第2話第一章 アンダー街の悪夢 1

警視庁捜査一課の古田ヤマトは、窓際で昼食の弁当を待っていた。


「よお、また見てるのか」


 後輩刑事の戸部ショウの姿が目に入り、ヤマトは声をかけた。


 ショウが目の前のエアスクリーンに見入っている。ショウの前に映し出されているのは「将棋盤」だ。一月から始まったアンドロイド将棋・名人戦が生中継で放映されている。


「ヤマトさん、邪魔しないで下さいよ。残り時間十五分っすよ。ああ、緊張してきた」


 ショウはぶるりと身震いをした。


「ショウ、アンドロイドの対局なんて面白いか?」


 ヤマトは大柄な体躯を屈めて、エアスクリーンを覗き込んだ。


 和服姿の人型アンドロイドが一手五秒ほどのスピードで駒を指している。


 秒読みはいない。電子将棋盤に駒を打つ乾いた音が交互に続いていく。


「まだまだ人間同士の対局もあるのに、わざわざアンドロイドの対局を見るなんて」


 恰好も人間と変わらず、駒の動かし方も変わらない。だが、アンドロイドと人間には決定的な差がある。それは、情報の処理能力だ。アンドロイドの処理スピードに合わせれば、ピンポン玉のラリーのようなスピードになるだろう。人間には到底理解できない。


「先手が優勢になったな」


「えっ?本当ですか?」


 ショウの慌てた様子を見て、ヤマトはにやりと笑った。


「なんだショウ、後手に賭けたのか。残念だったな。あと二十手もあれば詰むぜ。その前に投了か」


「嘘だろう」


 ショウは、がっくりと身体を前に倒してうなだれてみせた。ショウの身体がエアスクリーンを突き抜け、映像が乱れる。


 アンドロイド将棋は、公共ギャンブルの一つだ。競馬のように賭けることができるのが人気の秘訣らしい。


「ヤマトさん、後手の持ち駒を見てくださいよ。さっき、飛車を取ってるんですよ。時間切れまで粘れば、後手の勝ちに間違いなしじゃないっすか」


 アンドロイド同士の力量が近ければ近いほど、勝負が決まるのに時間がかかる。勝敗が決まるまで指されては、永遠に指し続けることになりかねない。人間には無理だが、アンドロイドなら、昼も夜も関係なく永続的に対局することだって可能なのだ。


 人間の対局と異なり、アンドロイド将棋は時間が短い。短時間に詰ませた方が勝ちである。時間内に詰ませることができない場合は、駒の点数で勝敗が決まる。その場合、大駒の飛車は点数が高い。


「さっきの飛車取りが悪手なんだよ。飛車を取らせて勝ち筋が見えた。お前には見えなかったか?」


 ショウは「俺の残高が」と言って、またうなだれた。


「お前さ、将棋が好きなの?ギャンブルが好きなの?」


「どっちもっす」


 エアスクリーンの中では、ヤマトの予想通り、後手が投了を示して、対局が終了していた。


「ふーん。じゃあ、真剣師が将棋を指してた時代なんか、最高だな」


「何すか?真剣師って」


 将棋好き、ギャンブル好きを自称するショウが人懐こい目を興味深そうに向けてくる。


「違法賭博」


「一番ダメなやつじゃないですか!」


 ショウはのけぞりながら、椅子を回転させた。


「大昔の話だよ。ヘビーだぜ。真剣師の勝負はさ。人間同士でやるんだから。ここの真剣勝負よ」


 ヤマトは、自分の頭を人差し指でつついた。


「本当の頭脳戦ってやつですね」


 ヤマトは将棋が好きだ。将棋には、勝ちと負けの二つしかない。差で勝敗が決まる囲碁よりも勝ち負けが明確だ。将棋では惜しかったとか、あとちょっとの差だったということがないのだ。財界や政界で、将棋よりも囲碁が好まれるのはそういった理由なのだろう。


 後手のアンドロイドが、「負けました」と頭を下げるリプレイ映像がエアスクリーンに映った。「まったく」と言うショウの毒づきが聞こえたかのように、後手のアンドロイドは神妙な顔で目を伏せている。


 それをヤマトは複雑な思いで見ていた。


「なあ、ショウ。後手のアンドロイドを責めるのは罪ってもんだぜ。俺に言わせれば、アンドロイド将棋は、将棋の格好をしながらも、将棋とは違う代物なんだな。平たく言えば、プログラマーのプログラム能力の勝負だよ。人間の将棋とは訳が違う」


