予想外続き⑧

 先ほどハイネから聞いた兵士の幻覚の件についてマルゴットに問いかけると、キョトンとした表情をされる。


「有りますが、ジル様は誰かにかけてほしいのですか?」


「いえ、そういうわけじゃないのだけど、フリュセンで幻覚症状を起こした兵士が多数いたらしいから、魔術の影響だったかどうか知りたくて」


「戦争への魔術の利用は無いと思います。野ばらの会にはこの大陸全土の魔術師が所属してますから、仲間同士で争わないようにしているんです。それに、戦争に魔術を利用してしまったら、敵対国での活動もしづらくなりますしね」


「なるほど……、言われてみると、そういうものなのかもしれないわね。でも、野ばらの会に所属していない魔術師とかもいるんじゃなくて? そういう人が戦争に加担するという事はない?」


 マルゴットが所属する組織が、大陸で唯一の能力者団体だとしても、当然組しない者はいるはずだと思えた。勧誘漏れや、単に群れたくない等、色々あるだろう。


 ジルはマルゴットに問いかけながら、温めたホットミルクを彼女に手渡す。


「あ、有難うございます。食べるの遅くてすいません……」


「いいのよ。ゆっくり食べてちょうだい」


「はい。えっと……、無所属の魔術師が暴走する事も無くはないと思いますが……、野ばらの会の活動の中には、能力者が大陸で暮らしやすくするというものもありますから、戦争加担なんて、魔術師に厳しい目を向けられるキッカケを作る人は会員かそうでないかを問わず、粛清対象になりますね……。野ばらの会に入っていない能力者でも、その事は分かっているはずですよ」


「じゃあフリュセンの村での事には、魔術師の介入は無かったと思っていいのね?」


「私も村にいたわけではないので、ハッキリとは言い切れないです。でも戦争を停戦させる程に被害者を出すレベルの規模だとすると、無所属無名の魔術師には引き起こせない気がします。魔術で起こされた事件ではないと思います」


 彼女の心情を考えると、恐らく魔術師に対していらぬ疑いをもたれたくないという気持ちは少なからずあるだろう。でもマルゴットの耳に入れておく事で得られる情報もあると思われるため、話しておく事は無駄ではないはずだ。



「ええええ!? ほんっとうにジル様なんですか!?」


 次の日の朝、離宮を訪れたバシリーはジルの姿を一目見て、整った顔をデレデレに緩めた。


「はい。バシリーさんがフリュセンに行かれていた間にダイエットしましたのよ」


「凄くお綺麗です! いや、お可愛らしい! この国の女性にはない柔らかな雰囲気が素晴らしいですね! そのお姿だったら、ハイネ様の隣に並んでもつり合いが取れるでしょう!」


 太っている時は冷たかったのに、痩せると手の平を返すのは、何もバシリーだけじゃない。離宮の使用人や、大学院で知り合った学生や職員等にもそういう男性が結構いる。正直なところ、見た目が変わっただけで態度を良くする程度の人間なんて信用する気になれないとジルは思ってしまう。


「ハイネ様程見た目が整った方につり合うなんて、お世辞でも嬉しいですわ」


「いやいや、お世辞だなんてとんでもない! ハイネ様の美貌と遜色ない輝かしさです! さながら春の野原の妖精といったところでしょうか!?」


「まぁ」


 ジルが春の野原の妖精に似ているのかどうかは、実物を見た事がないのでよく分からないが、ハイネにも天使と言われたし、人外っぽいのかもしれない。


「バシリーさん、そろそろ本題をお伝えくださいませ。ジル様はもうそろそろ大学に出かける時間なのです」


「あっつぅ!!」


 マルゴットが事故を装ってバシリーの手にお茶をこぼす。身を乗り出して熱弁するバシリーを気持ち悪く感じたのだろう。そして手を抑えて悶絶するバシリーをゴミ虫を見るかの様な目で見下ろす。


「酷いですね、マルゴットさん。僕は近い将来貴女の上司になる男ですよ? 今貴女にされた嫌がらせの報復にいびり倒してしまいますからね!?」


「毎晩悪夢を見る気力があるなら、どうぞご勝手に……」


「な……、何をする気ですか!? ボ、ボキュは呪いなんて恐れない!」


 バシリーはマルゴットに手袋を投げつけたが、その手袋はマルゴットの身体に触れると何故か炎で包まれ、黒焦げになって床に落ちてしまった。「ヒィィィイイ!?」と叫ぶバシリーの声がワンワンと反響し、非常に騒々しい。


(見た目が整った人って、残念な人が多いのかしら……、見てる分には面白いのだけど)

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