四人_9

 アルはベッドの上でうつらうつらとしていた。熱のせいか、頭痛がしているのも感じていた。

 ふと彼は、まだ幼かったとき似たような状況があったことを思い出して今と記憶が重なった。お抱えの医者や召使、母親や兄も代わる代わる傍について看病してくれていたような記憶を思い出していた。兄もずいぶんと心配そうだった気がする。

「兄さん……」

 アルはぽつりと呟いた。半ばもうろうとしている中、唐突に兄アネモネのことが気になった。

「アル?どうしたの?」

 ネモフィラのかけた声にアルは現実に引き戻された。そうだ、兄はもういないのだ。彼はそう思ってハッとした。

「いや……何でもない」

 かすれた声でアルは答えた。

 部屋にはネモフィラとアルメリアの二人だけだった。

「あの、手話の姉ちゃんは?」

「ララさんはちょっと出かけたみたい」

「そうか……」

 アルメリアはため息をついた。

「少し落ち着いたみたいね」

「ああ、でも頭が痛むよ」

「カムさんが薬草を持って戻ってくれたら薬をつくってあげるわ」

「なあネモ、オレの兄のこと考えてたかい?」

「どうしたの突然。それ、どいう意味なの?」

「最初に会ったとき、君言ったよな、オレに似た人に図書館で会ったことがるって。製本の都市の図書館。でも名前までは聞かなかったんだろ」

 ネモフィラは彼の言うことにぽかんとした様子だった。「あなた、知ってるの?」

「オレの兄さんだよ。製本の都市の、いわば王子さ」

「え!王子様だったの!?」

「ああ、知らなったのか?」

「だって、そんな、街の図書館にいるなんて思わないわよ。もちろん身分の高い人だとは思っていたけど」

 それからネモフィラにはいろいろと疑問が浮かんできた。

「でも、そいうことはあなた宮殿の人だったわけね?」

「そうさ」

「それじゃ、でも街がめちゃくちゃになっちゃったのは見たけど、どうして、庶民の格好してあんなところにいたの?」

「危なくなる前に逃げたのさ。一人でね」

「お兄さんは、どうしたの?」

 ネモフィラは図書館で会った彼のことを思い出して心配になった。

「知りたいのか?」

 彼女にはアルメリアのその一言に陰鬱な響きがあるように感じられた。

「教えてちょうだい」

 アルは一度深呼吸すると、小さな声で続けた。

「石を手にするまではな」

「なにが?」

「兄貴がどこで石を手にしたのかは、わからない」彼の表情は相変わらず無表情だったが、その声には悲しみの響きがあった。「代償が精神の安定だったのさ。笑い出したかと思えばわめき出したり怒ったり、言うならば気がふれたっていうんだな、ありゃマジでやばかった。寝てる時でさえ喚いてたりしたからな。夜中に窓に映った自分に向かってしきりに叫び続けてたときもあったな。そんな兄貴の姿を見たときは、おれもどうかなりそうだったよ…」

「でも、どうして、そんな状態でどうして石のせいだってわかったのよ」

「後になってから知ったんだ。俺の持ってるこの石さ」彼はそれから石を取り出してみせた。ネモは少し身を引いた。

「よくそんなもの持ち歩こうと思ったわね」

「大丈夫さ、俺はなんてことないんだから。あのとき石のせいだとは誰も分からなったからな。最初は夜少しだけだったのが、昼夜構わず独り言をつぶやいて一日中ふさぎ込んだり喚き散らしたり、流石に医者も親父も側近も、みんなどうしようもなくなって兄貴は城の地下牢に幽閉されたんだ。最後は衰弱したのか病気になったのか、理由は知らない。死んだんだよ」

「そんな…」

「それもそうだが、国王である父とその取り巻き連中はその事実を市民には伏せていた。ほんでもって俺を兄貴の代わりにしようと考えたんだ。見た目は瓜二つだからね。背はちょっと俺の方が低いが、」彼は一瞬苦笑した。「だが、そんなことごめんだった。だけどちょうどそのタイミングであの戦争だ。逃げ出すにはまたとないチャンスだと思ったよ。ましてや急襲の報が入ったとき、その時だと思ったね。もっとも情勢不安だということは側近達の頭の中を読み取ればわかってた話だけどね」

「で、でも、どうしてなの?」

「そんなの分らないさ。兄貴がどんな世界を見ていたのか分かりっこない。ただ、ぞっとしないのは俺が石を手にして人の思考が読めるようになったあとことだ。母だけだったよ。兄の死をほんとに悲しんでいたのは。父も側近たちも自分たちの立場やメンツ、プライドのことしか考えてなかった。そして世の中、自己中的にもの考えるやつばっかりだってことにね。気づいたんだ」

「あなたは?」

「さあね」

 そこでちょうど、カムとライラックが戻ってきて二人の会話は終わったのだった。

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