第11話 呼び名


 朝食も何事もなく(?)終わり、食器を下げる。

俺は、下げた食器を洗いながら、姫川に話しかける。


「姫川の家ってどこにあるんだ? 遠いのか?」


 今日はこの後、荷物を取りに行く予定だ。

姫川の家がどこにあるのか俺には分からない。


「ツインタワーっていえば分りますか?」


 ツインタワーと言えば、学校がある市内にそびえたつ超有名なマンションである。

野球選手や政治家など、結構有名な方々が住んでいる超高層マンションだ。

流石社長令嬢。勝手にどこかの豪邸にでも住んでいると思ったが、まさかツインタワーだったとは。


「知っている。あそこに住んでいるのか? 最上階とか、見晴いいんだろうなー」


 洗い物をしながら話している俺の隣に姫川がやってくる。

腕をまくり、布巾片手に洗い上がった食器を拭き始める。


「手伝ってもいいですよね?」


 隣に来た姫川は洗い上がった食器を拭き始める。

隣にいる姫川は馴れた手つきで次々に食器を拭いていく。


「馴れているんだな」


「自宅では、洗い物は自分でしていましたから」


 少しさみしそうに話す姫川は、自宅の事を思い出しているのだろうか。


「手伝ってくれて助かるよ。サンキュな」


 俺の方を見ながら姫川は少し微笑む。


「何でも言ってくださいね」


 そうだな、これから少しずつ一緒に何かしていこうか。

俺も、結構一人の時間が多かったから、練習になるだろう。

俺もいつか社会人なり、人と接することが多くなる。今のうちに少し、人と関わる練習を多少なりしていた方がいいだろう。

これは俺の都合で、姫川の為ではない。


「天童さんの事、これから何と呼べばいいですか? 管理人さんとでも呼んだ方がいいですか?」


「いや、別に呼び名なんてなんでもいいさ。好きに呼んでくれ」


「じゃぁ、天童君でいいですかね? 私達、もう知らない仲では無いですから」


 今まで全く関係の無かった俺達だが、変な事で学校以外でも関係を持ってしまった。

ただの住人と管理人の立場だが、ただのクラスメイトではなくなってしまった。

遅かれ早かれ、姫川はここを出ていくだろう。それまでの短い期間だ、問題にはならないだろう。


「あぁ、それでいい。ただ、学校では今まで通りな」


 キョトンとした姫川は、手を止め、俺の方を見る。


「学校では特に関わらないと?」


「あぁ、そうだ。休み明けに急に学校で話すようになったら周囲が変な目で見るだろ? 姫川だってみんなから変な目で見られたくないだろ?」


 何より、そんな目で見られるのは俺の方だ。絶対に変な噂になるし、好奇心あふれる女生徒が質問してくるに決まっている。

そんな面倒な事に巻き込まれたくはない。

少しさみしそうに皿を拭き始めた姫川は俺から目線を外す。


「そうですね。それがいいかもしれませんね……」


 それから、無言で互いに作業を行い、互いに出かける準備を始める。




――


「おーい、準備終わったか?」


「今行きます!」


 階段の上から聞こえる姫川の声。

タッタッタと勢いよく階段を下りてくる姫川の腕には昨日使っていた大きなボストンバッグがある。


「ちょっと出かける前に、説明だけしておくな」


 俺は玄関に手荷物を置き、この家について姫川に説明をする。

一階には玄関と少し広めのホールがある。

そして、玄関の右手は管理人の私室、リビング、ダイニングキッチン。

ホール正面は階段があり、二階の住人用の廊下に繋がっている。

ホール左手には洗面所、洗濯室、風呂場があり、洗濯室には二台の洗濯機がある。


 二階の部屋はいくつかあるが、そのうち一室は開かずの間。

ようは、物置になっており、以前住んでいた住人のいらなくなった家具や家電、その他色々なものが詰め込まれている。

この開かずの間にある物は、自由に使っていい事と、洗濯機も自由に使っていい事を姫川に伝える。


「まぁ、こんな感じだ。鍵はそれぞれ部屋ごとに違うからなくすなよ。一応マスターキーはあるが、無くしたらシリンダーごと交換でけっこう費用が掛かる」


「大丈夫です。こう見えても物の管理はしっかりとしています」


「あと、洗濯は自分で適当にしてくれ。俺の洗濯物と一緒には洗いたくないだろ?」


「そ、そうですね。お気遣いありがとうございます」


 二階に上がり、姫川に案内した部屋の隣の部屋に入る。

作りは対称になっているが、ほとんど同じようなつくりになっている。


 部屋はロフトになっており、寝る部分の下はクローゼット兼押入れになっている。

押入れには部屋で使っていた布団やカーペット、クッションなどを圧縮袋に入れているので、開封すればすぐに使える。

その他、机が固定で設置されており、椅子もセットになっている。

窓も開けられるようになっており、陽の光が部屋に入るようになっている。


「案内した部屋は好きに使ってくれ。どの部屋も同じつくりだし、テレビとかの配線も来ているから。あと、無線のパスワードとかは冷蔵庫に貼っているので、あとで適当に設定してくれ」


「結構古いお家だと思いましたが、設備はしっかりしているんですね」


「まぁな。ちょっと前まで誰かしら住んでいたからな」


 たわいもない会話をしながら、俺達は玄関に戻り、自宅を後にする。

姫川の自宅に向かい、いざ出発。


 二人で駅に向かって歩きながら商店街を通り抜ける。

時間は午前九時ちょっと過ぎ、開店準備をしている商店街は静かで、これから出かける人たちが少し駅に向かって歩いて行くのが見える。


「普段はこの商店街で買い物をしているんですか?」


「そうだな。食材とか身の回り品とか、近場で済ませる時はこの辺で全部賄っているな」


 魚、肉、野菜、果物、日用雑貨など、大体この商店街で済ませることができる。

この肉屋のメンチカツが絶品なんだ。今日はここのメンチにしようか……。


 俺の隣を歩いている姫川は興味を持ったのか、目線を左右に、首も左右に振れながらゆっくりと駅に向かって歩いて行く。

そんなきょろきょろしたら危ないだろ? と思いつつ、今までの生活と異なった新しい生活が始まる。

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