第51話 イブの予定

「そういえば、朱里は期末テストの準備、進んでる?」

翌日のお昼休み。ふいに、彩月ちゃんが発した言葉で、ぽろりとお箸を落としてしまった。


 「き、キマツテスト……」

「なに片言になってるの。もう、来週だよ」

そうだ、クリスマスだ、イブだ、だなんて、浮かれている暇はなかった。そういえば、来週から期末テストがあるんだった。頭があまりいいとは言えないのに、進学校に来てしまった私は前もって準備していないと、赤点をとってしまう。


 「さっぱり忘れてた」

「朱里、大丈夫なの? 期末テストで赤点をとったら、また冬休み補習だよ」

それだけは避けたい。あの皆が遊んで休みを満喫している中で、学校にいく空しさを再び味わいたくはなかった。


 「どうしよう」

真っ青になりながら、頭を抱える私に彩月ちゃんは意外な提案をした。

「だったら、小鳥遊先輩に教えてもらえば?」

「お兄ちゃんに?」

それはお兄ちゃんは成績優秀だし、頼めば教えてくれるだろうけど、自分の勉強もあるだろうし……。


 「小鳥遊先輩の成績は、朱里がちょっと勉強を見てもらうくらいで下がらないわよ。学年一位なんだから」

「がっ、学年一位!?」

「知らなかったの?」

「うん」


 そこまで成績がいいとは知らなかった。亮くんといい、お兄ちゃんといい、なぜ、私の周りには、そんなに頭がいい人たちが揃っているのか。それに比べて、お馬鹿な私って。


 「まぁ、とにかくせっかく近くに優秀な人材がいるのにこれを活用しない手はないわ」

「……うん、そうだね」

「どうしたの、朱里元気ないね」

彩月ちゃんが心配そうに、私を覗き込む。お兄ちゃんのことを話していて、お兄ちゃんにクリスマスイブに予定があることを思い出したのだ。そのことを話すと彩月ちゃんは納得した顔をした。


 「それはそうでしょ。だって、イブは、」

「イブは?」

途中で言葉を切った彩月ちゃんに首をかしげる。彩月ちゃんはそんな私を見て、なるほどねぇ、と笑った。


 「いや、何でもない」

ええー、絶対嘘だ。何かいいかけたよね?

「そっか、そっか。本当は私も誘いたかったけど、小鳥遊先輩なら仕方ないか」

「?」

彩月ちゃんは、納得しているみたいだけど、つまり、どういうこと?


 「先……にしたら、あれだから、ちょっと私のは遅れちゃうけど、許してね」

「?」

だから、いったいなんのことなんだろう。




 家に帰って、隣の部屋の扉をノックする。

「朱里、どうしたの?」

「あのね、お兄ちゃんに教えて欲しい問題があって……」

放課後、彩月ちゃんと少し勉強をして帰った。そのときに解けなかった問題をお兄ちゃんに教えてもらうことにしたのだ。


 お兄ちゃんは私が大量に抱えている教科書を見て笑った。

「いいよ、じゃあ、僕の部屋でやろうか。分かりやすい参考書も貸してあげるよ」

「ありがとう」


 緊張しながら、お兄ちゃんの部屋に入る。高校生になるまではお兄ちゃんを起こすために、毎朝入っていた部屋。ここ最近はめっきりと入ることがなかった。


 お兄ちゃんの部屋に入ると、当たり前だけど、お兄ちゃんの匂いがした。以前よりも恋する乙女モードが発動している私は、それだけで、どきどきしてしまう。


 お兄ちゃんの勉強机は、ライトと参考書以外何も置かれていない綺麗な机だった。なるほど、これが学年一位の机か。小さなぬいぐるみや、漫画なども置いてある私の机とは大違いだ。私が感心していると、お兄ちゃんは笑った。


 「じゃあ、やろうか」

「うん」


 お兄ちゃんの説明は丁寧でわかりやすく、とても勉強ははかどった。けれど、ふと、お兄ちゃんの勉強机の隣にあるラックにかけられているコルクボードに目が止まった。


 コルクボードには、映画のペアチケットが張られている。それも、恋愛映画だった。日付欄はしっかりと、イブが刻印されている。もしかして、お兄ちゃんのイブの予定って、これかな。冴木先輩と恋愛映画を観に行くとは考えづらいし、女の子と恋愛映画を観に行くのかな。がーん、とわかりやすくショックを受け、手が止まった私にお兄ちゃんが不思議そうな顔をした。


 「朱里、どうしたの? 疲れたなら……」

お兄ちゃんは、そこで私の視線の先に気づいたらしい。お兄ちゃんは、しまった、といった顔をした。


 「……隠しておこうと思ったのに」

やっぱり、私には知られたくないようなことだったのかな。泣きそうな気分になっていると、お兄ちゃんはコルクボードから、映画のチケットを一枚外し、私に手渡した。


 「はい、朱里」

「……え?」

思わぬ出来事に瞬きをする。なんで、私に?


 「朱里、この映画、前から行きたがってたでしょ。ちょうどイブに映画の予約がとれたから、朱里をびっくりさせようと思ってたんだけど……、僕も詰めが甘かったね」

といって、お兄ちゃんは苦笑した。


 「ほんとに私でいいの? お兄ちゃんは、クリスマスイブに誰かと過ごす予定があったんじゃ……」

「朱里以外とクリスマスイブを過ごそうなんて、思わないよ。だって、イブは、」

イブは、何だろう。私が首をかしげると、お兄ちゃんは笑った。


 「気づいてないのか。だったら、秘密」



 イブは、特別な日だから、だったらいいのにな。違うかな。違うよね。でも、お兄ちゃんが、クリスマスイブを過ごそうと思っていた相手が、私で嬉しい。


 その後は、喜びをいっぱい噛み締めながら、勉強に集中し、私は見事赤点を免れたのだった。

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