おでかけしましょう2
「ふわぁ〜〜っ!」
「お嬢様、先に一人で行かないでくださいね」
「はーいっ」
私が駆け出そうとしたのを察したのか、リリアの引き止める声がかかる。
流石の私でも知らない場所を1人で駆け出したりはしませんよ。
相変わらず過保護なリリアに内心苦笑しながら、私は周囲を見渡した。
初めての街は私が思っていたよりも賑やかでたくさんの人が歩いており、中世ヨーロッパを思わせる綺麗な街並みに心が躍る。
まるで絵本の中の世界にいるみたい……!!
綺麗に整理された石畳をクラシカルな装いで歩けば、その物語の主人公になった気分になる。
これでフリルのついた日傘なんて持てば、完璧ね。なんて思っていれば、リリアに手を繋がれた。
小さな子供じゃないのだから、手を繋がなくとも大丈夫だと言ってはみたが、すぐにお嬢様はよく心がお留守になるので、と言われると反論出来ない。それに加えて人混みの中ではぐれてしまう可能性があるとも言われてしまった。
「私、リリアから勝手に離れたりしないわよ」
「お嬢様は小さくて可愛らしいので、攫われては大変ですから」
いや、攫うような人はいないと思うけど。あとリリアの方が美人だから、ナンパとかされないか心配になる。だって現にちらほらこちらに視線を向けているのを感じるから。でもそれもすぐに消えたので、もしかしたら私の勘違いだったのかもしれないが。
ただ一瞬クラウス先生に似た人がいたような気がしたのだけど、多分気のせいだろう。
「リリア、私の格好可笑しくない?」
「もちろん、お嬢様はいつも可愛いですよ」
外に出るのは初めてだから、周りと浮いていないかという意味で尋ねたのだけど、返ってきた言葉は身内贔屓なもので私は苦笑するしかない。
まぁ、リリアのセンスを疑っている訳では無いので大丈夫なのだろう。
今日の服装はお気に入りの編み上げブーツに、菫色の長袖ワンピース。スカート部分がティアードになっており、腰にリボンのついたそれは先日兄様に可愛いと褒められたものだ。襟元に花の刺繍がついているのがポイントだ。
歩きやすさと動きやすさを兼ね備えたこの服装は私の中ではかなりお気に入りなのだが、母様には少々地味では?と言われてしまったが、目立つ方が問題なのでこれくらいが丁度いい。
それにヒールでは石畳は歩きにくいしね。
リリアとはぐれないようにしながら、ゆっくりと歩き進める。
見た事のない野菜や果実に、柔らかな木材の玩具、ステンドグラス風のランプ。どこか懐かしい匂いに惹かれるように、視線がふらふらとさ迷ってしまう。
立ち並ぶ店からは店員の元気な声が聞こえ、同じ歳の子供たちが楽しそうに駆けていくのが見える。その様子からも、この街が平穏で治安が良いのかわかるものだろう。
だって人々の顔は笑顔に溢れているから。
それから青空市場のような場所を歩けば、活気のいい声が響き、並べられた果物や野菜の中でよく知る食材を見つけた。
あれ、これってリンゴ?
思わず店先に近付けば、すぐに優しげな店主が話しかけてくれる。
「お嬢ちゃん、1つどうだい?」
ちょうど今が食べ頃だと進めてくれる果実を差し出され、私は甘くて爽やかな香りのする果実に手を伸ばした。つるりとした真ん丸な形に、熟れた印の赤い色はやはり私もよく知るものと同じだと思った。リリアに確認すれば、生で食べても美味しいのだと教えてくれたから。
「これって甘いですか?」
「もちろん、すごく甘いし歯ごたえもいい。それに俺が選んだものだからとびっきり美味いぞ!」
確かに美味しそうだし、これなら色んな料理にアレンジも出来るだろう。焼いても煮ても、そのまま食べても美味しいから。
そう思って私はリリアを見上げれば、彼女はわかっていると答える代わりに1つ頷いて3つほど店主から受け取っていた。
「1個はおまけしとくよ」
「!ありがとう!!」
やった!これで、アップルパイとか焼きリンゴが作れる!!もしくはコンポートなんかもいいかもしれない!!
