市場にて⑥
「そうなのですね。でも、う~ん……。ダイエットは過去何度もしているのですけど、長続きしないのですわ」
「意識が低すぎるんだよ」
体質が悪いのか、食生活が悪いのか、ダイエットをしてみてもあまり効果が無く、一度体重が減ったとしてもリバウンドで、かえって太ってしまったりした。でも、本気を出してやったほうがいいのかもしれない。
太っているからと舐められたり、軽んじられたりするのは嫌気が差していた。
宮殿でハイネに言われた事を思い出す。
『アンタが普段から努力して社交界なりで自分の地位を固めておいていたら、実の父にも、夫にも利用されなかったんだよ』
(本当に……その通りなのよね)
社交界で存在感を示せなかったのは、美しい令嬢達の中に混ざるのが苦痛になり、足が遠のいたからだった。それが巡り巡ってこんな形で自分に降りかかってくるなんて想像もしていなかった。
(変わりたいわ)
自分の姿を好きになれたら、どこにでも臆する事なく出かけられるようになるかもしれない。今度は周囲とうまく付き合い、世の中の事をもっと知ろう。
変わった自分を見たハイネは、どう思うだろうか? もう緩んでるだの、意識が低いだのとは言われたくない。
彼を見返してやろうと、ジルは決意を固めた。
「なんだよ?」
ジルの視線を感じたのか、ハイネは顔を上げた。
「えっと……、マルゴットとバシリーさんどうしたのかと気になりましたの」
見返してやろう考えていたなどとは言うつもりはないので、ジルは他に気になってる事を口にした。
「さぁ? バシリーはアンタの侍女に危害を加えたりはしないだろうから、別に心配いらないけど」
「そうなのですか? ならいいのですが……」
マルゴットはしっかりした少女だし、バシリーを出し抜けたのではないかと思うが、モリッツは大丈夫なのだろうか? 2人で離宮に戻っている事を願うしかない。
「何が『いいのですが』だ。何もよくない。アンタと侍女は離宮を無断で脱走した罰として庭園の草むしりをしてもらうから」
「あ、はい! 喜んで!」
「そこは喜ぶところじゃないだろ」
「嬉しいですわ。だって庭いじりが好きなんですもの」
「それじゃ罰にならないんだけど……。何かアンタと話してると調子狂う」
「あら、申し訳ありません」
「だからさぁ……、まぁいいや。変な女」
ハイネのぶっきら棒な言い方にまた機嫌を損ねたかと思ったが、彼の表情は少しだけ楽しそうだ。その表情を見ているうちに、ジルはふとハイネをだいぶ付き合わせてしまっている事に思い至った。
「ハイネ様。何か用事があるようでしたら、私を置いて行ってくださいませ」
「女一人放置して行くわけないだろ……。あ! 勘違いするなよ。一緒に居た奴が攫われて内臓取り出された後の死体が見つかったら気分わるいだけだからな!」
「はぁ……」
ハイネは照れ隠しなのか、不穏な言葉を吐く。
こんな事を言われてしまえば、素直にお礼も言えない。
「ていうか今更な質問だけど、市場に何しに来たんだ?」
ハイネに質問され、ジルはギクリとする。植物を育てたくて、その苗を買いに来たなんて言ったら、余計な趣味を持つなと阻止されるかもしれない。
でも、少しだけハイネに自分が興味を持つ事を知ってもらいたいという謎の気持ちもある。
(植物の栽培に興味があるって言ったら、ハイネ様は馬鹿にするのかしら)
彼のガラス玉の様な目をジッと見つめると、「何だよ」と狼狽えられる。
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