39 チップ社会の恐怖
22世紀に突入し、人類は脳にチップを埋め込んだ。
生後すぐに外科手術で埋め込まれる利便性の高い物だ。
特別な機械で頭をスキャンすれば容易にキャッシュレス決済出来るので、改札は渋滞知らず。
考えただけでPCを操作出来るので、リモートや在宅勤務がグッと増え満員電車が過去の物になった。
肉体を遠隔操作できるので、プロの投球フォーム等を体に覚え込ませる事も、素人に天才的な外科手術を行わせる事もお手の物。
マイナンバーを忘れる事も無くなり、口座や名刺管理もしやすい。
身元不明の死体が出て来たらチップを読み込めば良い。
チップ社会のおかげで人類は輝かしい暮らしを手に入れられた。
しかし。
何時の時代にも光あるところには影があるもので──。
***
「きゃあああああっ!!」
冬の夜。
ある高級ファミリーレストランに女性の悲鳴が響き渡った。
広い店内の中央には銃を持った男達。入り口には出入り口を警戒している男達。
計5人の黒ずくめの男達は、銀行強盗ならぬファミレス強盗だ。22世紀ではファミレスで強盗する者が多い。
彼らに表情は無く、やつれていて薬物中毒者のよう。
まだ警察もファミレスに到着しておらず、店内には家族連れの客と男達しか居ない。
「こわいよおおおおぉぉぉっ!」
夕飯を楽しんでいた客は全員縛られ、隅に整列させられている。
蹴り飛ばされたテーブルを見て保育園児がワンワン泣いていて、それを見た男が無表情で淡々と脅し付けた。
「うるせぇ死にてぇのか」
「やだああああぁぁ!」
保育園児に5人の男達が一斉に銃を向けた。泣いている子供と静かな男達の対比が不気味で、瞬間店内の空気がピりついた気がする。
涙を流しながら母親が謝っている。
「ごめんなさいごめんなさい!!」
「だからうるせぇっての」
それを見た他の客も「ひっ」と我が子を可能な限り抱き寄せた。なるべく男達と目を合わせないように。
「俺らの目的知ってんだろ?」
ファミレスに静かに響く声に、母親がはっと息を飲み目を見張る。
無表情な男達の目的――そんなのあれしかない。
男と息子とを交互に見た後、母親は意を決したようにこくりと頷いた。その瞳には強い決意と悲しみが宿っている。
「ごっごめんなさい……これで許してください私はどうなっても構いません、だから息子は見逃してくださいお願いですから……っ」
涙で顔を濡らした母親が己の頭を男に差し出す。まるで介錯を請う侍のように。
「っ」
女性のその行動に他の客が息を呑んだ。
それは──。
「分かれば良いんだよ」
待ってました、とばかりに男は淡々と言い、懐から筒状の違法機械を取り出し女性の頭に当てる。
「ああ…………っ」
周囲から悲嘆の声が漏れる。中にはキツく目を瞑る者も居た。
あの違法機械を頭に当てると、チップの情報──口座から個人情報まで読み取られるのだ。
加えて──。
「ごめんね、ママの事忘れないでね、大好きだよ……うっ!!」
次の瞬間、女性の体からガクリと力が抜けた。違法機械による電磁波の影響で絶命したのだ。
「ママ……っ? ママ!? ママッ起きてっ!!」
母親の異変に気が付いた保育園児の絶叫が、ファミレスに響き渡る。他の客や店員はただただ震えていた。
「よし、じゃあ警察が来る前にトンズラするぞ」
「はい」
泣き喚く男児を気にする事無く男達は女性を抱え上げると会話を交わす。
「ママッ!! ママを何処に連れていくのっ! ねぇ!!」
男児の言葉に男達は一切反応する事なく、縛ったままの客を残しあっという間に消えていく。
「ママァ……ッ」
涙を流し続ける男児の耳に、誰かがチップ越しに通報しただろうサイレンの音が聞こえたのは数分後の事だった。
暫くして警察がファミレスに突入するも、そこにはもう男達は居なかった。
***
「女性が1人死亡、死体は連れ去られ……ゾンビの仕業だな……クソッ」
事情聴取を終えた上司の舌打ちを聞きながら、鑑識の青年は黙々と強盗現場の検分を行っていた。
「……」
考えるのはこの事件の事。
この事件はブラックハーフゾンビを使った犯罪だ。
脳にチップを埋め込んだ結果、人類は死体すらも遠隔操作し犯罪に利用するようになったのだ。
おかげで受け子も強盗もテロ行為も、死体を使って行う世になった。風俗でも需要があったりして、ブラックハーフゾンビと呼ばれる死体の利用価値は高い。
ファミレスでの強盗が多いのも、チップから得た口座や個人情報での小銭稼ぎと死体の調達――子供を人質に取れば親はすぐ命を捨てるから――が容易だから。
チップの停止機能も不正利用防止機能も一応ある。が、簡単に対処出来る為あまり意味を為していない
それにゾンビにも種類があるのが、また問題をややこしくしていた。
ホワイトハーフゾンビとして災害現場や人命救助で活躍する志願ゾンビも居て、一概にゾンビが悪だとも言い切れぬ上、倫理的問題もあるのだ。
だからか政府はこれ以上の対策を講じようとはせず、ゾンビを使った顔の見えない組織犯罪はのさばり続けている。
自費でチップも外せなくはないが、そうすると生活がままならない。ここまで普及したチップを国が今更規制するわけもない。
さっきみたいな犯罪は日々繰り返されているのだ。
「死後自分の体を悪用される、ってのは……チップ社会の恐怖でしかないよなぁ」
青年は「怖い怖い」と呟き、冬の冷たい風から逃れるように頭の帽子を被り直した。
チップで寒さも感じなくなれば良いのに、と思いながら。
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