第6話 その五

 次に向かったのは肉屋だった。やはり突然、山のような肉が現れたことに、こちらも驚かれる。

 肉屋の主人――牛頭人が肉屋で冗談かと思ったが……が言うには、最近、冒険者はモンスター狩りのようなリスクの高い仕事はやりたがらないそうだ。比較的安全で報酬が高い、運搬の用心棒が人気らしい。

 だから近頃は、トカゲとか、子供でも狩れるような肉しか(えっ? トカゲ?)手に入らない。久しぶりのイノシンの肉らしく、大変感謝された。

 さすがに「ペテン師」を発動するのは気が引けたので、ここは肉屋の言い値で売った。それでも金貨一枚と銀貨二十枚を手に入れることができた。


 軍資金も手に入ったことだし、ユウタ達は気分良く冒険者ギルドへ向かうことができた。

「ほら、あれが冒険者ギルドだよ」

 ラミィが指差したのは、散歩の時に見かけた、一際高い、大聖堂のような建物だ。

「随分立派な建物だねぇ――」

 ユウタは驚いた。何か公の建物だろうと思っていたが、ギルドハウスとまでは考えてなかった。

「昔、人間がこの街を支配していた時に、神殿として作った建物らしいです。今は冒険者ギルドの他、この街の市庁舎として市長室もあります」

 フィンが詳しく説明してくれたおかげでなんとなくわかった。どうやら、何らかの理由で人間から亜人にこの街の支配が移り、人間の神殿は不要となったので、他の施設として使っているようだ。

 ギルドハウスの下まで来ると、その大きさと美しさに圧倒されてしまう。確かに古く、外壁の飾りが少し崩れかけているが、十分にその建築技術のすばらしさがわかる。

 中に入ると、冒険者らしい人間や亜人が数十人ほどいた。何組かはテーブルを囲み、なにやら話し込んでいる。朝だというのに、酒らしいものを飲んで騒いでいる者もいた。

 一番奥にカウンターがあり、ラミィ達がそちらに向かうので、それに付いて行く。

「ウィディーさん、ユウタの冒険者登録をお願いします」

 ラミィがウィディーと呼んだ人は受付係と思われる人間の女性だ。清潔感ある身なりでまさに受付嬢という見た目だ。

「あら、そうなんですか? ユウタさん……でしたかしら、何か身分証明になるものはございますか?」

 そう言われると、ユウタは昨日、門兵に言われたことを思い出し、リュックから紹介状を取り出して、ウィディーに手渡す。

「これは……市長の紹介状ですね? わかりました。少々お待ちください」

(えっ? 市長?)

 そんな話は聞いていなかったので、びっくりしてラミィの顔を見る。当の本人はニコニコしているだけで、特に気にしていない様子だ。

「ラミィ、私たちは、クエストの報告に行かないと……」

「あ、そうだった。それじゃユウタ、また後でね」

 そういうとラミィとフィンはカウンター横の階段を登って行く。

 一人残されたユウタは、少し不安になる。登録のため書類に記入するとしても、文字が読めない……

 ここは恥を忍んでウィディーに説明する。

「それでしたら、どうぞお気になさらずに。私たちが記入いたしますので」

 それを聞いて、胸をなで下ろすユウタに、ウィディーはクスッと微笑んだ。

「この国は亜人が多く、文字の読めない方が多いので、登録はすべてギルド側が行うのです――あ、でも、クエストの募集はあの掲示板に貼り出しているので、いずれ文字を覚えてもらう必要があります。そのため、ギルドでは読み書きの講習も行っています」

 そんなこともギルドがやるのかと、ユウタは感心する。

 それから、いくつか質問された後、「これで申請は完了です」と説明される。プレートが出来上がるのは午後になるとのことなので、ラミィ達が帰ってくるまでゆっくりしようと考える。空いてる席を見付け、歩き出そうとしたところをウィディーに呼び止められた。

