口福のはじまり
「うふふふ~〜」
「お嬢様、楽しそうですね」
「えへへ、そうかしら?」
「はい、とても」
ついニマニマとしてしまいそうな気持ちを耐えながら、私はジャンヌに髪をまとめてもらっていた。
ここ最近は気を抜けばすぐにお嬢様らしからぬ、ゆるゆるの顔になってしまうので気をつけているのだけど、それでもすぐに緩んでしまいそうになるのは嬉しいことがあったからだ。
「レイラ、とても喜んでいましたね」
「そうなの!すっごく喜んでくれて、本当に・・・よかったなぁ・・・・・・」
ロベルトから絵本の依頼を受けて、レイラのために作った絵本は私の予想以上に喜んでもらえたようで、誕生日後に会ったレイラは満面の笑みでお礼を告げてくれた。
「私、宝物にします!ありがとうございます!!お嬢様!!」
何度もそう言ってくれるレイラに、私の方が嬉しくなって自分の作ったものでこんなにも喜んでくれる人がいるのだと思うと心がぽかぽかと温かくなる。その時のことは何度思い出してもふわふわとした気分になって、つい頬が緩んでしまうのだ。
レイラに絵本を作る事になったと、父様に話した時にロベルトから言われた事も伝えれば、父様はすぐにわかったと考えて商品としての絵本の値段などを決めてくれた。
「必要な材料は?それにかかる費用は?制作日数はどれくらい必要かい?」
「え、えーっと・・・・・・」
頭の中で、父様に言われた内容を考えながら答えれば、何度か頷いた父様はこれくらいでどうだろうか?と傍に控えていたクロイツと何度か書類を見せあって話した後に、これでどうかと私に金額を提示してくれた。
その金額は私が思っているよりも、少し高いものではあったがオーダーメイドで一から私が作る事を考えれば、そう高くはない値段に感じて頷いた。
安売りするのも、あまり良くはないしね。
それでも一般的な感覚なのか知りたくてリリアに確認を取れば、少し高いがオーダーメイドなら問題はない値段だと言われたので大丈夫だろう。
そしてこれから同じように依頼を受けて作る時は、これを基本にしようと思った。
しかし実際に商品として広める際には、オーダーメイドではなく絵本の複製品を作る事になるので、その時はまた値段について話をする必要がある。
工場生産が可能であれば、コストも抑えることが出来るしね。
その前にどれほど広めることが出来るか、一定数の需要と商品としての価値を見出して父様を納得させることが出来るか、そこがキモだなと思いながらジャンヌが綺麗にまとめてくれた髪を揺らして、リリアが用意してくれたエプロンを身につけた。
「よしっ」
そうして意識を今に戻せば準備はバッチリ、気合いは十分だ。
その後ろに控えてくれているジャンヌは、不思議そうに私を見ているが。
「お嬢様、何をするんですか?」
「んーー?素敵なことよ」
「素敵なこと、ですか?」
「そう!」
最近では私が厨房で作業することを黙認してくれている料理長に許可を貰って、隅のスペースをお借りしている。
これまでの努力が実ったのか、私が他の一般的なお嬢様と違いきちんと料理が出来ると判断されたようで、ナイフを使う時にさりげなく取り上げられることはなくなったし、軽量や材料を選ぶのも自分でやらせて貰えるようになった。
まぁ、火を使う時は未だに1人では許してもらえないけどねぇ・・・・・・。
大丈夫なのに、オーブンや油を使う時は誰かしら傍で私の代わりに作業をしてくれるので、少々申し訳なく思う。
彼らからしたら、お嬢様が火傷したら・・・・・・!と思うと怖くてしかないのだろう。
あと、父様と兄様が怒ると面倒だものね。
小さな擦り傷一つで怒り狂う父様と、私が怪我をした原因の小石に向かって怒鳴る兄様の姿を想像してため息を飲み飲んだ。
・・・・・・あの時は本当に宥めるのが大変だった。
これぐらい平気だと、大丈夫だと何度も繰り返して、父様も兄様も笑顔がいいなぁ、笑っている優しい二人が好きだなぁと言ってようやく元に戻ったのだから。
なのであんなことはゴメンなので、私もできる限り大人しくお嬢様らしく振舞おうと、その辺はお願いしているのだけど。
目の前に並べている薄力粉をはかり、卵をボールに割り入れて砂糖を加えながら混ぜる。白っぽくなってきたら振るっておいた薄力粉を入れてさっくりと混ぜ合わせる。
そして最後に溶かしバターを流し入れて、手早く混ぜ合わせたら型に流し入れて二、三回落として空気を抜く。
ガンガンッと響く音になにごとか?!と驚く顔が見えたけど、気にせず生地を平らにならしたら、数日前から蜂蜜につけておいた輪切りのオレンジに似た果実を生地のうえに並べ、あとはオーブンで焼けば完成だ。
「あの・・・・・・これ、お願いしてもいいかしら?」
「もちろん、任せてください!」
控えてくれていた料理長に焼くのはお願いして、その間にも他に作ろうと考えていたお菓子の材料を手に取り作り始める。
前世では何度も何度繰り返し作っていたので、レシピは頭に残っているし、やることも覚えている。
手作りだから、スーパーなどで売っているようなツヤツヤにはなかなかならなかったけど、それでも市販のものよりもずっしりと甘くてしっかりとした卵の優しい味がするそれは、私の覚えている母の得意なレシピの1つでもあった。
なにか手伝うことはないかとウロウロしていたジャンヌに、お鍋に入れた砂糖を焦がし過ぎないように見張ってもらいカラメルを作り、それを型に少しずつ流し入れたら下準備は出来上がりだ。
「あの、お嬢様。他にもなにか・・・」
「もう出来るから大丈夫よ、ありがとうジャンヌ」
最初は卵を割ってもらおうとしたのだけど、ジャンヌの器用さは料理には発揮されないのだと判明するだけだったので、ボールを押さえてもらう役を任命した。
ボールに卵を割入れて、砂糖と混ぜて、それから温めておいた牛乳を少しずつ流し入れる。
材料が混ざったら舌触りが滑らかになるように、卵液を何度かザルでこして、ダマがないようにしておく。
「よし、できた!」
そして出来た液を耐熱の型に流し入れて、あとは蒸し焼きにすれば完成だ。
ふぅー・・・と流れてもいない汗を拭うふりをして、あとはプロの方にお任せしようと料理長たちに頼めば彼らはまるでなにか重大任務を与えられた刑事みたいな真剣な顔で頷くので、そこまで慎重にならなくても大丈夫なのに、と苦笑が浮かぶ。
お湯をはった鉄板に生地を流し入れた型をのせて、温度と時間を伝えれば料理長は何度も頷いた。
「あとはよろしくね」
「はい!!お嬢様の期待に応えてみます!!」
ドンッと胸を叩く料理長にあとはお願いして、まだ他にやることのあった私は、出来上がる頃にまた来ると告げてその場を後にした。
だから見たことも無いお菓子を躊躇わず作る私に、料理長たちが注目していたことなんて私は知らなかった。
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