31 オフ会で会った男
トリあえず氏とは、平成から続いているネットゲームで会った。
と言うか俺が高校卒業する頃から、ゲーム内で偶に見かけてただけだけど。
トリあえずなんてフザけた名前、インパクト強くてさ。ダジャレ? ダジャレなのか? って。ヒーラーのアバターは真面目だから余計に。
そして、こう思った覚えがある。こう言うユーモラスなハンドルネームを付ける人は面白くて良い奴多いんだよな、って。
令和になり、ネトゲもスマホでやるのが普通になった。
あれだけ居たプレイヤー達は、何時の間にか何も言わずに居なくなってた。サーバーも統合され人気ダンジョンからは人が消え、正直寂しかったな。
俺もすっかりアラサーになって、もうネトゲ引退するべきなんだろうけど。
友達が居ない俺にとって、長年ずっとネトゲしてるような奴らとつるむのは凄く楽しいんだ。気が合うし、自分を繕わなくて良いから。
だからかな。
トリあえず氏は低ログインっぽかったけど今もずっとログインしてて、見かける度に何だかちょっと嬉しかったの。
『なあ来月久しぶりにオフ会しようぜw』
平日の夜。
ギルドの溜まり場でギルドマスターが言った。
ギルドメンバーとはもう何回もオフ会してる。思えば初めて会った時、このギルマスは金髪でちょっとぶっ飛んだ大学生だった。
『何時もみたいにウチん家でさ〜たこ焼き焼きながら空き缶量産すんべ』
『おっ良いね!! 俺空き缶一番生み出しますよ!』
『君すっかり酒飲みになったよねwwwww』
長い付き合いのギルマスが俺の言葉に草を生やす。
『あそうだトリさんも誘っていい?? トリあえずさん』
え!?
トリあえずって、俺の地味な癒やしと化しているあのトリあえず氏!?
思わぬ名前に固まっていると、他の人が反応する。
『トリあえずさんって鯖統合前から居るヒーラーだよね? ギルマス、あの人と知り合いだったんだ』
『そ、何回か実はオフしてる。トリさんには良く相談乗って貰っててさ。良い?』
『へーまあギルマスが仲良い人なら別に良いよ〜トリさんって関東?』
『うん埼玉。俺らとオフ会してみたいんだって! じゃあ早速誘ってみるわ〜』
『あ……よろしくお願いします』
思い出したようにチャットを送信すると、ギルマスから「(*^ー゚)b クッ゙」って感じのスタンプが飛ぶ。なんか最近ギルマス明るいなあ。
『こっちこそよろー! どっちがいっぱい飲めるか勝負だ』
もう一度「(*^ー゚)b クッ゙」って感じのスタンプが飛んだ後、ギルドチャットは最近ハマってるおつまみの話になった。
俺はその話に微妙に参加しながらドキドキしていた。
あのトリあえず氏とオフ会…………。
トリあえず氏、どんな人だろう?
あっという間に月が替わって7人が集まるオフ会の日がやって来た。
八王子のギルマスのマンションに集結した相変わらずの輪の中に1人、見知らぬ人が。
おお……トリあえず氏か? 何か凄いパリピなんですけど!? それに50はいってそうだな……? って事は40代からネトゲしてたのか? こんな人が今も低ログインでもネトゲ続けてるってちょっと面白いな。
「初めましてトリあえずです。今日はいきなりお邪魔してごめんねー」
歯を見せて笑うトリあえず氏は気さくだった。HN通りやっぱり面白い人だ。
「よー久しぶり〜これで全員だな」
そう言ってギルマスも笑う。ん? この人前より痩せているけど大丈夫か? 仕事大変なんかな……?
「とりあえず飲もうぜ〜トリトリトリ〜」
たこ焼き器と人数分のジョッキが並んだテーブルに早速座る。
「トリさんここは1つ音頭よろしくお願いします!!」
「じゃあ……こんなおじさんだけど仲良くしてね。乾杯!!」
「かんぱーいっ!!」
そう言って一気にビールを飲んで一息ついた俺は──急に目眩がした。
へっ?
一気飲みしたからって感じじゃない。
「っ、これ本当にビール!? 度高くね!? 体熱いんだけどー!!」
「俺も気持ち悪……っうぇ」
「ちょっ……空気吸ってきま……ぐぇっ!」
椅子から立ち上がったものの、立っていられない位気持ち悪くなってガクッとフローリングに崩れ落ちる。「うぇ……」と他の奴らも机に突っ伏しだす。
え??
異様な空気の中、ギルマスとトリあえず氏は平然とたこ焼きを焼いていた。
「ギルマス……トリさ……」
名前を呼んでみたけれど、少しだって2人は反応してくれない。
その内俺はガンガン頭が痛くなり、だんだん良く分からなくなってふわっとなって……もうどうでも良くなってアハッと意識を手放した。
***
「トリさん、こいつら楽しそうですよねー?」
ヘラヘラとした顔で、ギルマスが尋ねて来る。
「そうだなあ、これは君みたいにリピってくれるかな」
たこ焼きをクルッと回しながらトリあえず──MDMAの売人を生業にしている──は答える。
「にしても君も薬欲しさに、よくもまあ長い友人を売ったもんだ」
「だ、だって客になりそうな奴紹介すればMDMAいっぱいくれるってトリさん言うから!!」
罪悪感を誤魔化すような早口に「そうだったね」と笑う。
麻薬売人である自分は、趣味と販路の新規開拓も兼ねて色々なネトゲを掛け持ちしている。目ぼしい人間を見付けオフ会を持ち掛けて、レイプドラッグが如く隙を突いて飲み物にMDMAを混入して顧客を増やすのだ。
今回、最近顧客になったギルマス――薬物乱用の影響か、前回会った時よりも痩せたし言動も少々飛んでいる――には、新しくカモれそうな人間を見繕って貰った。
そうしたら「下火になってもなお同じネトゲをしている彼らはきっと薬物にだって一途だろうから」と薬欲しさに仲間を売ったのだ。きっとMDMAの味を知った彼らは、これからも定期的にオフ会をしてくれるだろう。
「薬物って、とりあえず1回体験させるまでが大変なんだよなあ」
脇目も振らずMDMA服用の準備を始めた男を見て溜息をつきながら、売人はくるりとたこ焼きをひっくり返す。
床で喘いでいる彼等は正気に返った時まず何て言うだろうか。
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