褒美として与えられた自由③

 ジルにあてがわれた部屋は、こじんまりとしていて質素ながらも清潔で、居心地が良かった。ただ、ベッドが干し草にシーツを掛けただけの代物だったため、初めてこのタイプのベッドを体験するジルは落ち着かず、夜中に何度も目を覚ましてしまった。

 しかも隣のマルゴットの部屋から時々獣の様な唸り声や、床をひっかく様な音が聞こえて来るので、気になってしょうがなかった。

 朝陽が差し込むと、それらの怪しげな物音は聞こえなくなったものの、その頃になるとジルはすっかり目が冴えてしまっていたし、いつもよりかなり早い時間にゾフィーに起こされ、結局ジルはまともに眠る事が出来なかった。


 バザルに向かう馬車の中、ジルはハイネがいるにもかかわらず、ついウトウトしてしまう。


(うぅ……。ハイネ様が前にいるのに、私ったら気を抜きすぎよね)


 馬車の車輪が小石を踏んだ衝撃で目を覚ましたジルは、眠い目を擦りながらハイネが呆れてないかと、確認する。


「……まぁ……」


 彼の姿を見てジルは自分の居眠りを反省する必要が無かった事を知る。

 ハイネは座席に横になって堂々と寝ていた。

 その寝顔はいつもの険がちょっと薄れていて、無防備だ。

 だけど、眉間の辺りがちょっと寄っていて、ジルは触ってみたくなってしまい、おそるおそる指を伸ばす。


(寝ている方の顔に触るなんて良くない事よね……。でもちょっと触ってみたい!)


 凶暴な猫に触りたくなる様な感覚に近いかもしれない。起きている時は無理でも、寝ている時なら隙だらけだ。2日程一緒に旅をしてきて、ハイネとの距離感が縮んできた様な感覚があるからなのか、ちょっかいをかけてみたいという未だかつてハイネに対して感じた事のない感情が湧いていた。


 ドキドキしながら近づけ、あと1cm位のところで、素早く動いた何かに指が握られる。

 指はハイネの手に握られていた。


「ふぁ!?」


「寝込みを襲おうとするなんて良い度胸だな!」


「わ!? ごめんなさい!!」


 ハイネは起きていたらしい。ジルの指を握ったまま、凶悪な笑みを浮かべられ、心臓が危険を訴える。


「いつから起きていらっしゃったの?」


「アンタが俺の方に身を乗り出した時かな。それにしても……、眠すぎる」


 身を起こし、伸びをするハイネに、漸く指を放してもらえ、ジルはホッとする。


(ハイネ様と関わってると驚く事が多くて、心臓が持たないかもしれないわ……。それにしてもハイネ様、睡眠に関してわりと繊細な方ね)


 数日前に離宮を訪れた時よりは顔色がましになっているものの、まだまだ目の隈は濃く、心配になる。


「昨日はちゃんと眠れましたの?」


「ベッドが干し草? 藁? 何か妙にゴワゴワするし、背中に刺が刺さるし気になって寝れなかったんだよな」


 ハイネにゴマを擦っていた修道士なら、彼だけ特別待遇しそうなものだが、他の者と平等に扱ったらしい。腐っても聖職者だからなのか、それとも気遣いが足りない人なのか。


「ベッドが無理だから床で寝てみようと思ったら、通路を何かが這い回る様な音が聞こえてきて、こ、こわ……怖くはないけど! 気になったんだ! あの修道院ヤバいんじゃないのか?」


(それたぶんマルゴットの仕業よね……)


 ジルはハイネの部屋周辺であった出来事を聞き、大量に汗が流れてくる。

 朝食の時、マルゴットに昨夜彼女の部屋から聞こえた物音の事を聞いてみると、彼女は生まれて初めて何か邪悪な存在を召喚する事に成功したらしい。

 修道院はこれから、未曽有の災厄に見舞われるとボソボソと説明してくれる彼女に、ジルは一応止める様にと言ったものの、一度契約した事を達成しない限り元の世界には戻らないらしい。

 良く分からないけど、凄く真面目な存在なのだ。

 しかしそんな事をハイネに伝えるわけにもいかないため、誤魔化さないといけない。


「たぶん、ハイネ様が眠れなかった様な気がするだけで、実際には眠れていたのですわ!悪い夢を見たのです。たぶん」


「ふぅーん。そんなもんか」


「はい!」


 それから取り留めの無い事を話しているうちに、馬車は目的地に着いた。

 窓の外には村の入り口が見える。古びた看板には『バザル』の文字。魔女狩りが行われている問題の村への到着に、緊張感が高まる。


「着いたみたいですわ」


「一応村長に事前に通達は送ってあるから、すんなり会えるとは思う」


 こちらをあんぐりと口を開きながら眺めている女性に、例によって先に馬車を下りたバシリーが話しかけに行く。村長の家を聞いているのかもしれない。


「私達も下ります? 狭い村だからこのまま大型の馬車で村長の家までは行けなそうですわ」


「そうだな。下りるか」


 2人で馬車を下りると、足元をニワトリが通って行き、驚く。思ったよりもずっと整備されてない村なのかもしれない。

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