第6話・裏話

 その日の業務を終えたわたくしとこずえさんは、車でわたくしの家に向かいました。

 車を車庫に停めて、一緒に降りても、こずえさんはまだぼうっとしている様子でした。車の中でも特段会話はしませんでしたが、やはり夢心地なのでしょう。

 わたくしは彼女の手を取って、家の中へ導きました。

 「立派なおうちですねえ」

 彼女は吹き抜けになった玄関を見上げながら、心ここにあらず、といった感じでした。

 「二階に行くので、ついてきてください」

 わたくしは彼女の手を取って、優しくゆっくりと階段をのぼっていきました。

 「この部屋を、ぜひ能登原さんに見てほしくて」

 わたくしはドアを開けて、彼女を中へ入れました。

 「――わぁ……!」

 こずえさんはわたくしの予想通り、目を輝かせて歓声をあげました。

 ここは、わたくしが自力で集めたゲームコレクション用の部屋でした。

 秋葉原の街を渡り歩きながらゲームを少しずつ集めていったのも、楽しかった思い出です。

 「すっごーい!」

 彼女に尊敬の眼差しで見つめられると、わたくしはくすぐったいような気持ちになりました。

 「このすごさがわかる女性は能登原さんくらいでしょうね」

 わたくしはわざと寂しそうな顔をしました。

 「わたくしの趣味を女性に話すと、みんな不可解な顔をするのです。『見た目のイメージと合ってない』とまで言われてしまって……だから男性社員とつるんでいるときだけが本来のわたくしなのでしょうね」

