第58話

 2度の攻勢を退けられながらも、3日目にて動いてきたシャルンホルスト率いるローリタニア王国軍。

 隣の戦場にて開戦よりの2日間一切動かなかったディスディネア王国軍が動いてきたことから、それを偶然ではなく足並みをそろえた国家の枠を越え連合軍として連携する動きであることを天性の感覚によって嗅ぎ取ったヴァナルドフは、あえてディスディネア軍と対峙しているウリヤノフ・シュガヴァルノクツ率いる軍勢に動かないように要請を出していた。


 劣る兵力でローリタニア軍の迎撃に出れば、足並みを揃えようとする軍勢ならばディスディネア軍が機を見て出撃したヴァナルドフの側面を狙いに動く。

 その時こそ、シュガヴァルノクツの率いる軍勢の出番である。


 側面を討ちに動けば、それはディスディネア軍もまた相対する大帝国軍に対して側面を晒すということ。

 ディスディネア軍は森の獣を軍に組み込んでいる特殊な編成をしており、象や犬、猿(この世界における猿は人間の一種のような存在)などが存在している。

 彼らの特徴は正面からの白兵戦において人間をはるかに上回る膂力や体力を持つことから強力な戦闘力を持つものの、獣の知性のため側面から攻められた場合などの変化する戦況に対する即応力に欠けるという致命的な欠陥がある。

 たとえ獣といえども、方向転換の効かない鈍足な戦象やまともな言語を操れない戦猿部隊などは側面に対する攻撃に非常に脆いのである。

 ヴァナルドフを討ち取るべく勇んで襲いかかったところに、鉄砲隊による銃撃を横腹に受ければ忽ち大混乱となり、そこに1万5千からなるシュガヴァルノクツ隊の攻撃を受ければたちまち混乱に陥るだろう。


 当然、ディスディネア側もそういった弱点を理解しているので、シュガヴァルノクツの軍を警戒して動かないかもしれない。


 動かなければ結構。ローリタニア軍をそのまま迎撃、撃滅すればいい。

 そうなればまざまざ前に出てきたディスディネア軍が側面と前面に敵を抱えるという状況となり、戦況は覆ることとなる。


 素早く戦場の流れを読み解き思い描く嵐の姿を作るために動き出したヴァナルドフは、まずはローリタニア軍を粉砕するべく戦闘を開始した。


 ぶつかったローリタニア軍に対して、あえて騎馬隊を後衛に下げて歩兵を前面に立てる。

 数的劣勢でありながら突破力と速力に優れる騎馬隊の優位性を殺し、包囲されるような形を作った。


 しかしその戦列は包囲に対抗するように一見すると半円を描くような形としながら、細かく見れば波打つような形を作らせた。

 大局を見ればローリタニア軍側が包囲しているが、戦列を細かく見ればヴァナルドフ軍側が包囲している戦場を無数に作り、通常ならば圧力に押されて潰されるような形を取らせながらも崩壊せず逆にローリタニア軍側に甚大な被害を発生させる戦列を作りあげた。


 後方から大雑把な形で軍勢を指揮する将軍では、細かい戦列の形を見抜くことはできない。

 ヴァナルドフが短時間で作った包囲しているのに見えない包囲を受けるという特殊な戦列に誘い込まれたローリタニア軍は、数の優勢と自分達が包囲しているという錯覚に囚われ被害を拡大させる戦い方を続けた。


 こうして戦力を削り、疲弊したところに温存した騎馬隊を突撃させてローリタニア軍の戦列を切り裂く。

 消耗したローリタニア軍に、騎馬隊の攻撃を受け切れるはずはない。

 効果的な反撃ができず間隙が空きまくり小部隊に引き裂かれたところを残る戦力を持って各個撃破していけばいい。


 後はディスディネア軍がどう動いても後の祭り。

 機動力と突破力に優れる騎馬隊が引き裂いたローリタニアの戦列を壊滅させる方が早い。


 ヴァナルドフの作り上げた戦場の嵐は、まさに彼の思い描いた通りにながれていた。


 ……はずだった。


 ヴァナルドフにとって想定外の事態は、戦局は決したがまだローリタニア軍を殲滅しきれていない段階においてこの戦場めがけて大帝国軍が総攻撃を仕掛けるべく集まってきたことだった。


