予想外続き⑥
「ジル様何故こんな所に立ち止まっているのです?」
「あら? マルゴット今帰って来たの?」
夕食を食べ終わり、ハイネを見送ったジルは、自室に戻る前に離宮の図書室で本を幾つか借りた。部屋に戻るまで我慢できず、通路に設置されたランプ近くで立ち止まって本を読んでいたら、暗がりの中からマルゴットが現れ、少し驚く。
彼女は4日前にブラウベルク南西の村へと出発した。その目的はこの国の闇の組織野ばらの会の一員として魔女狩りを行った村人と協議する事で、6日程度かかるかもしれないと言われていたのだが、意外と早く帰って来られたようだ。
ただ、彼女の顔色は出発前よりも悪く、何があったんだろうとジルは心配になる。
「遅くなりました。今日ハイネ様がいらっしゃっていたらしいですね」
「ええ、そうよ。1時間ほど前に帰られたわ」
「帰って来る途中で、ハーターシュタイン公国との戦争が停戦になった事を聞きましたよ。ジル様の復讐を遂げる良い機会だったのに……」
マルゴットの言葉に、ジルは微妙な気分になった。
(漠然と復讐したいと思ってたけど、実際に殺し合いをイメージしてハーターシュタインの人間が死ぬことを考えると……、停戦した事を残念だと言い切れないのよね)
「しょうがないわ。想定外の事があったみたいだし……。ハイネ様には停戦が解除されるまでの間、ゆっくり休んでほしいわね。マルゴットはどうだったの? 魔女狩りについて解決出来そう?」
この話題についてあまり長く話す気分になれず、ジルは話題を変える事にした。
「いえ……。あの村で拘束されているのは、魔術とは無関係な少女だったんですが、村人にその事を説明しても聞く耳持たずでした。さらに、おかしな事をしたら殺すと、少女を盾に脅されて、村から叩き出されて……。飛び道具等も使われてしまうし……」
ジルはしょんぼりと項垂れるマルゴットの頭を撫でる。彼女の力を持ってすれば、小さな村等丸ごと呪ってしまえるのだろうが、魔術を使わなかったのは、村人に拘束されてしまっている少女がさらに不利な立場になる事を恐れたからなのかもしれない。
「私、ハイネ様に一度状況を伝えてみるわ。皇子の立場なら、止められるかもしれないから」
権力を笠に着る事はあまり良くないかもしれない。でも巻き込まれているのは何の悪さもしていない、力もない少女の様であるし、同様の事が今後続くと思えば、ハイネの耳に入れた方が良いだろう。こういう小さな村で起こる私刑的な事は国の上の方まで届いてない可能性があるから、伝える事はこの国全体にとって意味ある事の様に思える。
「ジル様……。私ジル様に仕えてて本当に良かったです。勝手な行動ばかりとってごめんなさい!」
「気にしなくても大丈夫よ。貴女は色々抱えているものがあるんだから」
彼女は悔し気に唇を噛んで、俯く。こんな彼女の姿を見るのは初めてでジルは戸惑ったが、心を許してくれるのは嬉しくもある。彼女の辛さをもっと分かってあげたいと思うけど、魔女ではないジルではマルゴットの悩みを理解しきれない。
『もう大丈夫』だというマルゴットと一緒に厨房に来て、二人で夜食の準備をする。昼から何も食べてないというマルゴットの食事に付き合うつもりなのだ。
自分に付き合う必要はないとマルゴットは遠慮したが、彼女と一緒に居る為に、ジルも食べたいと主張して、同じ空間に居座る。
「これだと私また太っちゃうわね」
「また太って、痩せたくなったら、私も微力ながら協力します」
カボチャのポタージュを火にかけ、かき混ぜるマルゴットはシレっと気になる事を口にする。その姿をジルは半眼で眺める。ジルのダイエットが短期間で成功したのは、彼女が術を使ったからなんじゃないだろうかと疑っているのだ。
「どうかしましたか?」
「何でもないわ」
彼女には何度かこの件を聞いているが、『ジル様の努力で痩せた』の一点張りなので、質問しても無駄になるだろうと質問する事をやめることにした。
テーブルの上にはフワリとパウダーがかかった白パンや、シャキシャキレタスのサラダ。先程マルゴットが温めていたポタージュが並ぶ。ジルはポタージュの中に生クリームを回し入れ、次にガラスの器に艶々の杏のコンポートを盛り付ける。
「この杏、もしかして裏庭の木に実っていたものですか?」
「そうよ。先程モリッツの収穫を手伝ったの」
「なるほど、美味しそうです。一番初めに食べちゃいますね。行儀悪いですが」
「誰も見てないから、気にしなくてもいいわ」
小さな声で「いただきます」を言い、コンポートを口にするマルゴットはニコリと微笑んだ。
「美味しいです!」
「この杏、凄く味がシッカリしてるわよね。モリッツの管理が上手いんだわ」
マルゴットと離れてた日数は僅かだったが、3日ぶりに凄く彼女との時間は、やっぱり大事だと感じられる。マルゴットの旅の話に、穏やかな気持ちで相槌を打つ。
「ねぇ、素朴な疑問なのだけど、どうして何の力も無い少女が魔女と決めつけられてしまったのかしら?」
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