第148話 山梨:無数の光景



 絶景づくしだったフルーツラインは終わりに近づいていた。


 眺めが良くて走りやすい道も考えものだと感じた。なぜなら、あっという間に走り抜けてしまうから。楽しい時間は過ぎやすいというのは、ツーリングでも同じらしい。


 低速が醍醐味なエストレヤだ。周囲に他の自動車がいないタイミングではあえてトコトコ走ってみたりもした。が、それでもすぐに走破してしまったという印象が強い。50ccバイクであればゆっくり走れたりしたのかな、などと思わなくもなかった。


(ちょっと停まれそうだ)


 道沿いに広いスペースがあったので立ち寄ってみる。エストレヤのハンドルをロックした後、崖際のガードに近づいて、そこからの眺めを見渡した。


「……すごいな」


 甲府盆地を一望していた。

 目の前が盆地であることがよくわかった。勝沼からは甲府盆地を挟んで反対側にある、雪をかぶった南アルプスの山々までもハッキリと見通すことができた。頭上には東西方向へ、盆地に架かる虹の橋のようにいわし雲が伸び広がっている。秋空と甲府盆地の広さを際立たせていた。


 相変わらずぽかぽかとして暖かい斜面だ。深く呼吸してみると、ほのかに果実の香りがしたような気がした。一方で時折吹く風の芯はやはり冷たくて、冬が近いことをそっとささやいていく。


(綺麗だな。それに大きい)


 例によってスマホを取り出しカメラアプリを起動する。この景色を閉じ込めようと試みる。しかし眺望のスケールが際立つだけだった。山中湖のパノラマ台のことが思い出される。出会った光景の美しさと巨大さを1人で受け止めきれなくて、勝手に押し潰されそうになっていた。


(学習しないヤツだ)


 脳裏に2人の顔がよぎった。未天みそらとフィリー。あの2人がこの場所に居たらどんな反応をするだろうか。未天は「資料だ!」とか言いながら写真を撮りまくるかもしれない。フィリーは配信とかしながら周囲をユーザーに見せるためにぐるぐる回ってそうだ。そんな2人の様子を眺める自分はどんな気持ちでいるのだろう。


 惜しむらくは、今この時、この景色が、空の青さが、雲の並びが、大地に散らばる色付いた木々の赤さが、完全に再現されることは二度とないということだ。この眺めは今ここに立っている自分だけのものであり、同時に誰かにあげようとしてもあげられない。


 今この瞬間にも世界中で生まれては消える無数の光景、その全てに出会うことはできない。人の身では絶対に叶わないことだ。そのことは分かっているのだが、わずかばかりの寂しさがどうにも胸をよぎっていた。


(まずい。そんなこと考えると、ずっとバイクに乗ってなきゃいけなくなる)


 考え方を変えよう。同じ場所でも同じ景色には2度と出会えないということは、同じ場所に何度来ても飽きなくて済むということだ。良いスポットを見つけた。それで良いではないか。何度でも来れば良い。山梨ならその度に旬の果物とかも変わって一石二鳥だ。


「あ」


 そういえば、と来た道を振り返る。

 走ることに夢中で果物を買いたいとかいうのをすっかり失念していた。途中そういうお店もあったような気がするし、おそらくあったに違いないのだが、見事にスルーしてしまっていた。そしてフルーツラインはほぼ終点だ。


(こ、この辺りで探すか……)


 甲府盆地を見下ろしながら地図アプリを見る。すると地図で見つけた場所をすぐに肉眼で確認できたりして、それはそれで良い遊びになった。






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