 その陣容は、ベルドギットに指揮を任せて砦に残してきた部隊と、シュガヴァルノクツの率いる軍勢、そして戦場の中央にてバチェノピア軍と対峙していたはずのアレクシス・ウラーゲリが先日まで率いていた軍勢だった。


「何故だベルドギット……!?」


 ローリタニア軍を殲滅するためにこの戦場に向かって走ってくる多数の友軍。

 それを見て、これまで冷静に戦場の流れを見抜いて嵐の風向きを操ってきたヴァナルドフは、その流れが大きく狂う事態に困惑と動揺を見せた。


 ヴァナルドフが作った嵐の流れを崩す事になる要因は、ディスディネア軍を孤立させるかもしくは動く前にシュガヴァルノクツの軍勢が動くことであり、その中で最も悪手となるのがディスディネア軍が最大の力を発揮する正面からの白兵戦を仕掛けられる進行方向に対して横腹を見せる機動を行うことだった。


 そして、ローリタニア軍を殲滅するべく動いてきたシュガヴァルノクツ軍の動きは、まさにローリタニア軍を助けようかそれとも動かないべきかを迷っていただろうディスディネア軍に対して横腹を見せつける動きだったのだ。


 当然、森で獣と生きているようなディスディネア、その中でも大王から絶大な信頼を受けてこの戦場に王国軍を率いてきたディスディネア軍の将帥がその絶好の獲物を見逃すはずがない。


「勝機を得たり!おお、祖霊の血を継ぐ戦士達よ!悪魔の悲鳴を、苦痛を、絶望を、臓物を、惨劇を!天より見守りたまう祖霊へ捧げ給え!突撃せよ!」


 間に合わないローリタニア軍の救援に即座に動かず、軍の方向を変えていなかったディスディネア軍は、ローリタニア軍に向けて進撃し側面を無防備にさらすシュガヴァルノクツ率いる大帝国軍に対し、突撃を開始した。


 戦象や戦猿を先頭に、森の獣達が作る群れがシュガヴァルノクツ軍に襲いかかる。


「構うな!元帥閣下の命令を遂行せよ!鉄砲隊で牽制しつつ、主力はこのままローリタニア軍の殲滅を行う!」


 ディスディネア軍が動いても、シュガヴァルノクツは陸軍元帥から出されたローリタニア王国軍を殲滅せよという命令の遂行を優先しようとする。

 鉄砲隊の一部を回して牽制射撃を行い側面を防御しようとした。


 だが、弱卒のサントマリノ軍の兵士ならばともかく、こと正面戦闘においては動物の力を借りるからこそ人間にはできないほどの破壊力を発揮するディスディネア軍が相手である。

 多少の怪我ならば気にもせずに荒れ狂う狂戦士たる戦猿部隊や、鉄砲の鉛玉さえも肉で止めて貫くことを許さない分厚い表皮を持つ戦象の突撃を止めることなどできない。


「だ、だめだ止まらない!」


 運悪く致命傷になる所へ銃弾を受けて倒れた数名の戦士達という小さな被害を出しただけで、その足を止めることはできずディスディネア軍の突撃を許すこととなった。


「うわあああ!?」

「化け物め––––ぎゃあああ!?」


 距離を詰めた獣の牙を前にすれば、屈強なドラウグル大帝国陸軍の兵士であっても無力。

 戦象や戦猿に蹴散らされ、シュガヴァルノクツ率いる軍勢は一気に崩壊に追い込まれた。


 そして、予定外の友軍の到来により起こった混乱でローリタニア軍の各個撃破が失敗した上に、ディスディネア軍の攻撃により逆に側面に大きな脅威ができたヴァナルドフ軍もまた、それまでの優勢な戦況が一転し危険な状況となっている。

