1-17 無意識の躊躇
「魔力が高過ぎた故か……だが初めてにしては上出来ではないか?」
肩の上で笑いながら言ったレオの声すらも遠くに感じる程に、ただ呆気に取られていた。
「結晶の……大剣?」
自分の手に握られたあまりにも歪で、それでいて禍々しいまでに美しく輝くその大剣は、気を抜けば落としてしまいそうな程に重い。
しかしそれと打ち合って壊れたのであろうベルトの剣は、少し離れた地面に深々と突き刺さっている。
そして不思議な事に、その大剣は今までのクリスタルの様に直ぐに自壊する気配は全くなかった。
「それがこの魔法のもう一つの側面だ。容易に壊されることはなく、形も自由。魔力のみを材料するこれはどの魔法よりも融通が利く具現化魔法だとも言える」
すると突然ベルトは俺から距離を取り、焦りに満ちた顔を向けてくる。
「まさかクリスミナの力を使いこなし始めているというのか……最早生け捕りなどとは言わん。その力、ここで殺しておかねば!」
その言葉と共に彼の周囲に現れた無数の拳大の光源は、輝きを赤く染め上げて燃え盛る。激しく燃え上がったそれは徐々に、数多の火球へと姿を変えてベルトの周りを浮遊していた。
「それじゃあ復習といこうかハルカ、さっき教えた事を自分でやってみるんだ……これは一度壊すぞ」
そう言ってレオは俺の肩から歪な結晶の大剣へと飛び移ると、その足が触れた瞬間に嫌な音が走る。
「おいレオ、何をして……」
制止しようとしたが間に合わず、その大剣は崩れ落ちた。
さっき容易に壊れないと言ったのは何処の誰だよ、と叫びたい気持ちになるがそうも言っていられなくなる。
崩れるその音が合図になったのか、ベルトは浮遊させた火球を次々と俺に向けて飛ばしてきた。
「待って一度教えられたぐらいで出来るわけないだろっ」
つい愚痴を言ってしまったが、やれと言われて直ぐ出来る程この魔法というものに慣れていないので仕方がないだろう。
するとその文句を聞いてやれやれと首を振りながら、レオは口を開いた。
「もう一度説明するぞ。相手の魔法を魔結晶へと変えるには自分の魔力をそのままぶつけて壊せばいい。これは何度も経験している筈だ」
もう体一人分程もない距離にまで迫った火を見て焦りながらも、その言葉を
幾度か体験した時の手で触れるという感覚が強く残っていたのか、自然にその熱を両手の指先へと集める。
すると指先には先程の様に可視化された魔力が煙の様に噴き出してきた。その両手を前に、迫る火球へと
そして数多の火球は俺の両手に着弾した。
しかし火の弾は俺の手を燃やすという事はなく、その姿を次々と透明な青いクリスタルへと変えていく。
そして握り潰す様に力を籠めると、魔結晶は大きな音を出して砕けていった。
「できた……のか?」
その全てを壊したと同時に、つい安堵の声を漏らす。
しかし容易に息をつかせては貰えないらしい。
自分の視界に影が出来たと思った瞬間、ほぼ目の前にベルトが迫ってきていた。いつの間にか手に持った別の剣を振り上げて、今にも俺に向かって振り下ろそうとしている。
「その首っ……貰ったああああ!!」
空気を裂く様な鋭い声を上げるその眼は、確実に俺を殺すという殺意に満ちていた。
「アイリス様っ!」
このままでは確実に殺される、そう思った時に後ろからロゼリアの叫ぶ声が聞こえてくる。
そして俺とベルトの間に、何かが割り込んできた。
「下がって!」
目に映るのは、風に
その手には確かな魔力の気配があったが、剣を持つ相手の前に立つなど危険にも程があるだろう。
俺を庇って、差し違るつもりなのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった時、体は既に動いていた。
「うおああああああああああ」
雄叫びなのか、悲鳴なのか。
それすらもわからない声を上げてアイリスを横に押しのける。
魔力の熱が全身に伝播したかの様に熱く、自分ではないかと錯覚するほどに体はとても軽い。
そしてベルトの前に出たその一瞬だけ、頭の中にこれから振り下ろされる斬撃の軌道が見えた様な気がした。直感がその軌道に触れてはいけないと警笛を鳴らしている。
その軌道をほぼ掠めるぐらいで体を捻り、その右手に滾らせた魔力を核として剣を形成する。形は先程よりも歪になっているがそんな事は気にしていられない。
懐に潜り込む様に、すり抜ける様に、横に薙ぐ渾身の一閃を放った。
日も落ちかけた暗い夕焼けの赤が地面に映し出す二つの影は交差して重なり、また分かれた。
「痛っ!」
肩のあたりに鋭い痛みが走る。
見えた気がした剣の軌道を避けようとしたが、少しだけ重なってしまった部分があったらしい。
そして直ぐ後ろで、何かが倒れる音がした。
振り返って見るとそこには、うつ伏せで倒れ込んで動かないベルトの姿があった。
「魔力による身体強化まで……やっぱりやればできるじゃないか」
レオがその小さい歩幅で歩きながら、そう言って笑っていた。しかし達成感など微塵もなく、それよりもっと気にすべき事があった。
「レオ……俺はその人、ベルトを殺したのか?」
なりふり構わず振り切ったその感触は、確かに鎧を砕いて通り抜けた感覚があった。そしてあの大剣で振り抜いたとあれば、生きているとは思えない。
しかしレオはあっけらかんと答えた。
「いや、生きてるぞ。お前が持つその剣をよく見てみろ」
直ぐに視線を魔結晶の大剣へと向けると、ある違和感が存在した。
「形の制御も出来ないと思っていたら、そんな細かい調節はできるのかと笑ってしまったぞ。まあおそらく無意識だろうがな」
その大剣には刃がついておらず、斬るという機能を持っていなかったのだ。
「良かった……」
そんな呟きを零すと、レオは負傷していない方の肩に飛び乗ってきて鼻を鳴らした。
「まああれほど平和な世界で育てば仕方の無い事か……ともあれよくやったな」
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