第326話 二人の時間


 おにぎりを両手に持たされ、真奈はフォークに刺さったタコサンウィンナーで追撃準備中。

いや、良君がかわいそうだよ? 自分のペースで食べさせてあげてよ。


 しかし、真奈もさっきから笑顔で良君の口に次から次に何かを運んでいる。

まるで親鳥だ。


「んぐっ。ね、姉さん、もしかしてこの夏に手伝ってもらった友達って……」


「そうだよ、天童さんと姫川さん。そして、この冬はさらに二人追加の予定」


「そうなんだ! 良かった……。これで僕はもう手伝わなくていいんだね?」


「うーん、そうなるかな? 遠藤さんと井上さんもきっと手伝ってくれると思うから」


 杉本の目が怪しく光っている。

え? なに? 冬? ま、まさか……。


「天童さん? ちょっとお願いが……」


 杉本が俺を見つめてくる。

ちょっと待って! 遠藤達は俺と杏里が一緒に住んでいるって知らないんですよ?


「杉本さん、その話はまた今度で……」


「よろしくお願いします! やったねっ」


 いや、なに決定してるんですか?

そもそも遠藤達に何も話していませんよね!


 杉本のお弁当をがっつく高山。

二人で仲良くお茶を飲んでいる真奈と良君。

遠藤と井上もさっきから寄り添うように座っており、何だかいい雰囲気だ。


「司君、ほっぺに着いている」


 杏里の手が俺の頬に着いた米を取る。

そして、そのまま自分の口に運んだ。


 一瞬訪れる沈黙。

だが、俺はもう動揺しない。

少しだけ大人になったのだ。


「さんきゅー」


「いえいえ」


 杏里もこの位では動揺しない。

微笑みながら俺を見てくれる。

だって、俺達は恋人同士なんですもの!


「杏里姉も結構素でするんだね」


「そう?」


「うん……。ちょっと見ている方が恥ずかしいかも……」


 そんな秋風が吹く中、俺達は動物園を楽しむ。

たまにはこんなゆっくりした時間を過ごしてもいいだろ?


「よっしゃ! 食べたぜ! 次はどうする?」


「折角だから夕方までみんなで見て回るか? どこかの誰かは走って全部見たらしいけど」


「わ、私は走ってないよ! 少しだけ早歩きだっただけだし!」


「優衣はどうする? みんなで行こうか?」


「そうだね、折角だからみんなで行こうかな」


 おやおや、お二人さん。

私は別行動でもいいんですよ?


 こうして俺達はみんなで園内を見て回った。


――


 気が付けは日も傾き、真奈の帰宅時間を考えればそろそろ帰る時間だ。


「そろそろ帰るか? 日も傾いてきたし」


「だな、最後にみんなであれに乗ろーぜ!」


 高山の指さす方には観覧車が。

園内にある遊園施設。お決まりだけど、俺も観覧車に乗ってみたい。


「じゃぁ、みんなで乗ろうか」


 杏里も乗る気満々、目が輝いている。

団体で入り口に移動。思ったよりも空いており、すぐに乗のれそうだ。

よし、ここは少し気をきかせるか。


「俺、杏里と二人で乗る! 高山も遠藤も二人で乗りたいよね?」


 男二人、きっと俺の意思を感じ取ってくれるはず。

アイコンタクトで二人にメッセージを送る。

俺の意思を感じ取ったのか、高山はウィンクで答える。

遠藤も気が付き、笑顔で歯を輝かせた。


 ……。

自分でしておいて思うのも何だかなーと思ってしまう。


「えー。じゃぁ、私は良君と二人で乗るのー」


 口では文句を言っているが、顔が喜んでいる。

俺は真奈の心も読めるんですよ?


「司君と二人で観覧車……」


 杏里の手をとり、早速入り口に移動した。

ちょっとだけドキドキする。


「杏里、手」


 先に中へ入り、杏里の手を握って中に引きこむ。


「よいしょっとっ。ありがとう」


「では、行ってらっしゃい!」


 スタッフの人がロックをかける。

この瞬間から杏里と二人っきりの空間。

向かいに座った杏里が外を眺めており、観覧車はだんだん高くなっていく。


「司君、高いよ!」


「本当だ、象もキリンも小さいなー」


「ほら、あれ見て!」


「どれどれ」


 杏里の隣に移動し、指さす方向を見てみる。

遠くに見える街並み。もしかしたら俺達の学校も見えるのかな?


「人も小さく見えるね」


「そうだな、まるで……」


 っと、このセリフはやめておこう。


「この動物園でも、こんなにたくさんの人が来ているんだね」


「今日は天気もいいし、来場者は多いかもな」


 観覧車が一番高い場所にゆっくりと移動している。

遠くの山に太陽が差し掛かっており、夕日の光が杏里を包み込む。


「この沢山の人がいる中で、私と司君は出会ったんだね」


「だな。俺は杏里に出会えて良かったよ」


「私も、司君に出会えて良かった。ありがとう」


 観覧車が一番上に到着し、俺と杏里だけの世界になる。

夕日に照らされた杏里の顔を見つめ、そっと肩を抱き、唇を重ねる。


 いまこの瞬間だけは俺と杏里の世界。

他の誰にも見られることなく、俺と杏里の世界になる。


「また、みんなで遊びに来たいね」


「みんなでもいいけど、今度は二人っきりでデートしたいな」


「二人でデートもいいね。私イルカショーが見たい」


「よし、今度は水族館にでも行くか!」


「うんっ」


 杏里と一緒に過ごし、デートして、ご飯食べて、学校に行く。

学校で仲間と一緒に過ごし、それぞれの夢に向かって進む。


 杏里の夢、俺の夢、みんなの夢。

その夢を叶えるためにも、今を生きる。


 今しか来ない、この時間。

その時間の中で俺は好きな彼女と共にその時を過ごす。


 それがきっと、俺にとって一番の幸せなんだな。

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