 ショウは釈然としない様子で聞いている。


「まあ、プログラマーに与えられたスペックっていうか、そういうものはそれぞれあるんでしょうけど、それを出し切るのがアンドロイド棋士の役目でしょう」


 ヤマトには解せなかった。


「アンドロイドの棋士ってありなのか?棋士っていうのは、限られた時間の中で、頭をフル回転させながら、一手一手指すところが格好いいんだぜ。アンドロイドには真似のできない芸当だろうよ」


 その昔、人工知能の発達とともに、プロの棋士は姿を消していくという悲観論もあったらしいが、共存共栄になった。強さでは人工知能が凌ぐだろうが、人間にしか指せない将棋もあるとヤマトは思っている。


「まあ、そういうことになるんすかね。でも、それってアンドロイド将棋でも人間でも同じことじゃないっすか。言ってみれば、アンドロイドのここの勝負なんでしょう」


 今度はショウが、自分の頭をトントンとつついた。


 エアスクリーンでは、アンドロイド将棋・名人戦の配当が発表されていた。配当発表に気づくとショウは苦々しい表情を浮かべた。配当額の表示を残したまま、放送内容は、アンドロイド将棋・名人戦のトーナメントを振り返る内容に変わっている。トーナメントを順調に勝ち上がっていったのは、今日対戦した二体のアンドロイドだ。


「ほら、ヤマトさん、見てくださいよ。俺だって、いい線いってたんですよ」


 ショウがエアスクリーンのトーナメント表中央あたりをズームする。


「この三回戦が持ち駒での判定だったんすけど、歩が一枚多くて勝ったんですよ。歩、一枚の差っすよ。もう、ぎりぎりですよ。この時は、非番で一人で観てたんすけど、よっしゃーってガッツポーズしちゃいましたよ」


「ふーん。でも、今日負けたから、三回戦で負けたとしても、同じことだったな」


「うう。それを言われると……。俺の興奮は、一体何だったんでしょう。興奮を返してほしいです」


「いやいや、一時でも興奮をくれたアンドロイドに感謝した方がいいかもしれないぜ」


 ショウはおいおいと大げさな泣きまねをした。


(将棋しようよ)


 ヤマトの耳に子どもの声が聞こえた。


「子どもが……」


「なんすか?」


 ショウが怪訝な顔でヤマトを見た。ヤマトにしか聞こえない声だ。


「えっ?いや。今年の名人戦はあいつ出てないのかと思ってさ。ほら。子どものアンドロイドの……」


 ヤマトはトーナメント表全体に目をやると言った。


「何て言ったかな。ほら、ジュニアタイプの。毎年、名人戦に挑戦してたと思うけど」


「ヤマトさんもアンドロイド将棋詳しいじゃないですか?」


「まあ、少しはな。興味がないことはない」


「へええ」


 ショウは意外そうな顔をした。どうやらヤマトのことをアンチアンドロイド将棋派だと思っているらしい。


「昔はアンドロイドが人間に挑戦していたんだぞ。話が古すぎて知らないか」


「聞いたことありますよ。ポザンナでしたっけ」


「惜しいな。ボナンザだ。スペイン語で《豊かな鉱脈》って意味だ。《大当たり》とか《思いがけない幸運》って意味で使われている言葉だ」


「アンドロイドが人間相手に《思いがけない幸運》って、なんかしっくりこないっすね」


ショウが首をかしげる。


「ここまでのレベルになる前の話だからな。今じゃ、レベルが違いすぎてやらないだろうよ。ロボットが棋士を破ってから、人工知能のレベルは格段に上がっていったんだ。ロボットっていっても、アームだけで味気のない対局だったんだがな。あれがアンドロイド将棋の走りだろうな」


「へぇー。アームと対局ですか。時代を感じますね」


 ショウが渋い表情を作る。


「いやいや、将棋ってのは、もっとずっと古いんだぞ。それくらいで時代を感じてもらっちゃ困るぜ。元々、平安時代から語り継がれた文化があるからな。今の将棋の形式になって四百年以上も歴史があるんだぜ」


「ナ・ク・ヨ・ウ・グ・イ・スの平安京ですか」


「そうだ。それから、定跡っていうものが確立されてて、ある程度のところまでは、指し方が決まってるんだ」


「それは知らなかったな」


「だろうよ。アンドロイド同士の対局には定跡がないからな。俺はやっぱり歴史を噛みしめながら、人間の棋士同士にしか繰り広げられない人間ドラマが好きなんだよ。やっぱり人間の機微を感じながら観戦したいと思うわけよ」


