第92話 折れない剣を造ろう!②



「わたくし、ルビーの首飾りと耳飾りを持っておりますわ。とても小さい石なのですが、もしお役に立てるなら使って頂けないかしら?」


「いや、お前が使っているものを貰うわけにはいかない。それに、宝石を使った装飾品は高価なのだろう?」


「実家から持ってきたものですが、これまで処分したくても中々思い切れなくて困っていましたの。手放す良い機会ですから、どうかお気になさらず使ってくださいまし!」


 ぎこちない笑みを浮かべてはいるが、その言葉に嘘はないように思える。

 着飾ることを好んでいるカステルヘルミが、手元に置いておきたくないと思うような紅玉の装飾品。そこに一体どんな由来や思い出があるのかはわからない。それでも、本人が手放したいと強く言うのであれば、その気持ちを受け取っておくべきだろう。


「わかった、使わせてもらおう」


「ええ、ぜひ。それと鍍金加工された物でしたら、わたくしがお借りしている客室の置物もそうだと思うのですが……あの金色の熊。でも、勝手に使ってはいけないかしら?」


「客室の……置物?」


 その言葉にふと思い当たるものがあった。

 以前、寝室の天井裏について騒ぎがあった時、一晩だけ別棟の客間で過ごしたことがある。ごてごてと装飾過多な品々が並べられたその部屋はどうにも好みに合わず、居心地の悪い思いをしたものだが……。


「もしかして、動物の背中に乗っているような感触の硬いソファがあったり、おかしな形状の彫刻が置かれていたり、額ばかり派手な絵画が飾られている部屋か?」


「ええ、そうですわね。いずれも素晴らしい調度品ばかりで、とっても素敵なお部屋ですわ。わたくしなどが使わせて頂いてよろしいのか、未だにちょっと不安もありますが……、お嬢様もあのお部屋をご存知でしたの?」


 ご存知でした。何とも言えない気持ちでうなずき、ひとまずカステルヘルミにはそのルビーの装飾品と、部屋に置かれている熊の置物を持ってきてもらうように頼んだ。

 壊すのではないし、表面の鍍金の一部を使わせてもらうくらいは構わないだろう。ただし、カステルヘルミが破損させたと疑われるわけにはいかないから、後でカミロにはきちんと事情を説明しておこう。

 小股に駆けていく後ろ姿を見送り、一夜を過ごしたあの派手な部屋を思い返す。

 金色の熊……跳ねる魚を鋭い爪が捕らえるワンシーンを、荒々しく、大胆に表現した逸品は記憶にも新しい。まさかあの部屋を今はカステルヘルミが使っているとは思わなかった。

 別に、本人は気に入っているようだから構わないのだが。


「なんか、ずいぶんと高価なモンばかり使ってもらうようだが、本当にいいのか?」


「本人が良いと言っているのだから、有り難く使わせてもらえ。熊の鍍金も、なるべく見た目ではわからない程度に抽出するし。お前のベルトやボタンの金属も、必要成分だけを抜くから着替えの心配はいらないぞ?」


「ああ、そう……まぁ、任せるぜ。もう嬢ちゃんの好きにやってくれや」


「そうさせてもらおう」


 カステルヘルミが戻ってくるのを待つ間、キンケードには柄に巻いた皮を外させて、素の状態となった剣を運ばせる。自身の『領地』とした二本のクチナシの木の間、均された地面を示して直に置く。

 片手に持ってきたアルトへそれを見せると、深層の成分を分析しているのか角がぐるぐると回り始めた。


「ベーフェッドの骨と、土に馴染んでいる肥料からもいくらか賄えるだろう。クロムとニッケルは他の金属や紅玉から補充して、足りない分は深い層で集められそうか?」


<左様ですね、どのみち熱と圧力を加えるために地中深くへ沈める必要がありますから。そこで補充をすれば剣の一本くらいはいけるかと>


「たしか有毒なガスが出るだろう、その処分はどうする?」


<気流で上空へ運んで散らすか、地中で分解するかになりますね。後者は負担が大きくなるかと思われますので、影響が出ないくらいの高度まで飛ばしてしまうのがよろしいかと>


 アルトの言葉に、キンケードと揃って空を見上げた。今日も雲が多いけれど、その隙間には澄んだ青空が覗いている。

 低空の灰色の雲と、さらに上空にある白い鱗状の雲。いずれもゆっくりと南東の方角へ移動しているから、海に向かって風が吹いているのだろう。

 しばらくそうして雲の流れを眺めていても、風向きが変わる様子はなかった。

 見上げすぎて首の後ろが少し痛む。頚椎のあたりを擦っていると、隣ではキンケードが同じように首を揉んでいた。


「……うん、ではその方法でいこう。わたしは構成陣に集中するから、アルトは精霊たちの動きに注意していてくれ。どうも集まりの悪さが気になる」


<範囲の狭さが理由というわけでもない様ですし、ヒトの生活圏に近いせいでしょうかね? あの山道で指定なさった時は、以前と変わりなく見えたのですが……>


 これまでの生活ではあまり魔法を使う機会もなく、汎精霊たちの動きやその量などに気を留めることもなかった。

 パストディーアーは以前と変わらない様子でいたし、その出現と共に周囲へ燐光が舞うのもいつも通り。見慣れたその輝きに、キヴィランタとの差異を感じたことはない。

 だが幼かった体が成長をして、さらには収蔵空間への穴を閉じ力の無駄遣いも止められたことで、自ら魔法を使う余裕ができた。カステルヘルミへ見せたような簡易な構成だけではなく、今ならもう少し手の込んだものを描くことができる。

