第364話 思いつき


 少し離れたシンク台で向かいスープと付け合わせの準備をする。

後ろからはいちゃいちゃなオーラがビシビシ俺の背中に当たっている。


 っく、俺の体力がいつまでもつか……。


「天童君、そろそろキャベツがあふれそうなんだけど」


 振り返ると山のようにキャベツの千切りができている。


「ずいぶん切ったんだな。ちょっと多いかな?」

「大丈夫、きっと全部なくなるよ。しっかり食べて、体力を回復しないとね」


 スマイル遠藤、さすがです。

その隣では井上さんが真剣な表情でキャベツを切っている。

そして、視線をキャベツから俺の方に移してきた。


「ところで、天童君さ」

「ん?」

「杏里さんと結構付き合って長いよね?」

「んー、それなり?」

「休みの日とか、何してるの?」


 手元を見ないでキャベツを切る井上さん。

しかもきれいに切れている。なにこの人たち。


「特に何って言われてもな。街に行ったり、映画見たりとか?」

「そっか……。拓海とは二人でいる事多いけど、結構運動していることが多くさ」

「そうだね。でも、運動はいいことだよ。部屋にこもっていたら、ああなる」


 遠藤の向けた視線の先。

そこには目の下に黒い熊さんを二匹飼っている高山の姿がみえた。


「か、顔色悪いぞ?」

「そうでもないぜ! まだまだいけるって」


 覇気のない声。なんか、今にも天国に旅立ちそうな感じだ。


「チェック終わったのか?」

「おう、終わったぜ! 年内には終わらせたい──」


 高山はそのまま言葉を発することなく、膝から床に崩れていった。


「た、高山! たぁかぁやぁまぁぁぁ!」

「ぐごぉぉぉぉぉぉぉ」


 いびきだ。


「高山、安らかに眠れ……、そしてあとは任せろ!」

「天童君……。そこまで高山君の事をっ」


 遠藤がうっすらと涙を浮かべる。


「残りの作業は遠藤がガッツで終わらせる! だから、いまはゆっくりと寝てくれ……」

 

 高山を引きずり、ソファーに転がす。


「ちょっと、詰めすぎたかな?」


 こっちでも熊さんを飼っている杉本さん。

今、この下宿には何匹の熊が住んでいるのだろうか。

しかし、この二人は似たもの夫婦ですな。


「杉本さんは平気?」

「みんなのおかげで何とか。今回は年内に終わらせて発送しないと間に合わないの。ごめんね」

「遠藤も井上さんもいるし、何とかなるって。あとは、休憩時間に真奈と杏里、良君も作業できるんだよね?」

「うん、弟もある程度できるから大丈夫。せっかく連れてきたのに、ずっと真奈ちゃんのところにばっかり……」


 きっと、良君はわかっているんだ。

どっちが天国でどっちが地獄なのかを。


「さ、遠藤達が切ってくれたキャベツでお好み焼きを焼き始めようか」

「「おー」」


 みんな大好きなお好み焼き。

大きいどんぶりに一人前のネタを作り、フライパンを二つ、ホットプレートもテーブルに出して焼き始める。

思ったよりも焼き終えるのに時間がかかるかな?


 しばらく焼くとだんだんといい匂いがしてきた。

もう少しかな? そろそろ一枚目が焼けそうなとき、二階から足音が聞こえ始めた。


「司兄ぃ! おなかすいた! 一枚プリーズ!」

「すまんな、まだ焼けないんだ」

「そ、そんなあぁぁぁ!」


 うっすらと涙を浮かべる真奈。

ごめんな、焼く枚数が多いんだ!


 ……よく考えたら下宿ってこんな感じなのか?

今いるみんながずっとここにいたら、疑似的下宿運営っぽくなるんじゃ?

俺は口角を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべる。


 

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