「ヤマトさんは根っからのレトロ好きですね」


「まぁ、脳内将棋は俺もいまいちわからんがな」


「俺は、脳内将棋は割と好きっすよ。俺、現代っ子なんで」


脳内将棋は、人間同士が脳内インターフェースに接続して行う対局だ。目の前に盤面がなくても、将棋が指せるのだ。目隠し将棋が素人でもさせるようになったということだ。


「でも、いくら現代っ子だからって、流行りのアンドロイド将棋もほどほどにしろよ」


「わかってますって。いいじゃないっすか。昼休みぐらい、好きなことさせて下さいよ。息抜きっすよ」


 ショウは、別のエアスクリーンを呼び出すと、スクリーン上で、何枚かあるカケフダの一枚を選んだ。選ばれたカケフダは金色の細かい粒になって、見えなくなった。


「このところたいした事件もなくて、一日中、昔の調書のデジタル化ばっかりですよ。ダン課長が過去の捜査記録に目を通すのも大事な仕事だとか言って。こんな単純作業はKポッドがやればいいんですよ」


「そう言うなよ。たいした事件がなくて結構じゃないか」


 ヤマトは諭すように言ったが、実際はショウの言う通りだった。珍しく要請があったかと思えば、酔っぱらい同士の喧嘩が少しばかり過激になり、暴力事件として持ち込まれたりしたものだったりする。


「俺たちの生活、なんらかの問題は起こってるだろうけどよ。所轄が頑張ってくれてるのさ。AIが頑張ってくれれば、俺たちは楽ができる」


 ショウは「AIどまりの事件って言ってもね」と、納得いかないような顔をしている。


「昔は、コロシ、放火があちこちで頻発してたんだとよ。重犯罪法にひっかかる凶悪事件がざらにあった頃より、今はよっぽど平和でいいぞ。ショウの優秀さが発揮できないほど、世の中のためになるんだ」


「まあ、そうっすね」


 ショウは、さっぱりした顔で、目の前の二つのエアスクリーンをオフにした。


ピピピ……。


 ヤマトの腕時計型のウェアラブル端末から、弁当の到着を知らせる電子音が鳴る。ヤマトは警視庁タワーの十三階にある刑事部屋の窓の側に近寄った。


 窓の外に小型飛行ロボットの姿が見える。齧歯類の前足のようなアームに銀色の包みを吊り下げている。弁当の入った保温冷パックだ。ほとんど上下せずに飛ぶ姿は、浮かんでいると言ってよいほどだった。


 ヤマトが窓を開けると、ロボットは後ろ足のようなものを出した。短い足で、窓枠を掴むようにして、器用に降り立つ。ヤマトが右手をかざすと、ロボットは注文者を認識したようだった。前足のアームを伸ばして、ヤマトの大きな手のひらに保温冷パックを乗せると飛び立っていった。


「ヤマトさん、弁当っすか」


「たまにはな。食える時に食っておかないとな。ショウは?」


「俺はこれっす」


 ショウは白いボトルから琥珀色のカプセルをいくつか出してヤマトに見せた。


「そんなんで、食った気するか?足りないだろう」


 ショウは、手のひらに出したカプセルを数えている。


「いやいや充分っすよ。ヤマトさんみたいなデカイ身体じゃないんで」


 ショウは「俺、ひ弱なんで」と言ってにっと笑った。


 ショウだって長身でそこそこ筋肉もついている。だが、身長が百九十センチ近くあるヤマトの鍛え上げた身体と比べると一回り小さく見えた。


「悪かったな。燃費の悪い身体で」


 ヤマトはロボットから受け取った保温冷パックを手に、ショウの前の机についた。保温冷パックから弁当を取り出す。


 ヤマトも、時間がない捜査中などにはカプセルフードで食事を済ませることもある。しかし、基本的には、腹一杯の飯が食べたいと思っている。カプセルフードは胃袋で何十倍にも膨張し、中枢神経にも食事を認識させる機能があるので、それなりの満腹感も得られる。しかも、バランスのとれた栄養素で構成された万能食品であることは、折り紙付きだ。それでも、ヤマトは好んで食べる気にはなれなかった。