「あ、ユウタさん。この紹介状には市長室に来るように書かれていますが、如何します?」

「えっ? 市長が?」

 そんなことラミィは何も言っていなかった。いったい市長が何の用事だろう? 思い当たる節が全くない。この大きな街の市長だからかなりの有力者のはずだ。

「とりあえず、ラミィ達が帰ってきてからにします」

 そう言って、まずは席に座った。

 市長に会う理由――と、いうか――何故、市長の紹介状があるのか? まずはラミィに聞いてみないと何もわからない。


「よう、兄ちゃん。新人さんかい?」

 声のする方向を見ると、図体の大きい狼人がいる。あまりにも太っているので、オークと見間違えそうだ。

「何か用ですか?」

「なんだい? 先輩に対してその言い様は?」

 太った狼人がユウタに顔を近付ける。酒臭い。どうやら、朝から飲んでる輩のようだ。

「俺様がしっかりと冒険者の心得を教えてやるよ。そうだな、講習料はここの酒代でいいや。安いだろ?」

 やっぱり来たかとユウタは思う。まあ、想定はしていたが、これが異世界名物、「新人いびり」というやつらしい……さて、どうしたものか……

 ユウタは狼人の胸元を見る。ラミィ達と同じアイアンのプレートだ。外見からモンクかなんかだろうが、朝から飲んでいるようなヤツだから、技量も大したことないだろう。負けることはなさそうだが、正直、面倒くさい。何か手っ取り早く済ませる方法がないだろうか……

 ユウタは、はち切れんばかりの狼人のズボンを見て、妙案を思い付く。

「スティール」

 誰も聞こえないような小声で唱える。

 バリッという音と共に、狼人のズボンがずれ落ちる。すると花柄の可愛いパンツが露になった。

「な、なんだ⁉」

 狼人が慌ててズボンを引き上げようとして屈むが、腹の肉が邪魔してそのまま転がる。

 ギルド内は笑いの渦で大騒ぎだ。

 ユウタは何かを拾う振りをして、やっとのことで立ち上がりズボンを引き上げた狼人にベルトのバックルを手渡した。

「そんなに力んで教えてもらわなくてもいいですよ」

「う、うるさい! 覚えてろよ!」

 そう「三下の慣用句」を言い捨てて、ズボンを両手で持ちながらギルドから出ていく。

 ふぅ――と、ユウタは息を吐く。

(はい、フラグ回収……)

「何かあったの?」

 戻ってきたラミィがこの騒ぎに気付き、尋ねてきた。

「さあ、なんだろうね……それよりも、紹介状に市長室に来るように書いてあったそうだけど……」

「そういえば、そんなこと言っていたかも?」

 こいつは……と、思ったが、ぐっと堪えて、なぜ、市長が呼んでいるのか聞いてみた。

「なんか、ユウタに興味があるって言ってたよ」

(興味? なぜ?)

 どうも飲み込めないが、こういう場合、大抵、面倒なことに巻き込まれるものだ。

(だからといって、この街に居るのなら、無視するわけにはいかないし……)

 ため息を付いて、市長室の行き方を聞く。

「それなら、私に付いてきて」

 そう言って、ラミィはすたすたとギルドから外に出る。

 この建物の中にあるのでは? と聞いたら、ギルドと市庁舎とは別の入口なのだそうだ。

 建物の反対側に回り、中に入ると別の受付でラミィが一言声を掛ける。すると、受付の女性がニッコリとし、そのままスカスカと奥に進むラミィを止めようとしない。慌ててユウタは後ろを付いていく。

「あの~、ラミィさん? もしかして市長とお知り合い?」

「うん、そうだよ。レグルは同じ村出身で、お母さんの友達なの」

(なるほど、そういうことか……レグルというのが市長で、紹介状はラミィが頼んだということか……)

 確かに、それはお礼を言わなければならない。

(しかし、それだけではなさそうだが……)

 ラミィと同じ村ということは、猫人族か?

 市長室に前まで到着するとさすがに緊張する。考えてみれば、前の世界でも市長と話す機会などなかった。いったいどんなふうに話せばいいのか?

