謎解きは食卓の上で!⑥

「ハイネ様から聞いたお話ですと、フリュセンでブラウベルクの兵士達の中に、仲間の姿がハーターシュタインの兵士や、獣に見えてしまう症状を訴える者達が出たという事でしたわよね?」


「あぁ」


「バシリーさんから炊事兵の日報をお借りして、兵士達が状態異常になった日の献立だけをまとめてみたんです」


「まぁ、その辺は日報を書いていた炊事兵もやってたな」


 ハイネは丸ごと持ってこられたリンゴの皮を剥きながら、ジルの話に相槌を打つ。


「だいたい毎日の様にパン、芋料理、豆のスープ、ザワークラウトは食べていたみたいでしたわね」


「一般兵は保存が利いて、調理が楽なメニューにしているそうだ」


 ハイネの他人事の様な話しかたに、ジルは首を傾げた。


「あら? ハイネ様は別メニューですの?」


「俺や、騎士達の中でも部隊長クラスの奴等は村の名士の家を借りて、宮殿から連れて行った料理人の料理を食ってたな」


 その回答に、ジルはなるほどと頷く。


「ハイネ様達に出されていたのは白パン等の小麦粉だけで作られた、上流階級用のパンではありませんでした?」


「良く分かったな」


「そして部隊長クラスの方々には幻覚症状は出なかったのですわよね?」


「出てないな。アンタこれ食べるか?」


 ハイネはジルの話を聞いたからなのか、微妙な表情をする。でもリンゴとクリームチーズを乗せたライ麦パンのオープンサンドを渡してくれるので、その心情は分かりづらい。


「まぁ! 有難うございます」


 さっそく一口齧ってみると、リンゴの甘味と、まったりとしたクリームチーズ、素朴なライ麦の風味が合わさって、幸せな気分になる。


「美味しいですわ。ハイネ様は料理上手なのですわね」


 ジルが微笑むと、少し嬉しそうな顔でハイネは自分用のオープンサンドを作り始めた。


「こんなの別に料理の範疇じゃないだろ……。まぁ、そんな事はいいや。話ぶった切って悪かったな。アンタの話をまとめると、白パンを食べ続けてた俺達は、幻覚症状を起こさずに済んだってとこか?」


「ええ。兵士達に出されていたのは長期間保存が効くライ麦比率の高いパンでしたわよね?」


「あれだけの人数全員分のパンを現地で焼くのは不可能だからな。ていうか、……アンタもしかしてその違いだけで幻覚症状の原因がライ麦パンにあると決めつけたわけじゃないよな?」


 ハイネにそう言われてしまうと、話を続けようかどうか迷いが生じる。ハイネの様な高貴な人物に、とりとめもないような事を話し続けてもいいのだろうか?

 だけど、ハイネの器がどれ程のものなのかを測ってみたいとも思ってしまうジルは、割と性根が悪いのかもしれない。

 軽く深呼吸してから口を開く。


「正直なところ、具体的に何が作用してその症状が現れた……とハッキリとした説明は出来ないのですわ。植物図鑑に答えが載っているわけではありませんでしたし……」


「へぇー」


「でも、似た様な現象から類推を重ねていく事は無駄じゃないと思うのです。そこから何か見えてくる事もあるのではないかしら?」


 ハイネはテーブルに肘をつき、ジッとジルの話を聞いている。

 原因と結果が明確になる様な因果関係を示せない話は彼にとって聞く価値がないのだろうか? 変にドキドキしながら、ハイネの反応を待つ。


「……世の中には、まだ説明が不可能な未知の事象が溢れている。今回の件もそうだな。こういうのを普通の人間は簡単に原因が判明しないからと、放り投げる。だけどそれを、ただの勘レベルでも、原因らしき物を推測して対処する事はこの国を強国にするための道を作る……んだろうな。だからアンタの気概は大事にしたい……かも」


「はい……」


 視線は明後日の方向を向いているし、手に持つナイフはリンゴを突き刺したまま止まっている。

 でも彼の言葉はたどたどしいながらも、キチンとジルに向き合おうとしている。

 ジルはハイネの受け入れてくれる姿勢を信じる事にした。


「あの、ハイネ様、バシリーさんに預けた手紙はもうご覧になりました?」


「……読んだけど。魔女狩りだったか?」


 急に話を変えられたと思ったからなのか、ハイネの眉間に皺が寄る。


「えぇ。私の侍女がその村に私用で行ったのですけど、彼女の話によれば、魔女として拘束されている女性が作った料理を食べた者が、悪魔に連れ去られ、業火でその身を焼かれたみたいなのです」


「……幻覚と焼ける様な痛み……」


「ライ麦を多く生産する村で、原因となる物を食べ続けた結果、体内に多く蓄積されて、フリュセンの兵士達よりも重い症状が出た可能性もあるのかもしれませんわ」


「アンタの話、飛び飛びでイラつくけど、つまり2つの事例はどちらもライ麦から引き起こされたと言いたいわけだ?」


 自分の話し方でハイネをイラつかせていたのかと、ジルは反省しながら頷いた。


「炊事兵の方に、戦争時に食料をどのようなルートで集めるのか聞いてみようかと思います。もしかしたら魔女狩りが行われている村『バザル』に繋がるかもしれないので」


「なるほどな。バシリー辺りまでなら下資料として食料の収集ルートに関する資料が来てるかもしれないけど……。炊事兵に聞いた方がアレコレ他の事も聞けて楽しめるかもな」


「そう思いますわ!」


「もし炊事兵の裏付けがとれたら、一緒にバザルに行こう」


 ハイネの急な提案に、ジルは目を白黒させた。


「私、帝都から出てもいいんですか?」


「俺がついてるから大丈夫だろ。バザルに行って、俺が直接行政指導してやるよ」



 ハイネはナイフに突き刺したリンゴを持ち上げ、ニヤニヤしている。あまり碌な事を考えてなさそうだ。


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