 同情を誘うような話をすると、こずえさんは痛ましい表情を浮かべました。

 実のところ、わたくしはそれほど傷ついてはいませんでした。

 今となってはこずえさん以外にどう思われようがどうでもいいとすら思っていました。

 「でも、能登原さんだけが、わたくしを理解してくれて、嬉しかったんです。この部屋を見せたら、きっと喜ぶと確信していました」

 それは本心でした。彼女も信頼されていると感じたのか、嬉しそうな顔をしました。

 「あっ、しかもテレビ台の上にあるのって……アンゴルモア!? ダンガンビートルやジャスティスビートルまで!? 社長もプラモ作ってたんですね!」

 彼女はテレビ台の上のプラモデルに気づいて、また嬉しそうな声を出しました。まあ、わたくしがこずえさんに気づいてほしくてわざわざそこに置いておいたのですが。

 「『ダンガンロボッツ』のプラモデルは初心者でも作りやすく出来ているのが素晴らしいですよね」

 「わかります! 切り離すのも組み立てるのも簡単で、私あんまり器用なほうじゃないんですけど、それでも作れちゃうからすごいですよね!」

 思えば、わたくしとこずえさんが接近したきっかけは、この『ダンガンロボッツ』のプラモデルでした。

 彼女がこのプラモデルを作っていたおかげで、わたくしたち二人の運命は回り始めたのです。感謝してもしきれません。『ダンガンロボッツ』、ありがとう。

 「プラモの話ももう少し続けたいんですが……能登原さん、良かったら一緒にゲームして遊びませんか?」

 わたくしは彼女をゲームへと誘導しました。

 「あっ、そうですね! うーん、どれをやろうか迷っちゃいますね……」

 悩む彼女も可愛らしくて、わたくしは思わず微笑んでしまいました。

 「よろしければ、『ファイナルファイターズ』なんていかがでしょう」とわたくしが提案すると、

 「『ファイファイ』、もう買ったんですか!?」と彼女が驚いた表情を浮かべました。

 「ゲーム機本体とソフトをセットで予約したんですよ」

 わたくしは彼女の反応を楽しんでおりました。

 「わー、私このゲーム機本体すらまだ買えてないんですよ! 是非やりたいです!」

 「ええ、是非やりましょう」

 わたくしはゲーム機のセットを始めました。

 彼女は歴代の『ファイファイ』をすべてプレイしていたそうで、彼女がどんなキャラクターを使うのか、わたくしは興味を持っておりました。

 ゲーム機のセットを終えて、ソファに座ると、わたくしはこずえさんを手招きました。

 彼女は「?」と笑顔のまま首をかしげました。

 「ここに座ってください」

 彼女の手を引いて、わたくしの足の間に彼女を座らせました。

 そのまま逃げられないように、抱きしめるように自分の手を彼女の前に回して、コントローラーを握りました。

 密着した彼女は、明らかに動揺していました。

 「……あの、社長」

 「なんでしょう、能登原さん」

 「この体勢、社長はテレビ見えてます?」

 わたくしの心配をしてくださるこずえさん、なんとお優しいのでしょう。

 「わたくしのほうが身長も座高も高いので大丈夫です、ちゃんと見えておりますよ」

 「ならいいですけど……」

 そうつぶやくように言う彼女の鼓動が、密着した彼女の背中から伝わってきました。

 キャラクター選択画面で、こずえさんはよろいを着た女性キャラを選びました。男性的な性格のいわゆるイケメン女子と呼ばれるキャラクターで、彼女の憧れのキャラだと語っておりました。

 わたくしが屈強くっきょうな男性キャラを選ぶと、彼女は意外ですね、と言いました。このゲームにはスマートでハンサムな男性キャラもいるのですが、わたくしもこういった頑丈がんじょうそうなキャラに憧れているのかもしれません。

 「チーム戦にしましょう」と提案すると、彼女は喜んで乗ってくれました。わたくしと彼女、対CPU二体。CPUの強さは最弱のレベル。

 そのときは普通にプレイするつもりでした。しかし、『Are You Ready?』という文字が画面に出た頃、わたくしはふといい匂いがただよってくることに気づいてしまいました。

 「社長? 敵来てますよ?」

 彼女の言葉が耳に入らないまま、わたくしは彼女の髪に顔をうずめて、呼吸をしておりました。

 「あの、しゃちょ、社長」

 「能登原さん、前から思ってましたけど、いい匂いしますよね。シャンプーは何をお使いなんですか?」

 「……えっと、『デュエット』っていうやつですけど」

 こずえさんは動揺を隠せないまま、一応は答えてくださいました。聞いたことのない名前のシャンプーでした。あとで調べて購入しよう、とわたくしは思いました。

 そのままうなじに口づけしたり、めてみたり。

 色気のない悲鳴をあげながらビクビクと身体を震わせる彼女が可愛らしくて、愛おしくて、たまりませんでした。腹の奥になんとも形容けいようしがたい感情が渦巻うずまくのを感じました。

 いつの間にかゲームは終了していて、わたくしたちのチームは最弱のCPUに負けていました。というかゲームどころではありませんでした。

 わたくしはこずえさんに先にシャワーを浴びるように促し、

 「今夜は寝かせませんよ?」と微笑みました。

 彼女がシャワーを浴びている間に、わたくしは少し気持ちを落ち着けました。

 まだ手を出すつもりはありませんでした。わたくしは自分で言うのもなんですが女性に困ったことはなく、恋愛経験がないわけでもなかったのですが、こずえさんとは婚前交渉はしないと決めておりました。

 もっと慎重に、大切に、丁重に、いつくしみたい。

 彼女が逃げられなくなるまでは、手を出さない。

 わたくしはそんな狡猾こうかつな男でした。

 

 ***

 