 そんなユウタの気持ちなど全く気付かずに、ラミィがノックもせず、市長室の扉を開く。

「レグル、連れてきたよ!」

 いかにも偉い人が使っていそうな重厚な机の向こうに男性が座っていた。ラミィの声に立ち上がり、こちらに向かって来る。

 同じ猫人でもラミィとは違い、とても迫力ある。

 服の上からでもはっきりわかるくらい、分厚い胸板――

 怖いくらい鋭い眼光――

 立派なタテガミ――


(――てか、ライオンじゃん‼)


 まあ、確かにライオンも猫科の筈だけど……

「随分、遅かったね。心配したよ」

 声も重厚で、ただ者でないオーラをバリバリ出している。

 こちらへ――と、ソファーに座るよう促され、ユウタ達はそれに従う。

「私がこの街の市長を任されているレグルだ。よろしく!」

 ユウタの前に差し出された手は固く、かなり鍛えられたものだとすぐにわかる。ユウタも慌てて手を出し握手をする。

 その力強さに、ユウタはこの世界で初めて「恐怖」を感じる。


(この人、まじでヤバイ……)


 レグルは反対側のソファーに座ると話を続ける。

「まずは、二人を助けてくれて、ありがとう!」

 昨日のジャイアントボーのことだと理解し、「どういたしまして」と応える。

「こちらこそ、紹介状を書いていただきありがとうございます」

「なあに、二人の恩人に、当然のことをしたまでだ。気にしないでくれたまえ」

 さっきから圧倒され続けだ。市長というのは、どこもこんなにスゴいのか⁉

「そこでだが……」

 レグルは前のめりになりながら、ユウタの顔を覗き込む。

「君の剣を見せていただきたい」

 ユウタは「えっ?」と、声を上げ、ラミィの方をちらっと見るが、ラミィは相変わらずニコニコしたままだ。

(剣のことは誰にも言わないでと――完全に忘れているな……)

 ため息を付きながら、「大盗賊の魔剣」をテーブルの上に乗せる。

「これは……」

 レグルの目付きが大きく変化する。

 しばらく黙り混むと、今度は唸る。

 正直、その容姿で唸り声をあげられると冗談にならない……

「これをどうやって手に入れたのかね」

 やっぱり……と思いながら、仕方なく、ラミィの時と同じ嘘を付く。

 レグルはしばらく黙った後、こう説明する。

「おそらく、この魔剣は、高名な刀工が何年も鍛え上げ、上級の魔術師が、術を刻み混んだ、言わば国宝級の品物だろう……」

「――国宝⁉」

 ラミィが驚き、魔剣を見る目の色が変わる。

「はっきり言おう。これは君が持つような品物ではない」

 そう言い切られ、ユウタは言葉に詰まる。

(実はユグドラシルプレイヤーが金にモノを言わせて作ったものだとはとても言えないしなあ……)

 ここは「ペテン師」を発動する。


「この剣について、お話できる事はありません……」


(……えーっ⁉)


 能力発動から発した言葉とはいえ、言った本人でさえ信じられない……相手は市長。言わばこの街の権力者。それに楯突く発言に、冷や汗が止まらない……

「ほう……それは、この剣を正当な理由で手にしたモノではないと、そう解釈してもいいということだな?」

(だよね~~)

 特殊能力は精神までコントロールするようで、顔には全く表れないが、心の中は涙目だ。

(ペテン師さん、次はまともなことを言ってくれ)

 そう祈るばかりだ。

 しかし、ユウタの希望は無惨にも打ち砕かれる。


「どう思われようが、それはあなたの勝手です」


(終わった……)


 折角、ここまで上手くいっていたのに……冒険者の身分も手に入れ、かわいい女のコ達と知り合いになれたのに、これで水の泡だ……

 見た目は毅然とした態度を取るユウタ。実は絶望の淵にいたことに、気付く者はいない……

(良くて国外追放。悪くて牢屋か? いや、中世と同じ世界なら火刑も……)

