予想外続き③

「……どいてもらっていいか?」


 ハイネは記憶の中の彼の性格とは少し違った反応を見せる。ジルから視線を反らし、頬を染める彼は、らしくもなく照れているかのようだ。

 違和感を感じはするものの、久しぶりの再会に嬉しくなる。


「ハイネ様、お戻りになっていたんですのね! ご無事な様で嬉しいですわ!」


「は? ……なんで俺の名前を知っている?」


「あら?」


 ハイネの様子がおかしい。ジルをジルだと認識していないようなのである。フリュセンに居た間に記憶喪失にでもなったのだろうか?


「私ジルですわ。忘れてしまいましたの?」


 少し寂しい気持ちで、笑みを浮かべると、ハイネの表情は唖然としたものとなる。


「ジルって、もしかしてジル・クライネルトなのか?」


 ハイネは以前彼がジルに与えてくれたセカンドネームでジルの名前を口にした。

 名前の記憶はあるようなので、ジルはホッとする。


「ええ、そうです」


「ええっ!? えええええええ!?」


 裏庭にハイネの大声が響く。


「変わりすぎだ!!」


 ハイネの驚き様に、ようやくジルは何故彼が自分を認識出来なかったのかに思い至った。


 ジルは減量に成功したのである。

 運動と食事等により、2ヵ月間で約25kg程体重が減った。

 体重が減るにしたがい、見た目も変わり、ジル自身時々鏡に映る自分の姿に違和感を感じるくらいだった。


 何となくだが、あまりにも早くダイエットが成功した事には、マルゴットが一枚噛んでいるような気がしている。


 ジルとしては、自分の見た目は多少改善したのではないかと思うのだが、視線を合わせようとしないハイネの様子を見ると、もしかすると悪化してしまったのだろうか?


「あの……? どうですか?」


「どうって、何が?」


「私、痩せて少しはキレイになりました?」


 ダイエットのキッカケになったのは、ハイネの言葉だ。ジルは勇気を振り絞って聞いてみることにした。


「き、綺麗と言うか……天使かと……。って、何を言わせるんだ!」


 顔を真っ赤に染め、変な挙動をするハイネ。本当に彼らしくない。


(ハイネ様としてもマシになったと思ってくれたみたい。努力してみて良かったわ)


「ゲホ……ゲホ……。えーと、ダイエット良く頑張ったな! 偉い偉い! それは置いておくとして、今日はアンタと話そうと思ってきたんだ」


 2分程で落ち着いたハイネは、ワザとらしく咳払いし、今日来た目的を口にした。


「あら、そうでしたの。うーん…。手伝いの途中でしたけど、やっぱりハイネ様を優先すべきなのかしら? 一度モリッツに作業状況を聞いてみますから、サロンで待っていてもらえます?」


「モリッツ? 庭師がそういう名前だったか……。夕飯はこっちで食ってくから、急がなくてもいい」


「はい!」


「おっと、その必要はないですぜ! 俺も身体が冷えて来たんで、ここまでにしときます」


 ジルが踵を返そうとすると、モリッツがちょうど薔薇のアーチをくぐって、こちらに向かってくるところだった。その手には杏が山盛りになった籠を持っている。

 何となくモリッツがジルを気遣って、早めに仕事を切り上げてくれた様な気がして、悪い様な気分になってくる。


「あら、そうなのね……」


「今日のデザートは杏を使った物を出してもらうように、料理長に話しておきますからね!」


「楽しみだわ!」


 モリッツの気遣いに素直に感謝する事にする。

 彼はカメリアの植え込み付近で立ち止まる2人に手を振りながら母屋の裏口の方に向かって行った。


「また太るんじゃないの?」


 すかさず嫌味を言うハイネの表情は、以前の様に憎たらしい。ようやく調子を取り戻してきたのかもしれない。


「ハイネ様は太った女性がお好きだから、このまま痩せておきますわ!」


「どういう意味だ! あ~、でもまぁ確かに、アンタ太ってた時の方が面白みがあった! 痩せたままのアンタにはだんだん興味無くなっていくかもなぁ! ハハハ!」


「酷いですわ!」


 ジルは口で怒っては見せたが、本心は逆だ。


(見た目だけじゃ判断しないって事なんですよね? ハイネ様)


 前を歩く真っ直ぐ伸びた背中に、ジルはコッソリ微笑む。


「まぁそんな事は些細な事だ。それよりも、アンタってブラウベルクとハーターシュタインとの戦況についてって、どの位聞いてる?」


 少し緩みかけていた思考が、ハイネの硬い声に現実に戻されてしまった。

 急な話題変更は少し苦手だ。


「えっと……、ブラウベルク帝国が優勢だとしか聞いておりませんわ」


「だろうな」


 ハイネが戻って来たという事は、勝利に近い状況だからではないのだろうか?

 ジルは後ろを振り返らないハイネの言葉が聞こえづらくて、小走りで彼の隣に並んだ。

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