしかして、昨日の逆恨みの件ですかっ?


 やだ……空くんに変なことしないでよっ……!



「灰垣、お前彼女いたんだな?」


「えっ?」




 ―――は?




 ………あれ? ちょっと……目が見えない………。




「僕は、彼女いないけど?」




 ―――見えた………っ!




 良かった、さっきまで真っ暗……というか、真っ白になっちゃってたよ……。


 まったく、木村くんは突然何を言い出すのっ?! 危うく乙女が光を失うところだったんだからっ!


 私は力の限り木村くんを睨みつけてやった。



「昨日見たんだぜ、ほれ」



 ―――なぁっ?! う、嘘……嘘だよねっ、空くん……!



 揶揄うような顔でスマホを突きつけてくる木村くん。 み、見たいけど見れない……空くんの彼女なんて、そんなの見たくない……!



「ああ、みくるちゃんかぁ」



 ………みくるちゃん? それが、空くんの彼女………。 さて、 “恋の退学届” の準備を………。



「可愛い彼女だな? お前にはぴったりだよ」



 うるさい木村、聴きたくない。



「ムービーもあるぜ? 二人共あんまり楽しそうだったからよ」



 キム、消えて。



「おっ? おい加藤! 見てみろよ、灰垣の彼女だぜっ!」


「はぁ? 朝から何言ってんの?」



 教室に入って来た加藤さんを呼びつける木村くん。


 加藤さん、色々やきもち焼いたりしたけど、お互い失恋だね………。 なんだか、今はあなたが戦友のように感じるよ、加藤さんが空くんを好きだったかは知らないけど………。



「へぇ、ホントだ。 かっわい〜!」



 ――えっ? な、なにそのリアクション?



 ……そっか、加藤さんは好きじゃなかったんだ。 もしそうなら、そんなに明るく話せる訳ないし。



 私は……もうダメ。 泣きそうだよ……。



 私と付き合ってくれるなんて思ってなかったけど、誰かのものになっちゃうなんて………。



 ………冥土の土産に見てみようか、空くんの………彼女………。



 もう、涙でかすんであんまり見えないけど、弱々しく顔を上げて、私はその彼女ひとを目に映してみた。



 ……うん、可愛い。 可愛い………かの―――女の子?! こ、子供………だ…………。



 その瞬間、私は心の中に用意していた退学届を破り捨てた。



 良かった……本当に良かったよぉ……。

 昨日の空くんの予定って、この子と遊ぶ事だったんだ! あはっ、こんな大穴さすがに当たらない。 でも、



 ―――一気に曇っていた心が晴れた気分っ!



 木村くん、ありがとうっ! 君っていい人だね!



「ランドセル背負ったばかりぐらいが灰垣にはちょうどいいって、加藤もそう思うだろ?」


「なに言ってんの? 知り合いの子と遊んであげてるだけでしょ?」



 そう言って加藤さんは自分の席に鞄を置きに行った。



 ああ、空くんをバカにして、加藤さんに自分の方がいいって思わせたいのか。 キムやっぱり嫌なヤツ。


 私だって加藤さんが空くんにつきまとうのは嫌だけど、だからといって相手を貶めるような言い方をして自分を良く見せようなんて思わない。



「ちっ……! まぁ灰垣ちゃんよ、お前はこのガキぐらいにしとけよ……変な気起こすなよ」



 ……キム、いい加減にしなさいよ。 これ以上空くんをバカにするとこの私が………



「おい、汚い顔のお前」


「………あ?」



 私が文句を言ってやろうと思った時、尖った声が教室に響いた。



「あ、おはようみ――」

「その子はあたしの妹なんだ、勝手に盗撮すんな変態野郎」



 その鋭い眼光で睨みつけ、木村くんに罵声を浴びせる小さな女の子………それは、私も睨まれた事のある彼女、別府さんだった。



 ―――ってこの子、別府さんの妹さんなのっ?!



 な、なんで空くんが別府さんの妹さんと……?



「は? お前の妹なの? なんで灰垣が……」

「お前に関係ないだろ? 朝からうるさいんだよ、目立ちたいのはわかるけど性格歪んだその顔大勢に晒すな」



「……おい、散々言ってくれんなこの―――ブッ!? うぇ……っ!」



「――っ!」



 別府さんの辛辣な言葉に嚙みつこうとした木村くんが呻きを上げる。



 それは……ちょっと信じられない光景だった………。



「引っ張っちゃってゴメンね。 まさかとは思ったんだけど、女の子に酷いこと言うんじゃないかと思って」



「がっ……! はぁ、はぁ……」



 あの……空くんが……。



 空くんが、木村くんのワイシャツの襟を掴んで後ろに引っ張った。



「て、てめぇ灰垣っ!」


「きゃぁぁッ!」




 ―――私は、怖くて目を開けてられなかった。




 怒った木村くんが、空くんに掴みかかって……でも、すぐに空くんを助けなきゃって、私が目を開けると………。




「ほら、ダメだよちゃんと受け身取らないと」



「……な、なんだよ……どうなってんだ……」



 教室の床に頭を掠らせている木村くん、それを空くんが支えている。


 どうやってこの状態になったのか、目を瞑ってしまった私にはわからなかった。



「頭打ったら大変だったね。 暴力はいけないよ、木村くん」



 そう言って、空くんは木村くんを立たせてあげて、今度は別府さんに向かって言った。



「海弥もひどい事言いすぎだよ。 木村くんに謝りなよ?」


「………ふ、ふんっ、空が何にも言わないのが悪いんだよ」



 私と同じように惚けていた別府さんは、空くんに窘められ、いつもの不満そうな顔に戻って自分の席に歩いて行った。



 ………やっぱり、空くんも習ってたのかな? 勇くんみたいに。



 あと、こんな時になんですが………




 ―――空くん “海弥”って呼び捨てにしてたよねっ?! 別府さんも “空” って言ってたっ!



 二人は呼び捨て合う間柄で、妹さんと空くんが遊んで………



 ―――一体どうなってるの?!



 昨日何があったの? 元々知り合いなの?



 ………もう、全然わかんない……っ!!



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