星空の庭
きょろきょろと廊下に誰も人がいないのを確認して、そっと部屋を抜け出した。
時間は真夜中。使用人達も寝静まっており、廊下には私の気配しかない。
だけどどこで誰に見つかる分からないので、できるだけ素早く、なおかつ静かに移動する。
リリアや家族に見つかってしまったら、また心配をかけてしまうから。
きっと過保護筆頭の兄なんかは私の逃走防止で部屋の前に見張りを立てるかもしれない。むしろ兄自らが立ちそうだ。
2年ほど前から王子の側近候補として選ばれたはずの兄は、とても忙しいはずなのに毎日家まで帰ってきては私の話を聞きたがるから。
そんな兄は、両親から今日の話を聞いた時も卒倒しそうになっており私の方が心配になったものだ。
「俺がアイリーンを守るから!」
そう宣言してくれる兄の言葉は有難いが、暴走はしないでくれと願うばかりだ。
兄様のシスコンが年々パワーアップしている気がするしね・・・・・・。
アイリーンは可愛いから誘拐されたら大変だから、なんて言葉を平凡な私に本気で言う兄の将来を心配していたが、ちょっと特殊な精霊に好かれるという体質が加わってしまったせいで、変な方向に暴走しそうで怖い。
ただ家族が本当に私のことを心配していると分かるからこそ、あまり強くは言えないのだけど。
「アイリーン、大丈夫か?」
「?なにがですか」
「・・・・・・いや、アイリーンはよく一人で溜め込むから」
だから心配なのだと、何かあったらすぐに言うんだよ、約束だから。
じっと私の目を見て、そう告げる兄にぐっと喉までせり上がったものを耐えて兄様は心配性ですね、と笑ってみせた。
その時の声が震えていなかったかどうか覚えていないが、兄はそれ以上追求することはなく、私の頭を撫でてくれた。
大丈夫だと、全てわかっていると。
まるでそう言っているようで、それが有難くもあり申し訳なかった。
そんな少し前の出来事を思い返しながら、私は少しずつ歩くスピードを早める。
目的地はラナの木がある温室だ。
懐かしい光景を唐突に見たくなったのもあるが、それよりもどこか穏やかな気持ちになれるあそこなら、ゆっくり自分の想いを受け入れて、これからの事を考える事ができると思ったから。
「はぁ・・・・・・」
目的地に着いた瞬間にこぼれ落ちたため息に、つい苦笑が浮かんでしまう。
どうやら自分で思っていたよりも、疲れていたらしい色々と。
ラナの木の根元に座り、空を見上げれば一面の星空が視界に映る。
どういう仕組みなのかはわからないが、最新の技術と魔法を組み合わされ作られたこの温室は、とても綺麗に空が見える。
その空を見上げながら、この木の根元でゆっくりと過ごす時間が好きだった。
大きなこの木の根元で本を読めば、大好きな物語の登場人物になれた気がしたし、静かなこの場所は自分だけの世界に浸たれるので大好きだった。
だからこそ、落ち着きたいと思った時にここが真っ先に浮かんだのは、仕方の無いことだろう。
零れ落ちたため息を聞く人はいない、泣いても喚いても誰にも迷惑をかけないから。
「何で、私なの・・・・・・」
家族の前では耐えていた涙がポロッと零れる。
これからいろんなことができると思っていたのに、なぜ私が星の守り人なの、なぜ、どうして。
いくら考えたって答えが出ることはない。
両親たちには大丈夫と言ったが、それでもやはりショックは大きかった。
魔法が使えない、という事実は私が星の守り人だと言われた事よりも衝撃的だった。
先生はとても凄いことなのだと言ったが、転生者の私からすれば魔法が使えることの方がとても凄いことだと言いたい。
兄の魔法を見る前から、私はずっと魔法に憧れていた。だからそれが使えないのだと言われて、目の前で手に入るものが一瞬で消えてしまったような喪失感を抱いた。
それに加えて将来的にやりたいと思っていたことが、出来ないとわかりダブルでショックだった。
だってそんなことで、出国禁止なんて私はどこの犯罪者だと言いたい。
もちろん先生が言ったことも一理あるとは思ってる。
「アイリーン、これは君を守るためのものなんだ」
決して私の自由を奪い、縛るものでは無い。