 その夜は、『浦島太郎鉄道』を朝まで夜通しプレイしました。

 百年モードは流石に厳しかったな、と思います。ふたりでコーヒーを飲みながら会話を楽しみ、一緒にゲームで遊ぶ。幸せな時間でした。

 その間も『ファイファイ』と同じ体勢で、わたくしは彼女の香りを堪能たんのうしました。

 「この、こずえさんがわたくしと同じ匂いをさせているというのはいいですね。わたくし色に染めている感じがします」

 そう言うと、彼女は恥ずかしそうにうつむくのでした。彼女の赤く染まった耳を見て、わたくしはその耳を甘噛みしたいのを必死にこらえておりました。

 やっと百年を終えたあと、わたくしは日本中の物件を買い占めて圧勝しておりました。

 「スバルさんって弱点とかないんですか……?」

 「おや、わたくしに興味ありますか?」

 やっと彼女がわたくしを名前で呼んでくださったので、わたくしは悦に入っていました。

 「そうですね……料理が苦手です。食材を黒焦げにしたり……家族からは『お前は家政婦かシェフを雇え。絶対に包丁を持つな』と言われております」

 「そんなに……?」

 わたくしの言葉に、こずえさんは信じられないという顔をしておりました。わたくしはなぜか、何でもできそうな完璧なイメージを持たれることが多いのです。

 「今日は家政婦さん来てないみたいですけど」

 「こずえさんが作ってくれたら嬉しいなー、と」

 彼女が料理ができるのは調査済みでした。わたくしはあらゆる手段を使って彼女を調べ上げておりました。持つべきものは財力と権力です。

 わたくしの家の食堂とキッチンは一階にありましたので、そちらに移動して、彼女に朝食を作っていただきました。

 こずえさんの作ってくださったフレンチトーストは、シェフの作る料理よりも美味しく感じられました。

 「ふわぁ……」とあくびする彼女に思わずくすっと笑みをこぼし、

 「おねむですか? わたくしもそろそろ眠くなってきましたので、一旦休んでいってください」

 ふたりでキッチンに並んで皿を片付けてから、彼女の手を引いて客間へ誘導しました。

 「たまに家族が泊まっていく用の客間なんですが、よろしければお使いください」

 ――家族以外でわたくしの家に訪れたのは、こずえさんが初めてなんですよ。

 そんな言葉を甘くささやいて笑うと、彼女はすでに夢心地のようでした。

 こずえさんがベッドの中に入ったのを見計らって、

 「おやすみなさい。またのちほど」

 眠そうな彼女のまぶたに唇を落とし、わたくしは客間を出ました。

 ――なんとか手を出さずに済んだ。危なかった。

 途中で何度か押し倒したい衝動を抑えていたわたくしは、ほっと息をつきました。

 そして、自分も早く寝ようと、自室へ向かいました。

 

 ***

 

 わたくしが仮眠から目覚めると、まだ昼前でした。三時間ほどでしょうか。しかし、意識はハッキリしていたので起きることにしました。

 キッチンでコーヒーを淹れていると、こずえさんが降りてきました。

 「あ、こずえさん。おはようございます」

 「おはようございます……」

 「まだ少し眠そうですね。――どうぞ」

 わたくしはむにゃむにゃした彼女に愛おしさを感じつつ、コーヒーの入ったマグカップを手渡しました。

 「砂糖とミルクは入れますか?」

 「いえ、このままで大丈夫です」

 ふうふうと息を吹きかけながらちびちびコーヒーを飲むこずえさんが、また可愛らしい。

 起きたばかりでしたが、こずえさんはチャーハンを作ってくださいました。

 チャーハンはあまり食べる機会がなかったのですが、こずえさんが作ってくれたものだと思うと何を食べても美味おいしい状態でした。

 そのあとは我が家でゲームをしたり、アニメの話やプラモの話をしたり、ゆったりとした時間を過ごしました。

 夕方にはこずえさんを家に帰さなければいけないのがとても名残惜なごりおしかったのを覚えています。

 「お世話になりました」

 こずえさんは礼儀正しくぺこりとお辞儀をしました。

 「ええ、また明日、会社で。――こずえさん」

 わたくしは運転席のドアを開けました。

 こずえさんが何か言いかけましたが、唇をふさいでしまったので、何を言ったのかはわかりませんでした。

 「――楽しい時間を過ごさせていただきました。それでは」

 彼女にわたくしが未練を感じているのを察知させないように、わたくしはにっこり笑って車に乗り直し、走り去りました。後ろ髪を引かれるとは、まさしくこの気持ちでございましょう。

 顔を真赤に染めたこずえさんの姿を脳裏に焼き付けながら、運転中わたくしは笑みがこらえられませんでした。

 

 〈続く〉

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