「弁当はいいぞ。食った気になる」


 ヤマトは、マイ箸を手にしたまま両手を合わせて「いただきます」とつぶやいた。ショウはヤマトの前に置かれた弁当にちらりと視線を向ける。


「ずいぶんデカイ弁当ですね」


「ああ。大盛りの上の特盛だ。おっ、まだ温かい」


 大量の白米を箸でつまんで口に運ぶと、炊き立ての飯のうまさが口いっぱいに広がった。


「それ、弁当が入ってたバッグ、最近発売された保温冷パックっすね。高機能なんだとか」


 ショウが、銀色の手提げをあごでしゃくりながら言った。よく見ると、手提げの表面に、「七十二時間温度変化なし」と書かれている。


「でも、俺は弁当とか面倒っすよ。食べるのに時間もかかるし」


 五粒ほどのカプセルフードを手のひらに残して、余分な粒をボトルに戻しながらショウが言う。


「俺はこれが好きなんだ」


 ロボットが運んできた弁当からは、まだ湯気が上がっていた。


 入り口が開く音がした。ヤマトが音の方向に目をやると、刑事部屋の入り口から一台のポッド型アンドロイドが滑るように入ってきた。


 主に警察署内の雑用をこなしてくれる便利なアンドロイドだ。見た目もずんぐりとしたポッド型で愛らしい。名前もKポッド。そのままだ。


 Kポッドは、刑事部屋中央まで進んで停止した。


 止まったと思った瞬間、Kポッドは「ビィーッ!ビィーッ!」と、けたたましい電子音を響かせた。緊急招集を知らせる合図だ。


 部屋中に緊張が走る。Kポッドがこの音を発することは、滅多にない。ヤマトは、ここ何年も聞いていない。


 ショウの顔を見ると、カプセルフードを手にしたまま、あんぐりと口を開けている。おそらく初めての出来事なのだろう。


「ショウ、ショウ!緊急招集だ」


「Kポッドって、こんな音が出るんだ……」


 ショウは我に返ると、急いでカプセルフードを飲み下した。ヤマトは机の隅に置いた弁当のふたを取ると、食べかけの弁当にふたをした。


 ショウはヤマトの弁当に視線を落とし、「だから、カプセルフードにしておけば良かったんですよ」と言い、首をすくめた。


 仕方ない。ヤマトは弁当の保温冷パックに戻した。


「みなさんに緊急のお知らせがあります」


 Kポッドは、人間の目の機能を有したレンズ付きの頭部をぐるりと一回転させた。室内の視線が集まったことを確認すると、流暢な言葉で話し始めた。


「本日未明にアンダータウン××にて、男性の死体が発見されました。通報を受けた所轄署員によると、殺人事件である可能性が極めて高い案件とのこと。近年稀にみる凶悪犯罪の発生であります。さきほど、警視庁は、正式に捜査の要請を受理いたしました。これより、警視庁主導による事件本部を設置、捜査を開始いたします」


 Kポッドは続けて、事件の詳細をよどみなく報告する。


「被害者は、黒岩ジョー。住まいは、アンダータウン××-××。住宅から死体発見現場の空き地までの距離は直線で約一キロメートルです」


 巨大なエアスクリーンに、アンダータウン上空から撮影された衛星写真が映し出される。映しているのはKポッドだ。自宅と死体発見現場が点と線でつながれている。約一キロという距離は近距離といえるだろう。


「被害者の黒岩ジョーは、東都出身。年齢は四十四歳。性別は男性。身長百七十七センチメートル。医学博士です。東都学園大学医学部を卒業後、同大学の医学系研究科に進み、同大学の研究員を経て、現在は、東都学園大学医学系研究科情報伝達医学専攻の教授で在られました」


 Kポッドが、映像を切り替え、黒岩ジョー博士の生前の写真にアクセスを開始する。


 ネット上から見つけたとみられる画像が左から右に次々に投影されていく。キャンパス内のショットが多い。学生がジョー博士と一緒に撮ったスナップ写真をネットにアップしているのだろう。写真の中のジョー博士は、白衣姿が多い。その多くは、細身で長身のジョー博士が、学生を見守るように、静かに笑みをたたえている。他には、スーツ姿のジョー博士の写真があった。学会での報告なのか、真剣なまなざしで、壇上に立ち、演説を行っているものが多かった。


 スライドショーさながらに、ジョー博士のスナップ写真が流れるように映されていたが、やがて、近影とみられる比較的写りの良い画像に落ち着いた。


「投影している写真は、およそ四年前のものです」


 ジョー博士の姿が鮮明になり、ズームアップされる。


「四年以内に撮影された生前の写真はおそらくインターネット上には存在しない模様です」


 Kポッドが不可解な情報を追加する。


「独身。結婚歴もありません。父親は大学在学中に死去。母親も十年前に亡くなっており、以降、一人暮らしです」


 ヤマトら一同は、Kポッドからの報告に、固唾を飲んで、聞き入っている。


「以上が現在、判明している被害者の情報です」


 各々が、ウェラブル端末に触れ始めた。Kポッドからの情報をダウンロードするのだ。ヤマトも「黒岩ジョー殺人事件」のカテゴリを新規追加すると、情報を保存した。


「続いて、事件の状況をご報告いたします」


 Kポッドが、暗闇の中、サーチライトで照らされたジョー博士の遺体写真を投影した。画像を目にして、その場の全員が凍りついた。


 写真だと思った死体の画像が、突如、暗闇にまぎれ、不自然に揺れ出した。砂地を照らすサーチライトの光が眩しい。どうやら、この映像は、駆け付けた所轄警察官のカメラ映像が用いられているようだ。


