選んだ道は
自分の答えを決めて家族とも話し合ってから数日後。私は再び王子のお茶に招かれていた。
カノン王子にプロポーズされたことを知るのは極一部の人間だけなので、家族ともしっかりと話し合い、誰にも言わないようにと従者たちにも厳命してもらった。
「まさかこんな日が来るなんてねぇ・・・」
「アーシャが、私たちのアーシャが・・・!!」
「母様、父様、そんな顔をしないでください。それにお嫁に行く気は無いと最初にお話しましたよね」
「それはそうだが・・・」
「アーシャ、あなたの思うようにしたらいいのよ?私たちに気を使う必要もないのだなら」
「私の想いは昔と変わってません。だから父様も、母様も、このことは誰にもお話してはダメですからね!」
「そうか」
「・・・・・・わかったわ」
特に両親は私を猫可愛がりしてるから、どこかで自爆する可能性がなくも無いもの。もちろんそんな馬鹿なことをする両親ではないと知ってはいるけど、念には念を、だ。
そして家族にも私の意見を伝えて、あとは王子と直接話をするだけなのでどうしようかと思っていたところに、王子からの招待状が届いた。
元々自分から出向くつもりではあったのだが、王子が動く方が早く、こうして二度目になる王子と二人きりお茶会に参加することになった。
いつも以上に気合を入れて選んだドレスは赤色で裾に白い花の刺繍があり、お花畑のようで気に入っているものの一つだ。それと髪をポニーテールにまとめ気合を入れてこの場に私は訪れた。
覚悟を決めたとはいっても、緊張で強ばる顔はどうにもならないので仕方の無いことだと言いたいが、どことなくソワソワとしているように見える王子の様子に、もしかしたら今の私と同じ気持ちなのかもしれない。
そうよね・・・いくら待つと言ってくれたとしても、告白の返事が気にならないわけが無いものね・・・。
そう思うと少しだけリラックス出来て、乾いた喉を潤すようにカップに入っていた紅茶に口をつけた。
そして私が落ち着くのを待っていたように、王子が口を開く。
「アイリーン」
「はい」
「今日、ここに来てくれたということは先日の答えが出たということでいいのかな」
「はい、その為にカノン王子に会いに来ました」
自分に気合を入れるためにも選んだ、いつもよりも派手なドレスが目に入り、スっと背筋を伸ばす。
大丈夫。落ち着け。私の気持ちは決まっているでしょう。
自分に言い聞かせるようにゆっくりと深呼吸をして、前を向いた。
「カノン王子、先日の申し出ですが、私はあなたとは結婚できません」
申し訳ございません、と本来であれば有り得ないだろう王子との結婚辞退の申し出に、彼は怒るでも泣くでもなく、ただ冷静にそう・・・・・・、と応えた。
ただ私を見つめる眼差しが、少しだけ歪んだ気がして耐えるようにぐっと膝の上で拳を握った。
「・・・・・・理由を聞いても?」
「私はやはり夢を諦められません」
胸に浮かぶのは、青空教室や絵本作り、新しいお菓子など、私がこれまでしてきた事だ。
自分の思い描いたものが、出来上がる度に嬉しそうな笑顔を向けてくる人たちを思い出すと心が温かくなる。
「カノン王子のことは嫌いではありません。むしろカノン王子と過ごす時間はとても楽しくて、私の知らない国の話を教えてくれるあなたとの時間は、私にとってもかけがえのない大切な時間でした」
「だから・・・・・・正直カノン王子からの申し出はとても嬉しかったです。でも、私は私のやりたいことをこれからも、ずっとやっていきたいと思っています」
「その夢を、私が君の隣で見ることはできないかな」
「・・・・・・申し訳ありません」
博識な彼がいてくれたら、きっと私の夢はもっと現実に近付くことができるとは思う。だけど、これは私の夢で、私が自分の手で叶えたいものなのだ。
王子としての彼の手を借りることなく。
「王子には王子にしか出来ないことがあります、そしてそれをするには私の隣では難しいと思います」
それに私の夢を隣で見たいと言ってくれる人だ。そんな人が国のためにと考え、統治してくれるのなら、この国で生きる私たちはとても幸せものだろう。だからこそ、私は彼に願うのだ。
「私の夢を一緒に、ではなく、あなたの夢を支えたいと願う人を望んでください」
私に私の道があるように、王子にも王子が心からしたいと思うことを見つけて欲しいと思った。
例え同じ道を選ばなくとも、私は私であるように、彼は彼だから、それぞれの道を選び前を向いて進みたい。王子が望む道の隣に、私がいなくても、こうやって知り合えた事実や思い出が消えるわけでは無いのだから、これから先も今の関係とは少し変わるかもしれないけど、良い関係を築けたらうれしいなと思う。
王子は王子の進む道を一緒に歩いて支えてくれる、素敵な人に出会えたらいいなと私は願うから。
「・・・そうか」
「はい」
私の話を最後まで聞いてくれた王子に、ホッと息を吐いて彼の言葉を待つ。だけど、そのあと告げられたのは私の考えていたこととはまったく違うことだった。
「でも、それはそれ、これはこれだから」
「え?」
アイリーンの言いたいことは分かったけど、それを受け入れるかどうかはまた別問題だよね、とさらりと笑顔で告げられた発言に私は一瞬不可解な事を聞いた気がした。
え、そこは普通これからも友人としてよろしく、じゃないの??というか今、そんなに流れだったわよね?笑顔で終わるところよね?
そんな言葉が返ってくることを想像していたのに、王子が告げたのは了承の言葉ではなくて諦めない、という宣言だった。
「私は君を諦める気は無いから」
「・・・・・・え?」
あれ、なんか・・・・・・私の思ってた展開と違う・・・・・・。というかカノン王子ってこんなキャラだったかしら・・・・・・?
「チャンスをくれないかな?」
「チャンス、ですか」
戸惑いながらも、どういう意味かと聞けば彼はもう少し時間をかけて答えを出して欲しいという。
えーー・・・と??つまり?
「これから先の五年間、君と過ごす時間を私にくれないかな?」
「はぁ・・・・・・」
成人として認められるまでの間に、君が私のことを好きになってくれるように頑張るから。
その間にもう一度、王子のことを見極めて欲しい、と。
あの、そのセリフは私が言うものでは?と思ったが、王子の真剣な顔に口を噤んだ。
「その時に改めて返事を聞かせてもらえないか?」
きっと今断ったところで、この後の展開は変わらない気がする。
そう思った私は、彼の頼みに少しの間沈黙を貫いたが、じっと見つめる瞳に根負けして小さくため息を吐いた。
「・・・・・・わかりました」
これから先、姫様にも会いに来る予定ではあったので、それに王子が加わっただけだと想えば今と大して変わりはしないだろう。
それに事情を知っている兄様も近くにいるし、家族にも話しているから、そう簡単に私との婚約が決まるはずはないはずだ。
むしろ父様は私が嫁に行かないと知っているから、王妃になることは100%有り得ないしね。
そう思ったからこそ、王子の申し出に頷いた。
「これからもよろしくね、アイリーン」
にこやかに笑みを浮かべるカノン王子に、私はここに来た時よりも疲れた気持ちでいっぱいになりながらも小さく、はい・・・・・・と返した。
そして私はまだ知らなかった。
カノン王子という人が、とても一途な・・・・・・あきらめの悪い人だと。
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