1-9 対面


 ロゼリアの後ろについていきながらも、視線は色々な所へと飛んでいく。普通に暮らしていれば見たこともない内装や装飾品、その構造など様々な物が新鮮に映った。


 ただ少し気になるのは、時々通りかかる使用人達が二人を見て挨拶をする際に一緒にいる俺の方を見て訝しそうな顔をしていることだろうか。


 しかしそれが普通の反応というものだろう。この二人と共に城を歩く見ず知らずの男など、疑問に思わない方がおかしい。


 段々と歩く時間が経つにつれて、国の王様に会うと改めて認識して緊張してくる。失礼が無い様にしなくてはと思うものの、俺にはこの世界の礼儀作法など全く知識がないのだ。


 するとロゼリアは顔だけ振り返り、忘れていたとばかりに歩きながら話し出した。


「今回は事情が事情ですので公の場での面会とはなりませんし、陛下はお優しい方ですのでハルカもそこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」


 まるでこちらの緊張が伝わったのかと思う程タイミングが良かったが、言われた内容に関してはとてもありがたかった。


 そっと胸を撫でおろしていると、隣から小さく笑うアイリスの声が聞こえる。


「私の父上はとても親しみやすいんですよ? それにもしかすると、貴方のことについて何か知っているかも知れません」


「え、それって一体どういう……」


「着きましたよ、この部屋です」


 アイリスの言ったことが少し気になり詳しく聞こうとしたが、それは前から聞こえたロゼリアの言葉によって遮られる。


 彼女の傍にある閉じられた扉は、自分の身長を軽く超える程の高さがあった。見た目こそ派手ではないが前に立つ者に確かな威圧感を与えている。


「既に公務の間を縫って陛下は到着されているそうなので、行きましょうか」


 するとロゼリアが扉をノックして、その高い声を響かせるように言った。


「失礼します! 第一王女殿下とその客人を連れてまいりました!」


 その声が発せられて数秒経った時、扉の向こう側から体の芯にまで届く様な低い声が聞こえた。


「入れ」


 その言葉を合図にロゼリアが扉を開けて待機してアイリスを、次いで俺にも部屋に入るように促した。


「イヴォーク・ミア・アイリス、ただいま戻りました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


 アイリスが部屋に入るなり目の前でそう言ったが、その中の様子に少し疑問を感じる。


 室内には、王と呼ばれる様な人物が見当たらないのだ。


 部屋の中に見えるのは奥まで続く長い机と、遠くの横の席に座っている騎士の鎧を着た少し年老いた男のみ。しかしその恰好を見る限りでは、彼は王ではなさそうだ。


 そして正面にある一番遠い上座には、豪華絢爛な大きい椅子のみが存在していて、その上には誰も座っていない。


 その時、何かが死角から飛び出してきた。


「アイリス! すまなかった!!」


 飛び出した何かというよりも何者かが、アイリスへと突撃しその巨大な体躯たいくで彼女を覆い隠す様に抱きしめた。


「……苦しいです……お父様」


 その勢いと力にアイリスは苦悶の声を上げていた。

 お父様、と呼んだことからもこの巨大な男がこの国の王様なのだろう。


 背丈もさることながらその服の下には隠し切れない筋肉の太さが存在している。白髪交じりの髪や皺の数からみても四十代程度には感じられるが、十年も前なら女性が絶対に振り向いたであろう容姿の良さだった。


 ここに着く前にロゼリアが教えてくれたその王の名は、イヴォーク・ミア・フロガというそうだ。


「悪いな、つい……しかし本当に無事でよかったよ」


 そう言ってアイリスを解放したが、優しく笑いかけるその姿は良き父親の姿そのものでとても一国の王には見えなかった。


 俺の勝手な想像では王というのは自分の子供にそこまで愛情を注がないものだと思っていたが、どうやら全く違うらしい。


 そんな事を考えていると、アイリスはその表情を曇らせながら国王に言った。


「申し訳ありません、儀式は行うことが出来ませんでした」


 自分を責める彼女に対してフロガは、静かに首を横に振って否定した。


「アイリス、お前は何も悪くない。むしろこの情勢になっても王家の秘密などというくだらないものを重視した我が悪いのだ」

「いえ、ですが……」


 二人は儀式や王家の秘密ということを話しているが、変なことに巻き込まれるのも怖いので入っていかない方が良いだろう。


 そうしてしばらくそのまま後ろで黙っていると、部屋の奥から声が投げかけられる。


「親子水入らずの時間を邪魔して悪いが、俺はそこの客人についての事が聞きたいのだが」


 その声の方向を見ると、先程の年老いた騎士がアイリス達に向かって苦笑していた。


 しかしおおやけの場ではないと言っても王に友人の様に話し掛けた彼は、一体何者なのだろうか?


 そんな騎士風の男の言葉で思い出したとばかりにフロガはこちらを見て言った。


「放っておいてすまなかった。其方がアイリスを『幻界の森』で魔王派から助けてくれた事は聞いている。だが……」


 フロガはその表情を真剣なものに変え、こちらの目を真っ直ぐ見て言った。


「……そのことについては感謝するが、一体何者だ? どこの国から来て、あの森で何をしていた?」


 その王の言葉には、敵とは思っていないが信用もしていないといった色が含まれている。娘を助けた人物とはいえ簡単に信じない所は、やはり人の上に立つ者だからなのだろうか。


「えっと……」


 しかしこの場で適当な嘘を言う方がもっと危険だろう。そう考えてアイリスとロゼリアにした説明と同じ内容を言おうとした時、アイリスが俺を遮る様に言った。


「その人の名前はハルカ、何かしらの手段で『界渡り』した異世界人です。そして何よりも……クリスミナ王家の結晶魔法が使えます」


 その一言は、魔法すら説明されていない俺も含めてその場の全員の時間を止めたかの様に驚愕させる内容だった。



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