そんなことを考えながら、気前のいい店主にお礼を言って、次の店へと向かった。
刺繍のついたハンカチや、レースやリボンが飾ってある雑貨屋に、甘い匂いが漂うお菓子屋、銀細工が美しい宝飾店。画材道具が並ぶお店では足りなくなった絵の具を買って、新しい絵本を作るのに必要な用紙も手に入れて私は上機嫌だった。
「お嬢様、疲れていませんか?大丈夫です?」
「大丈夫よ、それよりもリリアこそ疲れてない?」
「私は大丈夫ですよ」
目に映るもの、どれもが可愛くて私を呼んでいるように感じて、あれこれと寄り道をしてしまったがリリアは文句を言うでもなく色んな店に付き合ってくれた。
そんな彼女にはお礼になるか分からないが、感謝の気持ちを込めて花の細工が可愛いバレッタを買ったのであとから渡すつもりだ。同じ店で買った青いベルベット生地にレースのついたリボンは自分へのお土産だ。
家族のお土産にはティーカップを選んだので、今度お茶会を開く時に使ってもらえたらと思っている。父様には鳥の絵が書いてあるのを、母様のは薔薇が描かれているのを、兄様には瞳の色によく似た水色のカップを選んだのだが、自分でもかなりいい物が買えたと思っている。ちなみに自分用のは苺柄だ。少しずつ茶器も増やして、新しく作ったお菓子を披露するお茶会が開けたらなぁと考えているところだ。
それからリリアにケーキがオススメだというカフェに連れて行ってもらい、美味しいケーキと紅茶を前に頬が自然と緩む。
甘酸っぱいイチゴとふわふわのスポンジにたっぷりのクリーム。飾りのシュガークラフトは菫の形をしていてまるで花畑のようなケーキは見た目も楽しませてくれる。
「ん〜〜!おいしいぃ〜っ」
「ふふっ、お嬢様は本当に美味しそうに食べますね」
「だって、とても美味しいんだもの」
ふわりと香る花の匂いのする紅茶も、静かで穏やかな空間も、白と茶色を基調とした店内も店員の笑顔も全てほわっと温かな気持ちにさせてくれた。
今度兄様とも来たいなぁ。きっと喜んでくれるはずだから。
実は甘いもの好きな兄様は、私がお茶に誘えば私以上にクリームたっぷりのケーキを好んで食べるの知っているから、きっと笑顔で頷いてくれるはずだ。
そんなことを思いながら、リリアとのお茶の時間を楽しんだ。こういう時でもなければ、メイドである彼女はなかなか同じテーブルについてはくれないから。
心の中で年の離れた姉のように思っているリリアが教えてくれる新しく出来た屋台の話や、今流行りのドレスについて聞きながら、たまにはこういう女子会のようなものもいいなぁと思った。
それから屋敷の人たちへのお土産を探しにもう一度屋台をめぐって、目当ての焼き菓子を手にいれれば日が沈み始めていた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうね、父様と兄様が心配して探しに来ても大変だものね」
まだいろいろと見て回りたいが、これ以上遅くなってしまえばきっと心配をかけてしまうから、名残惜しく思いながらもリリアの言葉に従い馬車がある場所まで戻ろうとした。
しかしその時に何かが視界の端で動いた気がして、私はそっと路地を覗き込んだ。
「お嬢様・・・・・・?」
「いま、何か見えた気がしたのだけど・・・・・・」
猫か何かだったのかな、と思い立ち去ろうとしたが今度は何かがピカっと光った気がして私はそれに呼ばれるように足を踏み出していた。
「お嬢様?!」
リリアの呼ぶ声が聞こえるけど、それよりも私を呼ぶ何かに突き動かされるように路地の中をどんどん進んでいた。
何かが私を呼んでいる。
たすけて、と。
いたい、つらい、かなしい、と。
ここからたすけて、と。
だれか、わたしをみて、と。
見えない何かが私に向かって助けを求めるように手を伸ばしているのを感じて、気づいたら走っていた。
そして見つけたの。
金色に包まれるようにして倒れていた女の子を。
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