 特殊能力を信じるのではなかったと後悔しても遅かった。

 レグルはユウタをにらみ付ける。まさに獅子のごとく、如何なる獲物も逃さない気迫を感じる。普通の人なら卒倒しても可笑しくない……

 ユウタもその迫力に負けそうだったが、特殊能力のおかげで、なんとか目を背けずにいられた。

 するとレグルは突然、両膝を叩き高笑いをする。

「いや参った! まさかここまでとはね」

「……はい?」

 あまりにもの変化にユウタは付いてこれない……

「いや、試すようで悪かった。謝罪する」

「……はあ」

 状況が掴めないユウタだったが、どうも最悪な状況には至らなかったようだ……

「これからは、ラミィ達の仲間になるそうだね」

「あ……はい」

「ラミィは私にとって姪っコのようなものだ、よろしく頼む!」

 再びレグルが手を差し伸べるので、反射的に手を出す。今度も手が潰れるかというくらい強く握られる。

「さて、こちらから呼んでおいてすまないのだが、いろいろと忙しくてな、ここらで仕事に戻らせてもらうよ。また今度、ゆっくり話を聞かせてくれ」

 これで帰れると、気付かれないように「ふう」とため息を付き、席を立つ。それにしても、威圧感半端ない人だ、できれば全力で逃げたい……その気持ちをなんとか押さえ込み、なんとか普通にドアの前まで辿り着く。

「それじゃレグル、またね」

 ラミィは気楽に手を振る。ユウタとフィンは深々と頭を下げて、部屋を出た。


 ******


 扉が閉まったと同時に、別の扉が少し開く。

「――どうだった?」

 女性の声が扉の向こうからした。しかし、中に入る気配はない。短いフレーズだが、落ち着いた口調で高貴な女性に思える。

 レグルは少し考えてから応える。

「――確かに、の気配を感じた」

「……そうか」

「しかし、驚異になり得るかといえば、そこまではないだろう――おそらく、君が掴んだ情報の輩とは別のようだ……」

「……しかし、放っておくわけにもいくまい」

「もちろんだ。ちゃんと見張っておくよ。次の波が来るまでは……ね」

「……そうしてくれ」

 扉が締まり、部屋に静寂が来る。

 しばらくして、レグルは立ち上がると、窓の外を見た。丁度、ユウタ達が市庁舎から出てきたところだ。

 レグルは三人を目で追う。

「さて――あの御方は、次の波をどう切り抜けるおつもりか……」

 そう呟くと「こうしておれん」と急ぎ机に向かう。

「仕事が溜まっているのは本当だった。市長は多忙だ」

 そう独り言を言うと、書類に目を通し始めた。


 ******


「お腹空いた~。なんか食べに行こう!」

 ユウタは苦笑いする。

「ラミィは街にいると食べることしか考えていない?」

「えーっ、そんなことないよ。失礼ねぇ」

 そう言いながらも、いい匂いが漂ってくる方向に目を向ける。

「ねえ、バンバン焼きを食べようよ! チトの名物なんだよ」

(なんだその投げやりなネーミングは――)

 しかし、確かに食欲をそそられる匂いだ。

 匂いのする方向へ向かいながら、ユウタは市長室のことを思い出す。実は、誰にも気付かないように「探索」の特殊能力を使用していた。その時、部屋にいる四人以外にもう一人、確かにいた。強さは解らなかった……いや、それこそが問題なのだ。ユウタのレベルなら、探索によって相手が自分より強いか弱いかまでは解る。しかし、それが解らないということは、それだけレベルに差があるということだ。

 市長室にはもう一人、強さが計れないものがいた。レグルのことだ。つまり、もう一人、レグルと同じ「バケモノ」が、その場にいたのだ。

 ユウタは身震いした。この世界で、自分より強いものはそんなにいないとたかくくっていたが、わずか2日で二人も自分より強い者がいたのだ。そのレベルがゴロゴロいると思った方がいい。

(目立たないように、ひっそり生活するのが懸命だ……)

 ユウタは、強く心に誓うのであった。

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