琥珀姫と呼ばれる君 王子視点

琥珀姫と呼ばれる彼女のことは知っていた。


ベッドフォード侯爵の愛娘で、私より年下でありながら、幼い頃から領地経営を学び自分でも新しい商品を開発し、流通させている貴族令嬢らしからぬ少女。

同じ年頃の令嬢が積極的に、私の主催するお茶会や妹の遊び相手と称して近付き交流を深めようとするのに対して、彼女は1度もそういった場に現れたことが無かった。そんな姿も見たことがない少女だったが、噂だけは昔から令嬢たちの口に上がっていたので知っていた。

「エドワード様の妹君は全然こういう場に出て来られないのよね」

「なんでも領地での勉強に忙しいらしいですよ」

「あら?私は人前に出ないようにベッドフォード侯爵がしていると聞きましたわ」

「それ、私も聞きましたわ。なんでも人嫌いだとか」

「私は自分の姿を他人に見せたくないからだと聞きましたわ」

「体が弱いらしいですよ」

「太陽の光が苦手とか」

本人がいない場で好き勝手に言われるアイリーン嬢に少し同情しながらも、私が口を挟めば余計な争いに発展するので、その様を黙って眺めていた。

侯爵家の娘だというのに、どの家のお茶会の誘いも断るという変わった娘で、両親がベッドフォード侯爵に家族みんなで参加してはどうかと、さりげなく誘ってみても娘は人前に出るのが苦手なので、と断れるのだと苦笑していた。その代わりというべきなのか、私の側近として彼女の兄エドワードが来るようになったが、彼は一度も私に妹を会そうとしなかった。

その頃には彼女が新しい農作物を領地で開発しているという噂が私の耳にも届くようになっていたので、純粋にどうしてこれまで誰も目に付けなかった他国の植物を栽培しようと思ったのか、その考えを知りたくて興味を持っていた。

それに加えて、私の側仕えとなったエドワードが語る彼女の話は噂とはかなり異なるので、実際はどんな少女なのかと気になるようになった。


「エド。お前それ、何を持ってきているんだ?」

「アイリーンからの差し入れだ」

「差入れ?」

「あぁ、頑張っている俺に可愛い可愛い妹が作ってくれたんだ」


そう告げる彼の手元にはバスケットがあり、その中には見慣れないパンらしきものが入っている。


「それは?」

「これは、アイリーンが作ったカツサンドです」

「かつさんど?」

「はい。豚肉を油で揚げたものと野菜をパンにはさんでいるものです」


今領地で人気の食べ物なんです、と告げたかと思うと、それを私にも一ついかがですか?とわけてくれた。

そして初めて食べるカツサンドはとても美味しくて、これを作ったのが彼女の妹だという事実に驚くと同時に研究熱心な子なのだと思った。

「こんなに美味しいものは、初めて食べたよ」

「アイリーンですから」

そこからいかに自分の妹が可愛いくて凄いのか語り始めたエドワードに、また始まった、とアルベールと顔を見合わせて小さく笑った。

エドワードが妹大好き!ということは、彼が私の側近として顔を合わせるようになってから直ぐに発覚したので、知っていた。

初め会った頃は、どこか冷たい顔をしたどんな時も冷静な判断の出来る相手だと思っていたのだが、それが妹の事になると全く違う顔を見せるのだと知り、驚いたと同時に親近感が湧いた。自分にも5歳年下の妹がいたので、妹が可愛いと思う気持ちはわかるから。たが、彼のそれは私のものよりも激しいもので以前イライラとした雰囲気を纏った彼にどうしたのだと問いかければ、妹になかなか会えていないと苛立ちの籠った視線が返ってきたのには驚いた。だがそれも最初だけで、口を開けば妹の話ばかりする彼に氷の騎士と呼ばれ彼にも人間らしいところがあったのだなと思った。

そこから度々語られるエドワードの妹、アイリーンはとても興味深い存在だった。

彼が度々、妹から差し入れとして持ってくるものは、私が知らない見たことがないものが多く、同じ側近であるアルベールが興味津々にのぞき込んでは邪険にされている姿は見慣れた光景である。

「少しくらいくれてもいいだろう!」

「誰がやるか」

「そこをなんとか!!」

「いやだ」

プイッと顔を背けるエドワードは年相応に見えて、いつも大人ぶっている姿とのギャップに少々おかしくなる。

思わず笑ってしまいそうになるのを耐えながら、なんとかエドワードからお菓子を奪い取ろうとしているアルベールにそろそろ休憩にしようか、と声を掛けた。

「甘いものを用意させるから、少しは分けてやってはどうかなエドワード」

「…………少しですよ」

「あぁ」

渋々といった様子だが、お菓子を分けてくれるらしいエドワードに一体今日はどんなお菓子なのだろうかと、楽しみにしている自分に気付き小さく笑った。

それほど彼女の作るものは美味しく、今では王都に住む多くの人間がベッドフォード領に行った際には彼女が開発したというお菓子を買って帰るのが定番になっている。

だからこそエドワードの口から彼女のことを聞く度に、どんな子なのかと強く興味をもった。彼女が何を考え、どんな思いからお菓子などを生み出しているのか聞いてみたいと、ゆっくり話がしてみたいと思うようになった。


