第90話 強盗についての事情聴取


「大筋はカミロからも話を聞いている。道をゆく商人ばかり狙って護衛などに一騎討ちを迫り、打ち負かした後は積み荷には手をつけず、所持していた武具を持ち去るのだろう。この一年ほどで被害は十三件あまりだとか」


「ああ、明らかになってんのはもう一件増えて、今は十四だな。被害の届けを出してない奴もいるだろうから、さすがに全部は把握しきれてねぇが」


 無意識なのだろうか、キンケードは自分の腰のあたりに手をやってから、何かに気づいたようにまた腕を組み直した。

 眉間にきつくしわが寄り、毛虫のような眉同士がもう少しで頭突きをしそうだ。


「概要はこちらにも届いているし、目新しい情報があればカミロが報せてくれる。だからお前には、お前にしかわからないことを聞きたいんだ。……直接、強盗とやり合ったのだろう?」


「ん、ああ、そういうことか」


 そこで、カップを両手で持ったままのカステルヘルミが、自分がここにいても良いのかと視線で問いかけてくる。問題があるようなら最初から同席はさせていないし、特に聞かれて困るような話は出てこないだろう。

 中央にいた彼女なら、視点の違いから何か気が付くこともあるかもしれない。構わない、という意味を込めてうなずくと、そのままカップへ口をつけてちびちびお茶を飲む。

 図太いようで小心だし、頑丈そうで繊細なところもある魔法師の女を見ていると、もしかしたら世間一般の女人というのはこういうものなのかなとも思う。


「オレがヤツにまんまとやられた話はもう聞いてんだろ、今さら対面で話したって役に立つことなんざ出てこないぜ? あの時のことは全部カミロにも報告してるしよ」


「まぁそう言うな。あえて伏せたのか、必要がないから言わなかったのかは確かめていないが、犯人の風体や戦い方などはまだ何も聞いていないんだ」


 あの侍従長に予想外だと言わしめたくらいなのだから、キンケードはヒトの武人としては相当の手練れなのだろう。

 それを打ち負かした相手。一体どんな姿で何を得物としていたのか、戦い方や話し方などの特徴は、会話をしてどう感じたのか。

 報告の又聞きになるよりも、犯人と対峙したキンケードに直接訊くのが一番確実だと思ったのだ。


「犯人について、か……」


 戦った時のことを精細に思い起こそうとしているのか、瞑目してそのまましばらく動作を止めてから、キンケードは薄く瞼を開いた。


「あん時は、クレーモラ領へ向かう商人の馬車……を自警団で偽装して、護衛のフリして同行してたんだ。ヤツはとにかく神出鬼没でな、とっちめてやりたくてもオレはなかなか遭遇ができなかった」


「囮役をやるからには、いつ現れても対処できるよう準備は万端だったわけだな?」


「ああ。ありふれた服の上に中古の防具をつけて、慣れた長剣と予備の短剣も腰に差してた。オレの他には団の若いのがふたり、それぞれ同じような格好で馬に乗って周囲を警戒しながら進んでいたわけだが。ヤツは身を隠すでもなく、向こう側から堂々歩いてきたな」


「クレーモラ領から?」


「それはわからん。あの辺は木も岩も多いし、待ち伏せしていたのか本当に移動中だったのか。とにかく風体が異様だったから一旦馬を止めて声をかけようとしたら、あっちから喚いてきやがった。『一騎討ちを申し出る、おのが手にする武具を賭け勝負せよ!』とな」


 これまで得ていた情報の通り、犯人は武器の奪取と一騎討ちに拘泥しているようだが、本当に罠も仕掛けもなく真っ正面から挑んでくるとは。

 数人がかりでも敵わないほど強いとは言っても、武人気取りの強盗がひとり。馬車から射かけられるとか、魔法を撃ちこまれるとかいう危険は考えないのだろうか。


「それ、たとえばの話なんだが。馬車に同乗している魔法師が問答無用で吹き飛ばすとかいうのは、自警団の立場やお前の心情的にまずいか?」


「……いや、すでに複数人でまとめてかかって失敗してるからな。別に卑怯とかどうとか言うつもりはねぇよ、相手は犯罪者だし。これまで被害に遭った商人も、魔法師の護衛を雇ってたヤツはいたらしい。それでも負けてるわけだから、魔法じゃ敵わねぇってことだな」


