ネモフィラとアルメリア_1
隣の都市に避難したものの、多くの避難民はどうすることもできず、広場に集まって一夜を過ごした。一部では女子供のために集会場や教会が宿泊所として臨時に使われることになった。
ネモは多くの避難民に混ざり、集会場隅の方で壁にもたれて横になった。目が冴えてたせいか、なかなか寝付けないでいた。カバンから、おじいさんから渡された石を出してみた。透明で淡いオレンジ色だった。
「異能の石…」
ぽつりとつぶやいた。だが、それがどういったものか、彼女はまだ分からなかった。
目をつぶっても、時間は一向に過ぎないように感じた。そんな中、ふと思い出した。それはいつの日だったか、図書館での出来事の記憶だった。
街の中心地にある図書館は、製本の都市というだけあり、他の都市と比べても多くの書物が収蔵されていた。そして都市の市民でも旅人であっても、誰でも無料で利用することができた。もちろんネモも例外ないその一人だった。家の薬屋の仕事を手伝う一方で、そのための薬草についての勉強をするのにも、よく図書館を利用していた。
ネモが背を伸ばして本棚の高いところから本を取り出そうとしているときだった。
「お嬢さん。手伝いましょうか?」
突然、後ろから一人の青年が声をかけてきた。
「この本ですか?」彼は本を指さしてみた。
「ええ、」
ネモが答えると、彼女よりも頭一つ長身の彼は手を伸ばして簡単に本をとって渡した。
その青年は整った身なりをしていて、服装の手入れも行き届いているように見えた。きっと上流階級の出身だと思ったネモは少し緊張した。
「あ、ありがとうございます」
「薬草について調べているの?」表紙のタイトルを見た彼は言った。
「ええ、あの、家が薬屋だから、そのためにいろいろ勉強しています」
「すごいね。素晴らしい心がけだ」
その日はそれだけだった。
それから図書館で時折、二人は顔を合わせることはあったが、挨拶を交わす程度だった。それ以上関係が発展することはなかった。それに最後までお互いに名前を聞くこともなかった。
目を覚ましてから、ネモは図書館で出会ったあの人はどうしているだろうかと思った。もし、騎士の家系の出身だとしたら、戦場へ出向いたのかと思って、複雑な心境だった。
結局、ネモは朝まで眠ることはなかった。
翌朝、馬に乗った使者が一人やってきた。
「戦闘は終わった」
彼は皆にそう伝えた。それから避難した市民に戻ってくるよう呼び掛けて回っていた。
避難していた市民達は戻ると同時に、呆然とした。都市の主要個所は、がれきの山と化していた。製本のための工場も、多くの書物が収蔵されていた図書館も、政治の中心である王の宮殿など主要な建物は見るも無残な状況だった。何より衝撃だったのはそんな街中を敵軍の兵士たちが闊歩してたことだった。
ネモは急いで家に向かって急いだ。幸いにして、そのあたりの地区はほとんど無事に残っていた。
「おじい様!」
ネモのおじいさんはすっかり疲れ果てたようすだった。
ネモの姿を見るなり言った。「すぐに街を離れるんじゃ」
「どうして?」
「この都市は占領されてしまった」
「だからって、逃げ出すことなんて」
その時、奥から人影が表れた。「連中は野蛮人さ」
声とともに奥から包帯を巻いた怪我だらけの兵士と思しき人物が現れた。ネモは思わず驚きの声を上げた。
「すまない。驚かせてしまって。君のおじいさんに手当をしてもらったんだ」
彼は襲撃された宮殿から逃げ延びた兵士の一人だった。
「連中の目的は破壊と略奪だ」彼の表情には怒りが見てとれた。「あの××どもが!あいつらは無抵抗の宮殿の人たちを片っ端から処刑し、女達は陵辱され…。まったく、私はそれを止められなかった。武器ばかりは立派なもの使いやがって」兵士はそこで自分を落ち着かせようと深呼吸した。「ともかく、避難してた市民は戻ってきてはならない。あの様子ではきっとロクなことにならない」
「じゃあ、おじい様この隙に一緒に逃げましょう」
おじいさんは乾いた笑い声を出した。
「やはり無理じゃよ。それに前にも言ったが、わしは先の短い老いぼれじゃ」
「そんなことおっしゃらないで、おじい様」
「それとな、わしは今、猛烈に怒っておる。少しばかり街の様子を見たが、ひどいありさまじゃ。何か仕返しをせんと気が済まん」
「でもそんなことをしたら…」
「いいんじゃ、命と代えたとしても。あいつらに煮え湯を飲ましてやらんと」
おじいさんは自分を落ち着かせようというかのように一度、深呼吸をした。「ネモ、どこか別の都市で再出発するんじゃ。せめての願いだ」
それから薬草の調合方法をまとめた一冊の本も渡した。「これも持ってゆきなさい。どこかで役に立つはずじゃ」
「でも、おじい様。私、どうしたらいいの」
「ネモ、お前さんはしっかり者じゃ。なんとでもなる」
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