第91話 幕間② 凍りつく瞬間


 とりあえず、立話もなんだから……とベルトが経営している薬局 『カレン』にシンラを案内する事になった。


 店に入ると興味深そうなシンラ。キョロキョロと店の品物を物色し始めた。


 「凄いこだわってるな。メジャーな薬以外は手作りじゃないか。……儲けないだろ?」


 「まぁ、ほとんど俺の趣味みたいな店だからな。主に新人冒険者の支援が目的みたいなもんだ」


 「なるほど……確かに利益が無くとも、冒険者時代の収入を考えれば……」


 「それはお互い様だろ?」


 2人は笑い合った。そんな2人の間に誰かが割り込んできた。


 「談笑で和んだ所を悪いのだけれども、何も聞かずにココにサインしてもらってもいいかしら?」


 そう言ったのはマリアだ。何かの紙をシンラに渡した。


 「……えっと、何々? 乙は甲に対して……」


 契約書だった。それも専属契約の内容。


 「金額は好きに書き込んでいいわよ」とマリアがニンマリと笑う。

 しかし――――


 「契約遵守で魔力を使用する方術士に書面で交渉しようとするのは甘い」


 いつの間にか手にした赤ペンで、修正案を書き込んでいった。

 

 「私をスカウトしたいなら、このくらいの条件と金額が妥当ですよ」

 

 「ぬぐぐぐ……」とマリアは、そのまま地団駄を踏んで離れていった。


 「暫く見ないうちに、可愛いお嬢さんたちの知り合いが増えたみたいだな」


 もちろん、皮肉である。


 離れた場所に座っているメイルに視線を飛ばすとキラリと目を光らせた。


 一流冒険者の敵意を秘めた視線にメイルは小動物のようにブルブルと震えた。


 しかし、その感情と皮肉にはベルトは気づかない。


 鍛え上げられた鈍感力の成果である。


 「あぁ、あの子は義理の妹だ。それと契約書を持ってきた子は、この店のオーナーだ」


 「義理の妹…… オーナー……もう1人の子は?」


 「あぁ、あの子は俺の弟子だ」


 「弟子!?」


 シンラが感情を露わにする事は珍しい。


 それほどに予想外だったのだろう。


 「ベルト……お前にもいろいろあったんだな」


 「そりゃ、そうさ。冒険者から一度足を洗うと、いろいろ面倒だぞ」

 

 お前も引退した時のために備えとけよ。そうニヤリとベルトが笑った。


 しかし、シンラは――――


 「そうか……引退した時のためか……」

 

 なにか思うところがあったのか、真剣な顔でベルトの言葉を繰り返した。


 それを察したベルトは問うた。


 「なんだ? お前、本当に引退を考えているのか?」

 

 しかし、シンラは意外そうな顔を見せた。


 「何を言ってるんだベルト?」


 「ん?」


 「私とお前が結婚したら、冒険者は引退しなくても、いずれは育児休業を取らなければならないだろ?」


 さも、当たり前のようにシンラは言うものだから、その場にいた全員の理解が追いつかなかった。


 それは当たり前だ。


 世間ではシン・シンラは男だと認識されているのだから……

 

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