二人の警察官の生々しいやり取りの音声まで再生されている。


「いたぞ!」


「通報はデマじゃなかったんだな」


「おい!おい!早く来い!」


「どうしたんだ」


「なんだかおかしいぞ」


「どうした?」


「ない……」


「息がないのか?レスキューに要請しても、無駄になるかな」


「違う」


「じゃあ、なんだ?」


「首がない!」


「う、うわー!」


 一旦死体を捉えたサーチライトの光が大きく揺れ始めた。画面からはみ出すほど、ゆらゆら揺れながらも、光は投げ出された足もとの当たりを照らしていた。靴の向きから、死体がうつ伏せになっていることがわかる。ジャケットから見えている片方の手のひらは、空に向かって軽く開かれている。その五指は、今にもピクリと動きそうなほど、人間らしい指だった。収まりかけた揺れが再び大きくなり、サーチライトの光があちこちに飛び回る。


 どちらのものなのかわからない息遣いが二人の動揺を顕著に表していた。警察官の狼狽する様子が手に取るように、伝わってくる。


 死体を映す場面が切れ切れになった。ノイズが入り、音声も聞こえにくくなってきた。画面に片方の警察官が映り込んだかと思うと、走り出したところで映像は途切れた。


 ヤマトの耳に、同僚がつばを飲み込む音が聞こえた。


「ご覧の通り、被害者は首を切り落とされた状態で発見されております」


 Kポッドは、この後、所轄の警察官から連絡を受けた刑事の現場確認により、殺人事件と断定されたことを伝えた。


 所轄長は、所轄で扱い切れない案件との判断を下し、警視庁に捜査の要請を行ったという。まずは、鑑識課の協力を仰いだらしく、早朝より、警視庁の鑑識課が、現場に到着し、捜査に協力しているらしい。首無し死体にも関わらず、詳しい被害者情報が得られているはずだ。


 Kポッドは、鑑識が集めた生々しい情報を開示し、説明を終えると、映像を切り替えた。


 画面の右上に、受信中のアイコンが出ている。


 ライブ映像のようだ。


「今回の事件は、極めて凶悪な殺人事件として捜査を進める。諸君には、容疑者の特定、逮捕に全力を尽くしてほしい」


 映像の人物は、筒井ダン課長だった。


 捜査一課長を務めるダン課長は、剛健で押しの強い性格。たたき上げでのし上がってきたやり手警部だ。すこぶる頭が切れることでも有名だ。


 ダン課長からの激励が終わると、Kポッドが後を継いだ。


「みなさまの任務については、ダン課長からのご指示に従い、システマチックに配置いたしました。指令内容とペアの人選をみなさまのモバイルに配信いたしましたので、ご確認の上、捜査に当たってください。次回の捜査会議は、決定次第、連絡いたします。以上です」


 Kポッドは、一旦、任務と配置の一覧表をエアスクリーンに投影したが、すぐに配信中の文字に切り替え、役目を終えた。手元のモバイルで、同じものを受信できるようだ。


 次々に任務を受信した仲間が、ペアを組む相手を探している。


「でっかい事件ですね」


 ショウがヤマトに興奮気味に話しかけた。


「俺、青木さんと近隣住民の聞き込みですって。ジドリってやつですね」


 受信内容を確認しながらヤマトに言う。


「昔の調書で勉強したことが役立つんじゃないか」


 ショウは口をつぐんだ。待望の事件発生という事実に浮き足立ったことを少し恥じているようだった。ショウは、まあ、と小さくつぶやいて、ヤマトに複雑な表情を向けた。


「ヤマトさんは?」


「俺は、まだ受信できてない」


 ヤマトは、モバイルからエアスクリーンを投射し、「通信中」の文字をショウに見せた。


「じゃあ、お先に」


 ショウは、ペアを組む青木の姿を認めると、そそくさと歩を進めた。


 ヤマトは再び自分のモバイルを確認する。まだ「通信中」だ。周囲は、二人一組のペアがあらかたまとまり始めた様子だった。苛立ちながら見ていると、足元の空気がたわんだのを感じた。


「ヤマト警部補、ダン課長がお呼びです」


 いつの間にか傍らに移動していたKポッドが、ごく小さな音量で、ヤマトに伝える。


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