第55話 お昼の約束
いつもより早い時間の学校。
普段通りの時間であれば登校する生徒で溢れている正門も、この時間は静寂に包まれている。
俺達は何事もなく、下駄箱に行きそのまま自分たちの教室に行く。教室に入った瞬間、信じられない光景が俺の目に入ってきた。
まだ早い時間、誰もいないと思った教室にすでに人がいる。
しかも、机にノートやら教科書やらを出し、勉強しているのだ。これが、普段勉強している奴なら何でもない、いつもの風景だ。
だが、ノートを開いているのは高山だ。
昨日、深夜にメッセを送って来たがすでに教室にいる。俺は思わず後ろにいた姫川に目線を移し、アイコンタクトで教室に誰かいることを告げる。
姫川は俺の脇からこっそり教室を覗き、俺と同じようにびっくりした顔になる。
あ、俺と同じだ。やっぱ高山に、朝から勉強をするイメージとかないですよね。
すると姫川は俺の脇をすり抜け、そのまま真っ直ぐ高山の方に歩いて行ってしまった。
俺も自分の席が高山の前なので、必然的に姫川の後を追うようになる。
「高山さん。おはようございます。朝から勉強ですか?」
ノートから目を離し、顔を上げる高山。
その顔はハトが豆鉄砲をくらった顔だろう。
思わす笑いそうになってしまった。
「ひ、姫川さん! お、おはようごじゃいます! はい、この高山、朝から勉学に励んでおります!」
言葉使いが変だぞ高山。まだ寝ているのか?
俺は二人の会話を聞きながら自分の席に座り、カバンから教科書やノートを取り出し、机に突っ込む。
「そう。頑張ってくださいね。あと、今日のお昼に少し時間を貰えるかしら? 映画の件でお話ししたい事がありますので」
「はい! 分かりました! お昼をご一緒できるのですね! ありがとうございますっ」
姫川が俺の方をちらっと見る。
え、俺に振るの? ここで俺が何か言ったら変じゃないか?
「えっと、それは俺も参加するのか?」
高山の表情は晴天から曇りのような陰ったように切り替わり、俺の方を見てくる。
もしかして高山は、姫川と二人でお昼したかったのか?
「そうですね。映画に誘った子も一緒に連れて行くので、屋上で少し話しましょうか」
「分かりました! お昼持参のうえ、屋上で待機しております! 天童もわかったな! ダッシュだぞ、ダッシュ!」
一気にテンションが高くなった高山。浮き沈みの激しい奴だ。
昼の予定が決まり、姫川は早々に自分の席に行ってしまった。
姫川の背中を高山がずっと眺めている。
「やっぱいいよな……。俺、声かけられちゃった。しかも、お昼を一緒にだってさぁぁ!」
やばい。高山のテンションが限界突破しそうだ。
このままホームルームに突入してもいいのか? まぁいいか、高山だし。
徐々に教室は生徒で埋まってくる。
俺が普段登校する時間にはまだ早い。こんな時間でも結構来るんだな。
「ちょっと保健室行ってくる。ホームルームまでに戻るよ」
「どうしたんだ天童。具合でも悪いのか?」
「いや、指をちょっとな」
高山に指を見せる。昨日ちょっとだけ怪我した指だ。
昨日よりは痛みが無いが、念のため保健の先生に診てもらおう。
「痛いのか? 湿布貼ったか?」
「少し痛い位だな。湿布は貼ってある」
高山はまじまじと俺の指を見てくる。
なんだ? そんなに気になるのか? もしかして、心配してくれているのか?
なんだ、思った通りいい奴じゃないか。
「このハンカチ、女物か? 天童が持つにしては随分……」
チクショー、俺の勘違い!
「じゃ、保健室行ってくるな」
教室を出ようとした時、姫川と目線が合う。
俺は心の中で『心配すんな。あと、ついてくるなよ』と伝える。
うまく伝わっただろうか?
――ガララララ
「すんませーん」
保健室の戸を開けると、ツンと少し消毒液の匂いが鼻をつく。
「んー、どうした朝から」
奥から白衣を着た保健の先生が俺の方に歩み寄ってきた。先生のこの姿は生徒の間でも話題に出るくらい、とてもでかい。こっちに歩み寄ってくる間も揺れてる。
「えっと、昨日指をちょっとやっちゃって」
「どれ、見せて」
互いに椅子に座って、先生は俺の指にまかれたハンカチを取り、湿布をはがす。
俺の指をまじまじ見ながら触ったり、揉んだり、伸ばしたり。
そして、白衣の隙間がらパンパンになったシャツが見える。
今にも飛んでいきそうなボタン。シャツのサイズ、合っていないのでは?
「ここ痛い?」
「少しだけ痛いです」
「これは?」
「痛い!」
先生は席を立ち、何かを持ってきた。
「じゃ、ちょっと痛いけど我慢してねー。それ」
んぎゃ! ちょっと痛いですよ!
先に言われていたけど、思ったより痛いじゃないですか!
指を引っ張ったり、曲げたり、ぐりぐりしている。
あぁ、普段そんな方向には曲げないですよー。
「まー、こんなもんかな。テーピングしておくから、放課後にまた来て」
「わ、わかりました……。ありがとうございました」
――
教室に戻るとほぼ生徒全員がそろっている。
そろそろ担任が来る時間だ。
不思議な事に指の痛みが結構引いている。
流石保健の先生。いい仕事してますね!
「指、治ったのか?」
「そんな早く治らないだろ。放課後にもう一度来いだって。でも痛みは結構引いた」
「熊さん、腕はいいからなー。運動部でも結構評判良いらしいぜ」
熊さん。保険室にいる先生のあだ名。
熊のような顔つきに髭もじゃ。そしてタポタポのお腹。歩くとその肉が揺れる。
いつもピッチリとしたシャツを着ている為、ボタンがいつでも悲鳴を上げている。
しかし、その見た目に反して、とても話しやすいし腕もいい。
良く生徒が悩みを相談する為、ちょくちょく熊さんの保健室に出入りしているとも聞いたことがある。結構人気のある先生なのだ。
――ガララララ
「おーい、全員揃っているなー! ホームルーム始めるぞー」
担任の先生が大きな声で叫ぶ。
今日も俺の学校生活が始まる。昼に何事も起きなければいいのだが……。
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