何度も先生からそう聞かされたが、それでももっと他になにか方法があるのではないかと考えてしまうし、両親から諭されても本音を言えばすぐには納得出来なかった。
確かに一昔前なら戦争の道具にされる可能性もあったかもしれないが、こんな平和な世の中で人攫いなんて・・・・・・と言いたくなる。
ただ両親の真剣な顔を見ると、それが冗談なんかではなく有り得ることなのだと分かってしまい、安心させる為にも大丈夫だとしか言えなかったが。
私のことを思っての言葉だと顔を見れば分かるからこそ、駄々をこねて外に行きたい、色んな国を回りたいなんて困らせることは出来ない。
それでも私の心は、素直に受け入れるなんて出来なくてこうやって抜け出してしまったのだけど。
だって、私にはやりたいことがあった。
いつか父についてまわり、外の国を見てみたかった。知らない場所に行きたかった。
そうすれば、夢だった前世で食べたお菓子を作るために必要な材料を探したり、調べたりできると思っていたから。
外に出れば、私のような転生者に会えるかもしれないと思った。
その為にも絵本を作り、世界に広めたいと考えていた。
それなのに、その考えのほとんどが叶わないと思うとまたぽたぽたと涙がこぼれる。
「・・・・・グスッ・・・・・・・あ〜あぁ・・・、一から考えなおしか」
これ以上泣けば、明日の朝酷い顔になりリリアを驚かせてしまうからぐっと涙を拭うと私は自分に言い聞かせるように呟く。
「しかたない、しかたないことだもんね?・・・」
せっかく自分で小豆とかを探しにいけると思っていたのに・・・・・・。
でも私がいくら言ってもどうにもならないと分かっているので、仕方ないと思うしかない。
自分にそう言い聞かせるしかないのだ。
・・・・・・こんなことになるのなら、こんな設定必要ないのになぁ。
先生からあの後も色々説明されたが、私の頭では魔法が使えないという事と、精霊に好かれるということくらいしか理解出来なかった。
国に申請したあとの処遇なんかは、難しくて両親に丸投げしてしまったから。
でもきっと父なら、私の望みを通すように頑張ってくれると信じている。
保護、と言われたが今の生活と何か変わるのだろうか。変わるのであればそれは嫌だなと思う。
だって私自身は平凡な人間なのだから。
「ああぁ〜〜っ!頭が痛い・・・っ」
私がいくら考えたって仕方ないのだろうけど、それでも将来の計画表が崩れてしまった今、色々と修正していくしかない。
「外国に行けないのなら、ここで出来ることをがんばるしかないものね」
私が今できることって、なんだろうか。
なにをすれば、一番夢に近付くのかな。
ぼんやりとそんなことを思うが、今日一日で色々と考え過ぎた頭は上手く働いてはくれそうにない。
こんな時こそ、一人で台所に籠ってお菓子を作りたい。
前世の私も、よく溜まったものが爆発しそうになってはお菓子を作っていたから。手を動かして作業する間は何も考えなくて済むから。
その為にも小豆とか、抹茶とか欲しかった。
「この国にも、もしかしたらあるのかな」
自分で外国に行って食材を探すのは無理でも、王都に出ればなにか近いものが見つかるだろうか。
例えばさつまいもとか、栗とか。
それがあれば・・・・・・
「簡単なものならつくれるかも・・・」
ケーキはまだ許されなくても、簡単なスイートポテトとか、大学芋とか、もしくは渋皮煮とかは料理長にお願いすれば私に作らせてくれるかも。
あとホットケーキみたいなものが出来ればどらやきもいけるはずがする。さつまいも餡でだけど。
「何を作るんだ」
「何を、ってだからスイートポテトとか、どら焼きとか・・・・・・」
・・・・・・・・・ん?今私はだれと喋っているんだ?
誰もいないはずなのに、返ってきた声に私は顔を上げた。
そして目の前に立つ人物に動きを止めた。
「なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
えっと、どちら様で?
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