 そうして余分な労力を払わずに、なるべく精霊たちを働かせようと構成を描いてみるたび、些細な違和感に気づく。


「この辺は、精霊が少ないのかな……?」


 領道では差を感じなかったということは、イバニェス邸の周囲、もしくはコンティエラの街一帯だけがこのような状態だということが考えられる。

 五歳記の祈祷で集まった精霊たちは、聖句に釣られたものらしいから勘定には入れられない。

 精霊が少ないということは、構成を実行しにくい=魔法が使いにくいということだ。最近は魔法師が減っているから気づく者がいなかったのか、それともずっと前からこの状態が続いており、過去の魔法師たちはその理由を知っていたのか。

 本来であれば、正式な魔法師に訊ねてみることで解決できそうな疑問だが、身近にいる魔法師がアレなので望む解答は得られない。

 アルトと一緒に唸っていると、当の魔法師がよたよたとした足取りで戻ってきた。


「お、お待たせいたしました。お嬢様、これ、お持ちいたしましたわ……」


「ああ、ご苦労、ひとまず休め。そんなに急ぐ必要はなかったのに」


 そうは言ってみても、あまり時間をかけているとじきに昼食の時間になってしまう。強化自体にはあまり時間はかからないだろうが、そのあと冷やしたりガスの処理をしたりと、後片づけに手間取るかもしれない。

 さっそくカステルヘルミが差し出した置物と木箱を受け取り、地面に熊を置いてから箱のふたを開く。

 中には銀色の細い鎖に精緻な花の細工がつけれられた首飾りと、その左右に揃いの耳飾りが収められていた。いずれもカットされた小さな紅玉がはめ込まれている。


「本当に使ってしまって良いのだな?」


「……ええ、構いませんわ。宝石だけでなくチェーンも全部要りませんから、どうかお役に立てて下さいまし」


<石と不純物を抜いた後の銀を、何か別の形に再成形しますか?>


「わたしにゴビックのような器用さはないぞ。ひとまず銀の塊にしておけば、後で街の職人に渡して再加工もできるだろう。それでいいか?」


「はい、お願いしますわ」


 強くうなずくカステルヘルミの顔を見返し、その意志を確認してから地面に置かれた剣の上に受け取った装飾品と置物を乗せる。

 そこから数歩下がり、キンケードとカステルヘルミにはさらに一歩分ずつ後ろに離れてもらった。


「……あぁ、そうだ。先生は聖句を暗記しているのだろう、今唱えることはできるか?」


「え? できますけれど……、お嬢様は、何だかああいうのお嫌いなのではなくて?」


「好きではないが、利用できるものは利用したほうが得だ。聖句を唱えながらを凝らしてよく見ておけ」


 じっと置かれた剣を見据え、構成へ描き込む効果を頭の中でまとめる。

 地中はどこまでも深く、空は大気の果てまでも、その全てを自分が統べるものとすでに定義してある。

 範囲に含まれ、承諾を返した汎精霊たちは無条件で従えることができる反面、従いすぎるという危険も伴う。

 自由にできるからこそ、指定と制限は予めきちんと行わなければ、精霊たちがやりすぎてしまうことを止められない。

 元々意志の疎通が叶わない相手なのだ、失敗したからと「ちょっと待って」と言ったところで聞き入れてはくれない。


「地中深くへ沈め、剣と装飾品の元素を分解、置物は表面の鍍金成分のみ抽出、鋼から余分な炭素を抜いて、タングステン、クロム、ニッケルを用いて合成、炉となる範囲を固定、加圧、加熱、再成形。余った銀は塊に、発生したガスはひとまとめにして上空へ放出飛散、剣の加圧が済み次第冷却をして、銀の塊と共にこの場所へ戻す。……こんなところか?」


<形状については現在の形を基本に、長さと刃の鋭利さを増すだけですか?>


「あまり斬れすぎると危ないからな、少し鋭くなる程度で微細に指定しておこう。下手すると収める鞘が真っ二つだ」


 細かな数値や含有率は別途描き込むとして、おおまかな流れを確認する。

 見えない上に途中で手を加えられない以上、始めから全行程を綿密に指定しておかなければならない。

 地中で大爆発など起きてはたまらないから、特に仮の炉を形成する段階は注意しておこう。


 背後へ合図をすると、カステルヘルミが聖句を唱えはじめた。

 以前、聖堂の官吏から何度も復唱させられたものとは少しだけ発音が異なるようだ。中央で教えられているものと、イバニェス領の聖堂が教えているもので差異があるということだろう。

 口伝でしか広めていない故の弊害だが、聖堂はそんなことも考えず教義を定めたのだろうか。カステルヘルミには後で中央での話を聞いてみよう。


 独特な音の羅列に乗り、ちらほらと金色の燐光が空中へ現れる。

 舞い、踊り、回転して見せながら光の軌跡に喜びを乗せて集まる汎精霊たち。

 金の瞬き、源の奔流、発光する範囲に大気の密度が高まる。

 集中を高め、息を大きく吸ってその只中へ手を差し伸べた。


 ――さて、始めよう。



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