謎解きは食卓の上で!①

 一限目の講義の後、ジルは大学の研究室で炊事兵の日報を読んでいる。

 マルゴットは朝ジルと共に大学へ来た後、直に野ばらの会の帝都の支部へと行ってしまい、研究室は今ジル一人だ。多少寂しさはあるものの、集中して読書出来ると前向きに考える。


 ペラペラと日報を捲り、メモ欄に兵士の健康状態に異常が出たとの報告が記載されているページにどんどん栞を挟んでいく。そして次に栞のページに書かれている献立をメモ用紙に書き写す。

 ハイネが昨日言っていた様に、確かにフリーゲンピルツは食材として使われておらず、しかも日報に記録者――おそらく監督者クラスの者――は、体調に異常が現れる者が出てすぐに、このキノコを道端で見つけたとしても食べてはならないと、各部隊長へ注意喚起を要請するとも書いていた。


(これだけちゃんと対処されてるなら、フリーゲンピルツが原因とは考え辛いわね。では他が原因なのかしら?)


 幻覚症状の発症は、約20日分の日報に記録されていた。

 その献立の中に共通する食べ物が無いかと確認してみると、パン、マッシュポテト等の芋料理、豆のスープ、ザワークラウト、この辺りが定番なのが分かった。


 パンは現地で焼くのではなく、帝都で3か月以上保存出来る種類の物を焼き、それを日々食べているらしく、パンという性質上加熱処理等の問題はない様に思われる。

 ジャガイモは天然毒を持っていて、大量に食べると、嘔吐、腹痛、頭痛等の症状を引き起こす。だが、幻覚症状を起こす作用はなかったはずだ。

 スープに入っている白インゲンも加熱不足だと食中毒の原因になるが、ジャガイモ同様に幻覚症状の作用はない。

 怪しむなら様々な食材が煮込まれているスープだろうか? 出汁を取るためにハーブを使っていたとすると、その中にベラドンナの様な有毒な物が混ざっていた可能性もある。


(う~ん……、でも食材の中のハーブ欄にはそんな怪しげな物は記録されてないのよね……)


 図鑑で調べながらチェックしていくものの、コレという物が見当たらず、頭を抱える。


「おはよう、ジル君。頭なんか抱えてどうしたんだい?」


 フェーベル教授が研究室に眠そうに入って来て、ジルの様子に目を丸くした。

 ジルは自分のおかしな行動に慌て、椅子の上で居住まいを正す。

「おはようございますフェーベル教授。少し難しい問題に直面したので、悩んでいただけですわ」


「そうなのか。僕に教えられる事があれば、協力するから遠慮なく言うんだよ?」


「まぁ、有難うございます」


 ブラウベルク帝国の人間は一部を除き、気のいい人が多い。特にフェーべル教授はジルが太っていた時から優しかったので、信用できる人間の一人になっている。


「マルゴット君はまだバザルへ行っているのかな?」


「昨日戻ってきたのですけど、今日もちょっとお使いがあるみたいですの。後で来ると思いますわ」


 バザルとは、マルゴットが魔女狩りの件で行っていた。この国の南西の村だ。

 マルゴットは今日帝都の支部に、この村での活動報告と、過去の記録の閲覧をしに行ったのだろう。ただ、フェーべルに詳しく言う必要もないので、ぼかしておく。


「2人に冬小麦の収穫量予想を計算してもらいたいんだけど、マルゴット君が来てから資料を渡した方がいいかな?」


「冬小麦……ですか?」


 小麦は冬に種を蒔くか、春に種を蒔くかの2パターンあり、冬に種を蒔く冬小麦は現在6月という事もあり、もうそろそろ収穫の時期になる。

 フェーべル教授は大学での研究の他に国政用の下資料の作成も担っているので、収穫量予想ももしかすると、国からの要請があったから計算を頼んでいるのかもしれない。


「フェーべル教授がお急ぎでしたら、直ぐにやりますわ。マルゴットが来たら、私から伝えておきますし」


「そうか、悪いけど急ぎで頼むよ」


 彼から渡された2冊の冊子は、ブラウベルク帝国全土の都市や村の小麦の耕作地面積に関する物と、過去5年間の土地の単位当たりの収穫量の平均が載った物だ。

 フェーべル教授から計算のやり方を聞き、やや時間がかかりそうな作業だと、ジルは苦笑いした。 


(下っ端だから仕方ないわね)


 教授に気付かれない様に溜め息を吐きつつ、耕作地面積の冊子の方の中身を読んでみる。


 一頁毎にまとまっている都市や村の地名を、地図上の位置を思い浮かべながら眺めてみると、なかなかの読み応えを感じる。


(フムフム……、小麦は北部よりも南部の方が耕作地が多い傾向にあるのね)


 気候によって、育てる作物に向き不向きがあるのだと思いながら農村の風景をイメージすると楽しくなってくる。


 しかしジルはあるページを見て、動きを止めた。


(ここって確かマルゴットが行っていた村よね)

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