第2話

 むずかしいことを言う時の彼はいつも微笑ほほえみをたたえていて、彼女はいつも見惚みほれる。

 彼の考えていることは手に取れないけれども、となりに居る自分へ向けられた言葉だと思うと気持ちはちる。

 そして、その後の自身の返事に、いつも彼女は落胆らくたんれる。


 返事をくれた彼女をいとおしみながら、彼は静かにブラックのブレンドコーヒーをすすった。

 彼女の言葉なら、彼はなんだってうれしい。


 デートの合間あいまにいつも寄る喫茶きっさ店でのひと時が、彼女は彼と過ごす時間の中で一番好きだ。

 彼がかもし出す独特どくとくな時間の流れを一番感じやすく、彼女はそれに身をゆだねている心地ここちでふんわりと自分をつつむ。

 ここでアフォガートを食べる時、おぼぎないように、少しずつエスプレッソをかけていくのに、結局甘くとろんとしてしまい、最後まで食べられない。いくら彼女が甘党あまとうとはいえ、飲むのには甘過あますぎた。すくって少しずつ口に運ぶが、いつもあきらめる。


 彼はいつも彼の持つ言葉だけをつむいで彼女をいとおしく見つめる。

 さっしづらいだろう言葉で彼女に気持ちをげかけても、彼女はきちんといてくれていて、こたえてくれる。

 それが如何いかに彼にとってしあわせなことか、彼女は知らないかもしれない。

 単純な言葉が彼の胸に心地ここち良さを運ぶ。


 彼女は単純たんじゅんに生きることを好む。単純たんじゅんに彼が好きだと思ったからとなりに居て、彼の時の流れに身をまかせる。

 けれども、いつも落胆らくたんは付いて回る。彼が本当に欲しい言葉で彼にこたえられない自分に、最後はれる。

 本当に彼のとなりに自分の居場所があるのかなやみ続けて随分ずいぶんつが、答えが見つからなければ、まない不安がこわくなってきた。


 この喫茶きっさ店に居る間は、そんなことを感じずにうっとりとごせる。となりに居てほしいと彼女に言った彼のとなりに自分が居るというやわらかな感触かんしょくだけをることが出来る。

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