 ディスディネア軍によりシュガヴァルノクツ率いる軍勢はいいように蹴散らされており、さらにはヴァナルドフ軍に狙いを定めた一部のディスディネア軍がこちらに散発的な攻撃を仕掛けてきていた。


「コバロティスは騎馬隊を率いてディスディネア軍の後方に回れ!戦象の正面には決して立つな、側面から矢と投槍で攻撃し乗り手を落とせ!乱戦では誤射と混乱の元となる、鉄砲隊は騎馬隊の開けた穴から一旦離脱しろ!スルニチワフは歩兵隊で戦列を組み、長槍でこちらに流れるディスディネア軍を弾け!」


 その戦況に対し、ヴァナルドフはすぐに指示を飛ばす。

 完全な乱戦となる前に白兵戦の邪魔となり混乱と誤射を招くこととなる鉄砲隊を戦線から離脱させ、コバロティス率いる騎馬隊にはローリタニア軍の殲滅を中止させディスディネア軍の後背に回り込むよう指示を出す。

 そしてこちらに目標を切り替えた戦猿部隊を先頭とする一部のディスディネア軍に対しては、スルニチワフの率いる歩兵隊の戦列を作らせ距離を詰めさせないように長槍による牽制を行わせた。


 戦象部隊を相手にする場合、正面に立つのが1番やってはいけない自殺行為となる。

 軍馬を遥かに上回る高所から放たれる騎手の矢と、象の振り回す鼻や脚の餌食になるだけだからだ。


 そのためヴァナルドフは戦象の前面には立たずに、側面などに回り騎手に対して弓矢や投槍によって攻撃するように指示を出す。


 戦象は強力だが、速度は遅く細かな方向転換が効かないという弱点がある。進行方向から逃れて、背後や横から攻めるのが正解の対応である。

 それに、騎手を失えばそれこそもはや明後日の方向に走り去るだけのただの獣。銃弾でも死なないような巨大な獣など、まともに相手にするよりも指示を出す敵兵を始末する方が簡単なのだ。


 シュガヴァルノクツ隊が犠牲となったが、その間に迎撃のための指示を回すことができたヴァナルドフ軍がディスディネア軍を迎え撃つべく体制を整える。


 もはや組織的な戦闘が困難となり脅威ではなくなったローリタニア軍よりも、ディスディネア軍の方がよほど大きな脅威なのは火を見るよりも明らかなこと。


「ベルドギットとウラーゲリ––––は、そういえば解任されたか。向こうの軍の指揮官にも伝令を出せ。陸軍大将の権限により、三軍の指揮権を預かる。以後は指示に従いディスディネア軍の迎撃に参加するようにと」


 崩壊したシュガヴァルノクツ隊はもはや見捨てるしかないが、ベルドギットの部隊と何故かこの戦場に来た対バチェノピア軍はまだ軍として機能している。

 これら三軍をまとめてディスディネア軍を駆逐するべく伝令を飛ばすようにヴァナルドフが指示を出す。


 だがその伝令が走り、この状況からディスディネア軍に勝つための嵐の流れを読み解こうとしたヴァナルドフの元に、別の部隊––––ウラーゲリに代わり対バチェノピア軍を直接指揮していた大帝国陸軍の総司令官である陸軍元帥デュルカンからの伝令が走ってきた。


「陸軍元帥デュルカン・イハイル・ファイゼナッハより、陸軍大将ヴァナルドフへ!全力を持ってローリタニア軍を殲滅するべく、ディスディネア軍後方の騎馬隊を含めた全軍にローリタニア軍本陣への突撃を命令する!」


「……何?」


 陸軍元帥からの伝令に、ヴァナルドフは読み解けそうだった嵐の流れが頭から抜け落ちそうになる衝撃を受ける。


 その命令は、ディスディネア軍を無視してローリタニア軍に対し総攻撃を敢行しろというものだった。

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