しかし、彼女は相変わらず一向に表に出てこない。


エドワード以外で交流のある彼女の騎士見習いであるリヒトに聞けば、自分をひどく平凡な人間だと思いこみ人前に出ることに対して卑屈になっているのだと聞いた時はなぜ、と思ったがお茶会の誘いにも断りの言葉が並ぶ日々に、このまま顔を合わせることは叶わないのかと諦めの気持ちが湧いてきた。

「そんなに会いたいなら、エドに頼んでみたらどうです?」

「素直に連れてきてくれると思う?あのエドワードが」

暗にあのシスコンが連れてくるか?とアルベールに力なく笑いかければ、すぐにすみませんと謝られた。

「……無理ですね」

「ただ話がしてみたいだけなんだけどね……」

どうにか会う事が出来ないだろうか、と考えていた時にそれは起こった。




「本日の夜会に参加されないというのは本当ですか?」

「ん?あぁ、今日は他国からの来賓もないし、無理に参加する必要はないと言われているから、欠席予定だけど……」

連日続く夜会に、少し疲れていたのも事実で、そんな私に両親は少し休んではどうかという意味で不参加でもいいと言われていた。だから今日の予定を尋ねるエドワードにそうだと頷けば、彼の目がカッと見開かれた。

「エドワード?」

「それなら私の役目もありませんよね?帰っても問題ないですよね」

「問題はないが…」

「なんだ、エド。そんなに早く家に帰りたいのか」

揶揄うようにアルベールが言えば、即時にエドワードが反応した。

「帰りたいに決まっている!どれほどアイリーンとまともに顔を合わせていないと思っているんだ……っ」

そう本心だと分かる顔で告げるエドワードに最近夜会の警護などで忙しくしていたからなぁ、と思いながら帰らせていただきます、と言うエドワードを引き留めた。

「なんでしょうか」

「エドワード、私の願いを聞いてはくれないかな?」

「願い、ですか」

怪訝そうな顔をする彼に頷いて、私は自分の願いを伝えた。そうすると更に不機嫌そうになるエドワードとは対照的にアルベールの顔が楽し気に輝いた。


私の願いは一つ、アイリーンに会わせてほしいという事。


少しの間苦渋に満ちた顔をしていたエドワードだったが、私が引かないと分かるとため息を吐きながらも一つ頷いてくれた。

そうして私は彼の屋敷に行くことを許されたのだった。


「前もって準備も何もしていませんから、その点はご了承ください」

「もちろん、分かっているよ」


そこから広い庭を進み、温室に通されると一人の少女が、そこにいた。

茶色い髪に、琥珀色の瞳を持ったとても可愛らしい女の子。精霊からの祝福を受けた、星の守り人。

アルベールにかけてもらった魔法を見破り、本来の私の姿を見ても驚きも醜いとも言わず、むしろ綺麗だと告げた少女。

「アイリーン」

実際に会った琥珀姫は想像していたよりも、しっかりと自分の意思を持った真っ直ぐな瞳をした女の子だった。







その後、夜のお茶会に誘われ私が王子だとばらしても、驚いてはいたが、彼女は態度を変えることなく接してくれた。

私の容姿や肩書きに惑わされることなく、むしろそんなものは興味が無いといった顔で、美味しそうにお菓子を頬張る姿に肩から余計な力が抜けた。普通初めて会う人からは奇異の目を向けられることが多く、その後王子だと知ると態度を変えるものが多かったが、彼女はそんなことなく一貫して同じ態度だった。

その様が彼女にとって私は王子ではなく、エドワードが連れてきた客人の1人でしかないと言われた気がして、緊張が解けていく。


「カノン王子、お茶のお代わりはいかがですか?」

「いただけるかな」

「はい、もちろんです」

手馴れた様子でお茶を入れる彼女の視線には、私が普段向けられることの多い恐れも媚びもない。

「どうぞ」

「ありがとう、アイリーン」

ふわりと微笑みを浮かべて応えた彼女は、すぐにリヒトを連れて他の客人の元へと向かってしまった。普段であれば、お茶会を開くと令嬢たちは私のそばを離れないのだが、彼女はそんな素振りを見せることはないし、エドワードや周囲も彼女の意志を尊重しているのか、自由にさせている。

だが、それはとても心地の良いもので、嫌ではなかった。

王子だから、という立場で私を見ない彼女の姿はとても好ましいものに私には映ったのだ。

「……良い妹をもったね、エドワード」

「自慢の妹ですよ」

当然だというように告げるエドワードにそうだね、と頷きながら目の前に並べられた菓子を口に運んだ。その美味しさに自然と顔が綻ぶのを感じながら、居心地の良い空間にまた彼女と話がしたいなと思うようになっていた。彼女の前では、私は王子としてではなく、ただのカノンとしていれる気がしたから。

それと同時に彼女なら、妹ともうまくやっていけるのではないかと考えた。妹も私と同じように他人から奇異の視線を向けられることが多く、その視線に最近は疲れ切って部屋から出てこない日々が続いていた。だけど、彼女なら見た目や身分に差別などせず接してくれるのではないか、と。

「カノン王子」

そんな願いを胸に抱きながら、私を呼ぶ声に微笑みを浮かべた。


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