花屋、じょうろ
天谷みどりは店のシャッターを上げた。
店の表に掲げられた看板には綺麗な花のイラストに囲われて「グリーンフラワーショップ」の文字がある。
彼女はこれを見ると夢が叶ったことを実感でき、いつも幸せな気持ちになれた。
みどりは花に水をやっていく。じょうろの水を一つ一つの花に丁寧にあげる。
「今日も皆元気そうだね。毎日綺麗な姿を見せてくれてありがとう」
みどりは花に話しかけながらじっくりと時間をかけて水やりをしていく。
半分ほどの花に水をあげ終えたとき、本日最初のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
入ってきたのは高身長で凜々しい顔をした、同じ年齢くらいの男性だった。
スキニーパンツに開襟シャツを着ている。
彼は花をぐるりと見て、次に彼女を見た。
「お花と会話できるんですか?」
彼は真面目な顔でそう言った。みどりはその言い方が面白くて笑ってしまった。
彼は笑うみどりを不思議そうに見ていた。
「実は花って、真心をこめて話すと格段に美しくなるんです。愛情をあげるとそれを受け取った花たちも私たちに愛情を返してくれるんですよ。だから私は毎日花に話しかけるようにしているんです」
彼は相変わらず真面目な顔で、「ほう、なるほど」と言うと花に何やらブツブツ語りかけ始めた。
みどりはまたおかしくて笑ってしまった。
彼は花に話すのをやめると、彼女の方に向き直って真剣なトーンで尋ねた。
「あの、すいません。彼女に花束を贈りたいんですけど……何かオススメはありますか?」
「これからデートですか?」
「そうなんですよ」
彼は店に入って初めて頬を緩めた。顔は少し赤みを帯びている。
「よっぽど彼女さんのこと、好きそうじゃないですか。彼女さんも羨ましいです」
彼の顔は赤みを増し、彼は近くの花に目をやった。
「あなたにはこれがオススメですよ」
みどりはオレンジ色のチューリップを手に取った。
「花言葉は『永遠の愛情』です」
「おお、良い言葉ですね。それでお願いします!」
彼は目を輝かせた。
みどりはたくさんのチューリップを「グリーンフラワーショップ」と書かれた花束用の袋で包んだ。
はい、どうぞ。
彼はそれを笑顔で受け取り、みどりの胸に着いた名札をちらと見た。
「ありがとうございます、みどりさん」
彼はそう言って少し考えるような仕草をした。
「みどりさんって……お花にぴったりな名前ですね」
彼はそう言い残し、店を出て行った。
「お花にぴったりな名前、か……」
みどりは古い友人を思い出した。みどりの枯れかけていた人生に、希望の水を注いでくれた人だ。
懐かしい記憶に胸が温かくなった。あの人は今頃、幸せにしているだろうか。
私は今、大好きなお花に囲まれて幸せです。
みどりはそう、彼女に伝えたいと思った。
みどりは再びじょうろを手に取り、水やりを始めた。
じょうろの先から流れ出た僕は彼女の愛をしっかりと抱えたまま、花の上へと降り注いだ。
*****
潤いをもらった人は人に潤いを与えるようになる。
世界を潤いで満たしたいなら、身の回りに潤いを与えよう。
それは世界を回るものだから。
世界は人々が考えているほど遠いものでないのかもしれない。
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