「ふぅん……。まぁ、最近はどうも魔法師の質が落ちているようだから、それも仕方あるまい。ペッレウゴのような使い手はもう中央にもいないのだろう?」


「いえ、お嬢様、『普通』のハードルをそこまで上げないでくださいまし……。お嬢様や大魔法師様と比べられたら、どんな魔法師でもノミか蟻ですわ……」


「ノミとか蟻とまでは言わねぇが、比較対象がおかしいだろ、自分を基準に考えるなよ嬢ちゃん……」


「む」


 隣と正面から同時に非難を受けて閉口する。別に、魔法師たちをノミ扱いしたわけではないのに。

 だが、確かに大魔法師とまで呼ばれるペッレウゴや、『魔王』の精霊眼をそのまま引き継いで生まれた自分と比較するのは厳しすぎるだろう。

 ヒトの魔法師の質が落ちたのは、ひとえに聖堂の仕業と思しきおかしな教育のせいなのだ。魔法師としての資質、精霊眼自体は良いものを持った者が、まだ在野に埋もれている可能性は大きい。


「まあいい、話を脱線させてすまなかったな。……それで、犯人の風体が異様だったとかいうことだが、具体的にはどんな格好をしていたんだ?」


「あー、何つうか、全身をボロ布でぐるぐる巻きって感じだ。背丈はオレの肩くらいで、それ以外は何もわかんねぇよ。歳も性別も体型も、顔もな」


「歳や性別は、声音から判別つかないものか?」


「声ぐらいいくらでも作れるだろ、オレが聞いた限りじゃ若い男って印象だったが、それが正しいかどうかはわからん。不確実な情報を省いたから、カミロも嬢ちゃんにその辺のこと説明しなかったんじゃねぇか?」


 なるほど、と納得を返し、エーヴィが注いでくれたお茶のおかわりに口をつける。

 全身を布で巻きながら戦いを挑むとは、一体何を考えているのか。動きを制限される上に視界も悪いだろう。

 だが、その姿でなければいけないとしたら、街の武器店を襲わない理由にも繋がる。そんな格好で街を歩いていたら、昼夜問わず怪しまれて自警団への通報を免れない。不審者ですと首から看板を下げているようなものだ。


「布で全身を覆う理由は何だ? 顔を見られたくないだけならそこまでする必要もないし、皮膚を外気に晒せない持病だとしても衣服や手袋でカバーできるだろう。他にどんな可能性がある?」


「そこはうちでも意見の割れるとこだな。脅し目的ってヤツもいれば、他人に見せられないような火傷の痕でもあるんじゃねぇかってヤツもいるし」


 そこで「ハイ」とカステルヘルミが行儀良く挙手をしたので、キンケードと同時に手を向けて回答させてみる。


「そういうファッションなのではないかしら? ぐるぐる巻きや、大怪我している風がカッコイイ! とか思っているタイプの若者は中央にもちらほらいましてよ?」


「あー、そういう線もあるかもなぁ。わからん、とっ捕まえて剥ぐのが一番早ぇよ」


「捕まえられないから、まず推論で犯人像を固めようとしているのに……。まあ、ここで考えてもわからないことは置いておこう。それで、次は、そうだな。相手の扱う武器は何だった?」


「身の丈に合わねぇ大剣だ。あれはたぶん相当重いぞ、オレでもしばらく振り回すのがせいぜいか。打ち合った感触でも見た目脅しじゃねぇ、厚身の鋼の剣だった」


 キンケードは両手を広げながら、その刀身の長さや幅などを説明する。自分の体が縮んでいるためいまいち把握しづらいが、たしかに大人でも持て余すような大振りの剣、もはや鋼の塊だ。


「膂力に秀でた、大剣の使い手か。それに打ち負けたという話だが、相手はそんなに強かったのか?」


「ずばっと訊いてくれるなぁ、まあ嬢ちゃんらしいけどよ。あー、これは負け惜しみみたいで、あんま言いたくねーんだが……」


「何でも構わない。お前の所感を直接問いたいからこそ、こうして来てもらったのだ」


 カップを傾けて喉を湿らせ、太い腕を組み直す。これまで接した時間は短いが、この男がここまで言い淀むのは珍しいことのように思う。

 仕事として負けてはいけないところで敗北を喫したのだ、話しにくい所を訊いているということはわかっている。それでも、求めれば答えてくれることも知っている。そのままじっとキンケードが口を開くのを待った。


