第189話 明秋と呼春ちゃん:最近は変なセールスがあるんだな……


 冷静に考えるとバイト先から学校まで4人分のコーヒーを持って行かせるのは現実的ではなかった。


 呼春ちゃんはここまで自転車で来ていたようで、コーヒーを自転車のカゴに入れようものなら段差を乗り越える時にカップのフタが外れてこぼれる未来しか見えない。そのためテイクアウトできるスコーンを4つほど持たせた。


「ごちそうさまですー!」


 呼春ちゃんは笑顔で手を振ってから登校していった。良い子だ。何で明秋ひろあきと付き合ってるんだろう。アイツけっこう変人だと思うんだが。


「あの子、可愛い顔して相当苛烈かれつなメンタルしてるわね、絶対」


「?」


「だ、だよねぇ、勝てる気がしないよ。べつに勝負するわけじゃないけど……」


「???」


 呼春ちゃんの背中が見えなくなったあと、両側でフィリーと未天みそらが感慨深そうな顔でこぼした。


「考えてもみなさいよ。メグと同じ顔の男子よ? バカみたいに倍率高いに決まってるじゃない。無数のライバルを押しのけて王子様の隣に収まったお姫様が性格が良いだけのカワイ子ちゃんであるもんですか。蜂屋……蜂に例えるなら絶対スズメバチだし、鳥なら猛禽類ね。ワシとかフクロウとか」


「海の生き物ならシャチだね……お姫様というより王者……」


「仕掛けると100倍になって報復されそうだわ」


「こんなこと話してるって知られたら遠州灘に沈められるんじゃないかな……」


 そんなに??


「メグに異様に親し気なのも計算でしょうね。無意識の計算かもしれないけど。いざという時のために彼氏の姉を味方にしておこうっていう……」


「お、お付き合いを始めてからもまだそんなことしてるなんて……ひぇぇ、女の子って怖いね……」


 未天も女の子のはずだが。


「つまり―― そう! メグはいま呼春ちゃんに攻略されてる最中さいちゅうってことよ!」


「えぇっ!?」


 えぇ……。


「ミソラ! いいのこのままで!? メグが攻略されちゃうのよ! ゲーマーとして許せるの!? ゲーマーだったら誰よりも早く攻略ルートを見つけてエンディングが見たいってもんじゃないの!?」


「い、言われてみれば……! はわわ、はわわわ……!」


 惑わされないで。ここは現実であってゲームではない。


「というわけでアドバンテージを取りに行くわよ! 今からメグの家にお邪魔して弟くんの顔とPS250を拝みに行きましょう!」


 呼春ちゃん何度も家に来てるし、2人がウチに来たくらいでは一切アドバンテージには……いやまあ、何のアドバンテージかという話だが。


「ていうか、今日は豊橋の方に行く予定だったはず」


 そうでなくては何のためにここに集合したか分からん。


「メグの家に行った方が面白そうだから予定変更! 一旦帰って室内用の器材も持ってくる! 後で行くから!」


 カメラ回す気かよ。させんぞ。


「あー、じゃあ私は何か手土産用意しとこうかなぁ」


 どうやら未天も乗り気なご様子。それよりもバイクに乗った方がいいと思うんだよね。そうしない? おい待てフィリー、手土産代を未天に渡すな。


「それじゃあメグちゃん」


「また後で!」


 2人が駐車場から走り去って行った。いろんな意味で置き去りというやつだった。


 コーヒーをひと口飲む。さっきまで手を温めていたのに、もうぬるくなっていた。ようやく太陽の熱を感じられるようになってきたが、空っ風はさらに冷たくなっていた気がした。






「あれ? どっか行くんじゃなかったの?」


 その予定だったんだけどな。


「明秋はどこか行かないの。せっかくバイク買ったんだから」


「今日は買い出しくらいかな」


「そう」


「なんだよ。遠出するだけがバイクじゃないだろ。PS250オレのならなおさらな。さーて、今日はなに作ろっかなぁ」


 そう言いながらヤツは冷蔵庫とか戸棚をあさりだした。献立でも考えているのだろう。鼻歌うたってやがる。楽しそうで何よりだ。まあそれはさておき。


(……家に友達が来るときって準備とかどうすればいいんだろうか)


 来たことが無いので分からん。呼春ちゃんが来るとき明秋はどうしてたっけ。おぼろげな記憶を引っ張りだす。


(ああ、お茶とか用意した方がいいのか)


 ちょうど明秋が冷蔵庫を開けていたので後ろから覗く。ドリップコーヒーとか紅茶のパックとかがあるのを確認する。大丈夫そうだ。そういえば自分の部屋の掃除とかもしてたな。私もやっておくか。


 そんな手探り感満載の用意が終わりリビングで雑誌を読んでいると、ふいにバイクの音が聞こえ始めた。それも1台のバイクによるものではない。次第に近づいてきたそれらの音は家の前を通り過ぎることなく留まった。


(来たか)


 家の呼び鈴が鳴る。すると私がソファから立ち上がる前に、明秋がインターホンで応答してしまった。


「あ、明秋ひろあき——」


 私の客。


 そう告げる前に会話が始まってしまう。


「はーい」


『あ! こんにちは! 私、メグさんの友人のフィリーと申しますが!』



「姉に友達はいません」



 ピ。


 インターホンが切られた。


「まったく、最近は変なセールスがあるんだな……痛った!?」


「アホ」


 明秋の頭をパシンと叩いたあと、私は玄関へ向かっていった。




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