入試と体形変化①

 大量の参考書を前に、ジルは頭を抱える。


「はぁ……、難しすぎるわ」


「頑張りましょう。今日は後一時間勉強すれば終わりですので」


 ハイネにトマトの種を買って貰った次の日から、離宮には家庭教師が訪れ、ジルは強制的に勉強させられている。


 大学院への編入の試験まで後1週間をきっているのだが、今までジルが学んできたものと、ブラウベルクの学問は大陸史が所々違っているし、理系科目は応用問題の難易度が高すぎるしで、ジルはかなり手こずっている。


 しかもそれだけではなく、朝と夕方にダイエットの為にウォーキングし、勉強の休憩時間に庭園の草むしりもしているので毎日が濃すぎる。


「でも、大学院に通うのは楽しみではありませんか? 誰に遠慮する事もなく植物学を学べますよ」


「そうよね! ハイネ様に言われた時は驚いたのだけど、だんだん楽しみになってきたわ。ハーターシュタイン公国では、女性が大学院に行くなんて珍しかったのに、帝国では普通の事みたい。私、だんだんこの国が好きになってきたかもしれない」


「ずっと住む事になるかもしれませんし、好きになるのは良い事だと思います」


「……そうね」


 マルゴットの言葉に、ジルは複雑な気持ちになる。


(やっぱりもうハーターシュタイン公国には帰れないのかしら……)


 実の所、ハーターシュタイン公国とブラウベルク帝国についての情報はずっと伝えられていない。


 たぶんジルの耳に入らない様にしているのだ。


 けれど、戦争というのは、ジルが背負うにはあまりにも重く、複雑で、探りを入れようにもどんな問い方をすべきなのか見当もつかない。この離宮の使用人達にしつこく質問しても不審に思われるだろうし、忙しい毎日の中、先延ばしにしてしまっている。


「そういえば、今日はハイネ様がいらっしゃるのですよね? 何か着たいドレスはありますか?」


「ハイネ様は別に私の姿を鑑賞しに来るわけじゃないから、今のドレスのままでいいと思うわ」


「そうですか? ジル様がそれでいいのなら……」

 市場で会ってから、一週間ぶりにハイネと会う事になるわけだが、変に気合を入れた姿を見せる必要はないだろう。ジルは普段使いの黒いワンピースドレスで会う事にした。


「ハイネ様が来るから、夕方のウォーキングに行けないわ」


「一日くらいなら、やらなくても問題ないと思います」


「そう? でも気になるから、明日2倍歩こうかしら」


「今までになく、ヤル気に満ちていますね!」


 マルゴットに指摘され、ギクリとする。

 ハイネにダイエットしろと言われたからというのもあるが、ジル自身が変わりたいと強く思うようになっていた。

 大公との結婚式の日、ジルの体型を見た群衆は、落胆していた。

 自国の象徴とも言える大公に嫁いで行く女性の姿に期待していたのだろう。

 あの日の事を思い出すと、多少でもまともに見えるようになりたいと感じずにはいられなかった。


(でも私、痩せて美しくなる保証なんてないのよね……、余計酷くなるかもしれないわ)


 ジルの母も父も、現在はかなり太っているものの、若い頃は美しい容姿だったらしい。

 だから一応望みはある……とジルは自分に言い聞かせている。



 18時きっかりに、離宮の使用人が図書室に入って来た。


「ジル様、ハイネ様がいらっしゃいました。ダイニングルームにおこしくださいませ」


「すぐに行くわ」


 ダイニングルームに通されると、長方形の大きなテーブルの一番奥にハイネが座っていた。

 燭台に照らされる彼の顔は少しばかり疲労感が滲み出ている。


「ハイネ様、久しぶりですわ」


「ああ」


「最近忙しいのですか?」


「まぁ、そこそこ」


「今日はどのようなご用件ですの?」


「アンタがさぼってないか確認しに来ただけだ」


「勉強もダイエットも頑張ってますわ」


「らしいな」


 ジルに会う前に、ハイネは誰かに様子を聞いていたのだろう。

 些細な言葉で彼の監視下に置かれているのだという事を自覚してしまう。


「失礼いたします。前菜をお持ちいたしました」


 扉を開けて入って来た使用人は優雅な仕草で礼をし、料理を運んできた。 


 前菜は、この国の名物のホワイトアスパラを主役にしたものだ。


(またホワイトアスパラだわ……)

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