「でけぇ剣を振り回すし、避ければ道端の岩が砕けるのも見たから、ヤツの腕力自体はホンモノだ。オレの愛用の剣まで根本からポッキリ折られたしな。……だが、そんだけって印象だった」


「それだけ?」


「ああ。力任せに丈夫な剣を振るってるが、腕力が強いだけで、剣技も体捌きも丸でなっちゃいねぇ。断言するぜ、アレは剣に関しちゃズブの素人だ」


 キンケードの鋭い眼差しがこちらを真っ直ぐに見据える。

 自分を負かした相手への評としては、たしかに負け惜しみと言われても仕方のない言い草だろう。だが、その言葉に嘘など一欠片たりとも混じっていないと信じられる。

 腕力が強いだけ、鍛錬を積んだ武人などではない、剣に関しては素人。……この男が直接対峙してそう断じたなら、その通りなのだろう。

 黒い瞳を見返しながら、ひとつだけ確認を取る。


「犯人はただ腕力が強いだけの素人。……それにお前が敗北したのは、先ほど言ったように剣を折られたせいか?」


「ああ。ホントに負け犬の遠吠えって感じでむちゃくちゃ気分悪ィんだがな、剣さえ無事ならどうにかなったんだ。あそこで短剣に持ち替えても、ヤツに勝つのは無理だった。だから降参した。……剣は折れたから、その短剣を持ってかれちまったよ」


 両手を開いて肩のあたりまで持ち上げる。降参のポーズだろうか。

 総合的な力量で勝っているはずの相手に敗北を認めるのは、忸怩たる思いだったろう。仲間の手前、格好のつかないことはしたくなかったに違いない。そのせいで自警団の立場まで悪くなるとトマサも言っていた。


「剣の腕ではお前が勝っていた。……そう言うのだな?」


「そーでーす。あぁ、もう、自分で言っててすっげぇ情けねーなこれ。ただの負け惜しみにしか聞こえねぇだろうが、オレは本気だ。嬢ちゃんに嘘なんか言わねぇよ」


「ああ、安心しろ、わたしはお前を信じる。お前の言葉を疑いはしないさ。前にちゃんとそう言っただろう、たった三年で忘れたか?」


「……忘れるもんか。覚えてるよ」


 ばつが悪そうに首の後ろをかきながら、小さな声が返ってくる。照れたような素振りが、でかい図体にひどく不似合いだ。


「自警団でも屈指の腕前だと聞くお前が敗北したというから、相手はどれだけ強いんだと思っていたら。何だ、腕力以外は大したことがないなら、キンケードでも十分に勝てるではないか」


「そうは言うけどな、実際あの馬鹿力と大剣は、本人の技量がなくてもそれだけで脅威だぜ。当たり所が悪けりゃ死人だって出かねない。だが、まともに打ち合うにも得物がな……」


 言葉尻を濁す男に、身を乗り出して問う。


「つまり、折れない剣があれば勝てるのだな?」


「ん?」


「折れない剣があれば勝てるのだな?」


「……これ、即答したらやばいやつじゃね?」


「諦めてくださいまし、お嬢様がやる気になったらもう誰にも止められませんわ」


 カステルヘルミの言葉に、諦念らしきものを滲ませながらキンケードはうなずいて肯定を返した。

 そうとなれば話は早い。要は剣さえ打ち負けなければ、技量も何もかもキンケードのほうが勝っているのだから、その手元に折れない剣があればいい。


 この追い剥ぎ強盗の問題点はふたつあった。

 ひとつは、神出鬼没でいつどこで襲われるのかわからないということ。

 もうひとつは、相手が異様に強く、数人がかりでも自警団で最も腕の立つ男でも、その凶刃の前に敗れてしまうということ。

 後者の問題さえ解決すれば、あとはまた囮作戦などでおびき寄せて捕縛なり何なりすれば良い。それで事件は丸く収まるし、道の安全が確保されれば街への外出許可を出してもらえるに違いない。

 リリアーナは椅子から降りて、男を真似るように力強く腕を組んだ。


「よし、折れない剣を造ろう!」


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